いい子の言い訳

雨宿りにカフェの軒下に走ったら憧れのダイゴに出会った
※夢主≠女主人公
※ワーパレお借りしました→@torinawx


 ほんの数十分前まで空は一面青く晴れ渡っていた。それが端の方から黒に染まり、やけに涼しい風が吹いてきた。
 でもまだ大丈夫、そう思っていたら容赦なく降り出した雨。慌てて街の中へ帰ってポケモンセンターを目指すけれど思った以上に雨足が酷い。
 そんな時に目に留まったのが、前から気になっていた喫茶店だ。
 可愛らしいストライプ柄のひさしの付いた窓の下に駆け込む。濡れ鼠の状態で店内に入るのは申し訳ない、とリュックからタオルを取り出しているとコンコンッと何か固いものを叩く音が聞こえてきた。
 何だろうと辺りを見渡すも、それらしい物は見当たらない。そもそも雨音がざあざあと音を掻き消すから遠くの音は聞こえない。
 じゃあ今の音は、と首を傾げているとまたコンコンと音が鳴った。後ろからだ。振り返る。窓の内側で爽やかに手を振る人が一人。彼、ダイゴさんがゆっくりと唇を動かした。

『お・い・で』

 そうして子供を呼ぶように手招きして、入口を指差してにっこりと微笑んだ。
 えっ、うそ、こんな時に、こんな所で!
 大急ぎで入口へ走る。少し濡れたけれど今更だ。
 アンティーク調の扉の前に着くと、握り締めていたタオルで簡単に雨を拭き取り、雨のせいで崩れた髪を撫で付け、最低限の身嗜みを整えてから扉を押し開けた。
 カラン、と取り付けたベルが鳴る。ダイゴさんが「こっちだよ」と手を振った。

「急な雨で大変だったね{{kanaName}}ちゃん」

 ダイゴさんの向かいに座ると、見計らったかのように店員がカップとお皿を置いた。湯気の立つロイヤルミルクティーと、小さなケーキの盛り合わせだ。
 ダイゴさんは、と彼の手元を見ると飲みかけのコーヒーが見えた。セピア色に澄んだ水面に、ダイゴさんの指輪が煌めいている。
 雨に濡れ、よく効いたエアコンで肌寒さを覚えていた体に、紅茶の温かさが染み渡る。わたしが入店するまでに頼んでいたのか、それとも呼び掛ける時にはすでに注文していたのかもしれない。ダイゴさんの気配りにお礼を言って、ケーキも一口食べる。チーズケーキはしっとりして程よい甘さが美味だった。

「久しぶりだね。この前会ったのは……キンセツジムに挑戦しようとしてたのかな」

 結果はどうだったかい。ダイゴさんがカップを摘みながらわたしに訊ねる。少し見栄を張って楽勝だったと答え、けれど全てを見透かしているような青い目に負けて「ちょっと苦戦しました」と白状する。

「ふふっ、でも勝ったんだろう?」

 それは凄い事だよ。ダイゴさんが優しい笑みを浮かべる。穏やかな愛情を感じる微笑みに、わたしの頬も緩んだ。
 この人──旅の途中で出会った自称さすらいの石集めさんは、わたしでも分かるほど手練のトレーナーだ。
 それもそのはず、この人こそホウエンリーグチャンピオンのあのダイゴさんなのだ。ダイゴさんが自分から名乗らないから尋ねはしないけど、前に一度だけ見たメタグロスは間違いなくチャンピオンの相棒だった。
 そんなダイゴさんはどうやらわたしに目を掛けてくれて、旅の途中で何度か声を掛けてくれる。そこでの彼のアドバイスやヒント、応援はわたしの糧となり、お陰でここまで来れたと言っても過言ではない。
 ダイゴさんに一言「頑張ってね」と言われるだけでわたしの心は舞い上がって、何でも出来る気がした。実際、そうだった。

「バッジはいくつ集まったのかな」
「六つ、です」
「じゃあ次はトクサネか。ダブルバトルだね」
「えっと、はい……」

 わたしに期待する瞳が眩しくて、思わず視線が揺れてケーキへ落ちる。ラズベリーの乗ったムースが行き場を失った視線を拾って、その甘酸っぱさを思い出してごきゅっ、と唾を飲み込んだ。

