隠した先はモリオン




 それはダイゴが父親のムクゲに頼まれ出席したパーティでの事だった。ふと頬に視線を感じ反射的に振り返ると、一人の女性がダイゴに熱い視線を送っていた。
 目を奪われるとはこういう事だろうか。ダイゴはその瞬間、瞬きも呼吸すら忘れて彼女を見つめていた。まるで太陽に翳したガラス玉のようだ――ダイゴはにわかに頬を染めた彼女に目を細める。
「これはこれは、ダイゴさんではありませんか! お会い出来て光栄です」
 彼女の隣にいた、恐らく父親であろう男性がダイゴに気が付き急ぎ足で娘を引っ張って来る。そして自身の挨拶はそこそこに、ダイゴの前に娘をぐいと押し出すと挨拶を促した。その目は何かを期待するように光り、それに反応するようにダイゴも笑顔を作る。
「あ、あのっ……先日の防衛戦、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
 ダイゴは芽生えかけた好意に蓋をすると、聞き飽きた賛辞の言葉に機械的に返事をした。中身の無い賞賛に下心の見える視線には飽き飽きしていた。しかし女性はダイゴの様子に気付かないのか無視をしたのか、ひどく嬉しそうに頬を緩めた。それがあまりにも暖かく幸せそうに見えたから、ダイゴは珍しく罪悪感を感じ胸が痛んだ。
 しかしダイゴが今までパーティで出会った人間は誰も彼もろくな人物ではなかった。自身の損得だけを考え、とても健全な関係を築けない人間ばかりだ。
 その中でも特に厄介なのが一見すると無害そうな人間――まさに目の前の彼女のように憧れを瞳に宿す人物だ。ダイゴの情に付け込み懐まで入り込んでくる。思わず絆されそうになったダイゴだが、気を強く持って彼女の誘惑を振り払う。
 この女性には気をつけよう。ダイゴは彼女の顔をしっかりと記憶に焼き付けると、適当な理由でその場を離れた。


 ダイゴにはそれ以上関わるつもりがなかったが、彼女は別のパーティでも目敏くダイゴを見付けると、満天の星にも負けない程きらりと瞳を輝かせて挨拶をしに来た。煩わしさに眉間に皺が寄るのをどうにか抑えてダイゴも微笑む。
 けれど相手のペースに乗せられるダイゴではなかった。わざとらしく眉を下げ彼女を思い出せない振りをして、一切の興味がない事を態度で示した。どうせ彼女も他の人間と同じくダイゴの事を地位や肩書きでしか見ていない。そんな人間に時間を割ける程、ダイゴは暇ではなかった。
 とは言え、悲しげな表情を無理やり笑顔にして「気にしないでください」と言う彼女に良心が痛まない訳ではない。たとえ演技であっても女性の悲しむ顔に心苦しくなる。
 しかし情に絆され真摯に向き合ってもダイゴの求める関係には絶対にならない。ダイゴはそう決め付け、自身の良心が上げる抗議の声すべてを無視した。
 その次に会った時も同じように追い払った。彼女の瞳はもう輝いていなかった。


 どうしてこうなった――ダイゴは自分の下で震える彼女に溜め息を吐いた。拒絶しても言い寄り、あろう事か関係を持とうとする彼女の勢いに流され相手をした事を後悔する。ダイゴは女性に困ってなどいない。だからこんな厄介な女性を宥めすかしてまで抱く必要は一切ないのだ。
「怯えて震える女性を抱く趣味は、流石に持ち合わせていないよ」
 こんな事なら現実を教えてやろうなどと興味を持たなければ良かった。いつも通り無視をしておけば良かった。そうすれば彼女の予想外に強い眼差しに気付く事も、一心に見つめる瞳を綺麗だと思う事もなかった。
 けれどダイゴは彼女の瞳を見つめ、そこに美しさと力強さを見出してしまった。サイユウの地で彼と対峙する数多の挑戦者――死力を尽くし、後の事は何も考えず、無謀で愚かで、しかしギラギラと闘志を燃やす挑戦者と同じ強い輝きを。それを無下に扱える程、ダイゴも薄情ではなかった。
 けれど今の彼女の姿はどうだろう。結局彼女もダイゴの希う人物ではなかったのか。ダイゴの体の内で灯った期待の炎が静かに吹き消される。
「何があっても、ボクは、きみと、付き合うことは、ない」
 語調を強め、突き放すように宣言する。もう二度と自分の地位と肩書きを知る人間の誘いは受けない、一切心を許さない、そうダイゴは決心する。期待して裏切られるのはもう散々だった。しかし、
「ちがっ、違います!」
 突如彼女が大声を出す。戦う者の目をしてダイゴを睨み付ける。そして怒ったようにも泣きそうにも見える顔で、ダイゴへの好意を口にした。
 興味が湧いた。知りたいと思った。ダイゴの体を巡る血が騒めき立つ。
 無意識にダイゴの体は動いていた。連絡先を交換して名前を聞いて、それから少し、ほんの少しだけ彼女に微笑んでやった。ダイゴの気まぐれに呆然とする彼女の顔に、胸がスッとした。
 あの時ダイゴは気付いていなかったが、その心には小さくも確かに恋心が芽生えていた。しかし彼はそれに興味という名を与え、ふつりと湧いた感情を光から隠してしまう。
 彼がそれに気が付くのは少し先、大きな後悔を伴いながらであった。


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