デンファレをかそう(3)




 ダイゴさんに誘われたレストランでデザートも食べ終え一息ついた頃、私は逸る気持ちを抑えて小箱を差し出した。けれど今日は記念日でもなければ何かお祝い事があった訳でもない。ダイゴさんが首を傾げる。
「似合うと思って」
 添えた言葉は少し上擦って、指先も僅かに震えている。緊張で視線は逸らしてしまうし心臓は今にも破裂してしまいそうだ。
「これを、ボクに?」
 どこか訝しんでいる声に恐る恐る顔を上げる。口元を手で覆ったダイゴさんがじっと小箱を見つめていた。
「今開けてもいいのかな」
 クリスマスの朝の少年よりも瞳を輝かせてダイゴさんが尋ねる。私は何度も首を縦に振って、小箱をぐいと押しやった。
 ダイゴさんが小箱を手に取りゆっくりとリボンを引く。真っ赤なサテンリボンがしゅるりと解かれる。二つの銀の指輪が光る手が、小箱の蓋をそっと持ち上げた。
「これは……ムーンストーンだね」
 期待に満ちた瞳が一際強く煌めく。
 私がプレゼントに選んだのは薔薇のラペルピンだ。それなのに精巧な銀細工より小さく添えられた石にまず注目するのがダイゴさんらしい。僅かに頬が緩む。
 悩みに悩んで選んだラペルピンは、我ながら良い物を選んだ自信があった。普段よく着ているスーツにも合い、パーティの場にも映える華やかさがある。いつもの七色に光る宝石に比べるとシンプルではあったものの、丁寧な銀細工の薔薇はその葉に朝露のようなムーンストーンをあしらい洗練された美しさを湛えていた。
 ダイゴさんは手の中でラペルピンを転がし様々な角度から白の宝石を眺め、うっとりと見惚れ、楽しそうに何かを呟いて、そうしてきらきら輝く瞳で私を見つめた。
「ありがとう{{kanaName}}、嬉しいよ」
 満面の笑みだった。かつてパーティで向けられた上辺だけの笑顔ではない、心のある笑顔だった。無意識に詰めていた息を吐き出し、下がった目尻に安堵の涙が僅かに滲む。
「このラペルピンも、今着けているのと同じくらい似合うと思います」
 私は銀の薔薇がダイゴさんの胸元で輝く姿を思い浮かべ、確信を込めて言った。
 けれど私の期待は大きな罪によって砕かれる。
「ありがとう。じゃあ試合のない日はこれを着けようかな」
 わざわざ試合のない日と限定するダイゴさんに首を傾げる。そのラペルピンに験担ぎでもしているのだろうか。 「あまり見せる機会もないから{{kanaName}}も知らないかな、これはキーストーンなんだ」
 聞きなれない言葉に眉を顰める私へ、ダイゴさんが小さく笑う。そして七色に光る不思議な石の秘密を楽しそうに笑って語ってくれた。キーストーンはメガシンカに必要なもの、つまりバトルに必要な石なのだと。
 ダイゴさんが愛おしそうに指の腹でキーストーンを撫でる。私はそれを呆然と見つめる事しか出来なかった。
 この時ほど、無知を罪だと思った事はなかった。
 ダイゴさんに代わりのラペルピンは必要ない。彼がポケモンを連れ歩く限り、トレーナーである限り、キーストーンこそ必要だった。私の選んだムーンストーンが彼の胸で光る日は、来ない。
 もし私がバトルに詳しくキーストーンの事も知っていたら。もし私があの不思議な石にもう少しでも興味を持って尋ねていたら。
「そうだ、今度{{kanaName}}に見せるよ、メガシンカ」
 笑顔が私を襲う。今ダイゴさんは何を思っているのだろう。使わない物を押し付けられて、笑顔の裏にどんな本心を隠しているのだろう。呆れか困惑か、あるいは失望か。
 ダイゴさんが石を贈らない理由が分かった気がした。ポケモンの話すらろくに出来ない相手――いつか飽きてしまう相手には、流石のダイゴさんも大事な石を譲れないのだろう。他の理由なんて、最初から存在しなかった。憶測が、確信に変わる。
「ねぇ{{kanaName}}、まだ時間は大丈夫かな。今日はまだもう少しきみと一緒に居たいな」
 甘い誘惑は薔薇のようだ。傷付くのが分かっていても手放せない。私は上手に笑えているよう祈りながら頷いた。


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