「苦戦中、かな」

 柔らかな指摘にこくんと頷く。ダイゴさんは顎に指を掛け考え込むような仕草で「そっか」と頷いて、わたしをじっと見つめる。つむじがヒリヒリする。
 わたしはいつもダイゴさんの一言に救われているけれど、同時にそれは少しずつ心を削いでいく。幼い恋心でも分かってしまうのだ、彼の好意はトレーナーとしての師、人生の先輩ゆえのもので、わたしのとは違う。ダイゴさんから見たわたしは、将来有望なトレーナー、の一人に過ぎない。

「そういえば、手持ちはまだ五匹のようだね」
「どのポケモンが良いか、迷ってて」

 わたしの悩みに覚えがあるのか、ダイゴさんはしみじみと「そうだね」と頷いた。けれどすぐに「そうだ!」パチン、と指を鳴らす。
 明るく乾いたその音に、ついハッと顔をあげる。目の前で、アイスブルーの瞳がキラリと輝いていた。

「{{kanaName}}ちゃんは化石ポケモンに興味あるかい?」

 そう言ってどこからともなく取り出したのはねっこのカセキ。それも、なんだか大きい。

「ふふふ、分かるかい? この化石、一般的なサイズよりかなり大きいんだ。大きなリリーラ、ユレイドル……想像するだけでワクワクするよ! ボクに余裕があれば今すぐ復元して育てるんだけど、少し立て込んでてね、だからきみに、{{kanaName}}ちゃんに、この子を任せたいな。どうだろう?」

 リリーラもユレイドルも、知らないポケモンだ。姿かたちも、もちろんタイプも分からない。
 そんなポケモンを最後の一匹に?
 でも、ダイゴさんが言うのなら。ダイゴさんがわざわざ譲ると言うのなら。

「……っ、はい!」

 受け取った化石はずしりと重い。この重さはダイゴさんの期待と信頼だ。しっかりと受け止め、そっと表面を撫でた。ゴツゴツした岩はひんやりしている。
 どくん、どくん、心臓が大きく鼓動する。このポケモンへの責任が、信頼の重さが、そして何より新たに結ばれたダイゴさんとの繋がりが、心臓を昂らせる。
 これはもしかしてチャンスではないだろうか。トレーナーの一人から、{{kanaName}}個人として見てもらう、大きな好機、なのかも。

「じゃ、じゃあ、あのっ、また会えませんか!」

 思いの外大きくなった声に、残ったコーヒーを飲み干していたダイゴさんがぱちくりと瞬きして首を傾げる。
 今までわたし達は運に任せた交流を続けていた。会う約束は、した事がない。

「わたしっ、化石ポケモン見るのも初めてでっ、それに周りに育てている人もいなくて…、だから相談、とか、色々聞きたく、て……」

 化石に触れた指先までどくんどくんと大きく脈打って、このままリリーラに鼓動が伝わって復元するんじゃないかってくらいドキドキして、ダイゴさんの返事を待つ。
 ダイゴさんはそっとカップを置くと、細く息を吐いた。仕方ない、とその顔に書いてある。

「困った事があればいつでも連絡しておいで」

 これはポケモンの為、リリーラの為だから。必死に言い訳して、ポケナビに表示された『ダイゴ』の文字にニヤける顔を引き締めて、「これ、わたしです」とアチャモのスタンプを送った。
 今はまだ理由がないと何も送れないけれど、トレーナーとして相談するしかないけれど、いつか、いつか。

「頑張ってね{{kanaName}}ちゃん。修行を続ければいつかはチャンピオンにだってなれる、ボクはそう思っているから」

 じゃあそろそろ、とダイゴさんが窓を見やる。夕立ちはまだ止みそうにない。ダイゴさんは視線を戻して肩を竦める。

「今日はもう少し、きみと過ごそうかな」

 そう言って座り直したダイゴさんの唇が緩い弧を描く。わたしの口元も同じようにふにゃりと緩み、誤魔化すように食べたケーキが舌の上で甘くとろけた。