あの日から半年、仕方なく出席したパーティでダイゴが{{kanaName}}の父親を見掛けたのは本当に偶然の事だった。思わず{{kanaName}}は何処だと探すがダイゴを熱っぽく見つめる笑顔は見当たらない。どうやら父親だけがパーティに出席しているようだった。
残念な気持ちと、同時にほっと安堵もする自分に溜め息を零しつつ、ダイゴは彼の視界へと映り込む。そうして彼からの挨拶の返事に託けて「お嬢さんは来られてないのですね」と探りを入れた。
「無理に連れて来てもつまらないでしょうし、娘には幸せになって欲しいですから」
はは、と笑って頭を搔くその姿にダイゴは曖昧に笑う。自分と会う事は大事な愛娘の幸せに繋がらないと言われたようなものだった。そしてそれは悲しい事に事実だろう。ダイゴは自身の愚行を悔やむ。けれど後悔はいつだって間に合わない。
だからモニターの中に{{kanaName}}の姿を見付けた時、ダイゴは立ち上がった拍子に椅子が倒れた事にも気付かずモニターへと駆け寄っていた。
リーグ観客席を一瞬映したモニターは今はもうプリムのオニゴーリを追っている。見間違いかもしれない。でもあれは確かに彼女だった。
ダイゴに別れを告げた彼女が、そこに居た。それはダイゴに会いに来たと言っても過言ではあるまい。鼓動が大きく、速くなる。いつになく力が漲る。
試合を終わらせると無理を言って自分の試合映像を全て貰った。映っている確証はなく、見間違いの可能性もある。それでもダイゴは一目散に家へと帰って画面の中に彼女の姿を探した。観客席が映る度に映像を止め一人ずつ丁寧に顔を確かめ、もう目が限界だと悲鳴を上げた頃、ようやく、彼女を見付けた。
半年ぶりに見た彼女は興奮して頬を赤らめ、瞳を星のように輝かせてバトルを観戦していた。自然と手が伸び、モニターに映る彼女の頬を撫でる。ダイゴの胸に欲望が湧く。
会いたい。会って、謝りたい。そしてその笑顔を自分のものにしたい。
それからの行動は早かった。ダイゴはポケナビを手に取ると彼女へ電話を掛けた。出て貰えずとも諦めなかった。
電話が通じたのは試合から五日が過ぎた日の事だった。
ダイゴにも今まで何度か交際の経験はあったが、この日ほどデートで緊張した事はなかった。だからだろうか、普段なら隠し通せる不安も喜びも全て態度に表れてしまう。そんなダイゴに{{kanaName}}は戸惑いを見せ、ぎこちなく笑っていた。
ダイゴとしては否定したかったが、チャンピオンとしてのダイゴは応援出来ても、ダイゴ自身への好意はこの半年で消え去ったのだろう。自身と彼女との温度差にダイゴは過去の自分を悔やみ、同時に今度は決して間違えないと心に強く誓う。
この日彼女を観劇に誘ったのは、サファリゾーンで見た彼女の笑顔がとても綺麗だったからだ。そのダイゴの期待通り、彼女は見てるこちらまで笑顔にさせる笑みを浮かべて劇を、ポケモン達を眺めていた。
その笑みを少しでも自分に向けたくて、ダイゴは幕間に感想を尋ねた。数時間前に見せていた警戒心は何処へやら、{{kanaName}}は興奮に頬を赤らめながら楽しそうに答えてくれた。ダイゴの頬も緩んでいく。
しかし彼女が発した一言が引っ掛かる。今彼女の隣にいるのは自分なのに他の男の名前を出すなんて、少し気に食わない。だからつい、
「ボク達も格好良いよね?」
彼女の言葉が欲しくなった。彼女の手を握って、少し強引に同意を引き摺り出す。捉えた瞳が何度も瞬きし、頬を赤く染めて大きく首を縦に振った。
予想外の反応だった。てっきり渋々頷くだけだと思っていたから、まるでダイゴに気があるような態度に思わず熱くなった手を解き、俯いてしまった彼女からまだ幕の上がらない舞台へと視線を戻す。
「ありが、とう」
しかしダイゴの言葉はけたたましく鳴るブザーに掻き消され、彼女も舞台をまっすぐに見つめるだけだった。
舞台が終わり、{{kanaName}}を食事に誘おうとした時だった。邪魔をするようにポケナビが鳴る。食事をして、謝り、次の約束も取り付けようと意気込んでいたダイゴは思わず顔を顰めた。
無視したかった。しかし相手はカゲツ、つまりリーグからの連絡だ。出るしかない。
ダイゴの予想は当たり、チャンピオンロードで落盤事故が起きたから手を貸せと言われる。無茶な特訓をしたトレーナーが原因らしい。行きたくなかった。けれどこんな時の為のチャンピオンでもあるのだ。要請には逆らえない。
「後で連絡するよ」
電話を切ったダイゴが見付けたのは安堵する彼女の顔だった。悔しさと苛立ちがダイゴを動かす。ポケナビをポケットに仕舞った手を伸ばし{{kanaName}}の体を抱き締めた。
けれど鼻を擽る甘い香りに本能を激しく刺激されて、慌てて離れる。赤くなった顔を見られていないかと焦ったが、どうやら彼女が顔を上げるより早く背を向けたから気付かれなかったようだ。
何事もなかったように別れを告げるとリーグへ飛ぶ。ダイゴが最後に見た{{kanaName}}の顔は今にも泣き出しそうでひどく歪んでいた。
半ば無理やり取り付けた二度目の約束でも{{kanaName}}は終始顔を強ばらせ、ダイゴへ不信の目を向けていた。自業自得と理解していても胸が痛むのを止められない。
「ボクもポケモンだったらよかったのに」
彼女の柔らかな微笑みを浴びるポケモン達が羨ましくてぽつりと言葉が零れた。声を拾った彼女が眉を顰めてダイゴを見る。その困惑した瞳が気まずく誤魔化すように笑うとしかし、逃げるように視線を逸らされてしまう。
悔しいな。ダイゴは彼女の手を握ると、この日はショーが終わるまで離さなかった。
ショーが終わるとダイゴは{{kanaName}}をお気に入りの場所へ連れて行った。本当は彼女の隣を歩きたかったが緊張した顔を見られたくなくて、案内する振りをして前を歩いた。
展望台はルネの中でも特に高い場所にあるせいか、誰の姿もなかった。二人きりだと意識した途端、ますます緊張してダイゴの体は強ばってしまう。
けれど緊張しているのはダイゴだけではない。{{kanaName}}もひどく緊張して今にも泣きそうな顔をしている。少しでも安心させようとチルタリスを頼るが、ダイゴの思惑はあっさり見抜かれ聡いチルタリスは空へと逃げてしまう。自分でどうにかするしかない、ダイゴは腹を括る。
「{{kanaName}}さん」
その声に不安げな瞳がダイゴを見た。今までの事を謝り頭を下げたら悲痛に染まった声で「もういいですから」と叫ばれた。彼女はダイゴに何も求めていなかった。より正確に言うなら、ダイゴの存在を拒絶していた。
身を引くべきだった。それがきっと彼女の為だ。けれど同時に、諦めるなと心が叫ぶ。
「ボクはまだ終わらせたくない」
ダイゴは自分から逃げようとする瞳をまっすぐに見つめる。
「きみという人間をもっと知りたい」
本当はこんな回りくどい言い方ではなく好きだと伝えたかった。けれどダイゴは告白の言葉を飲み込む。
言うべきは今じゃない。信頼関係はおろか信用すら失っている今、何を言っても伝わらない。それに、ダイゴと関わりたくない筈の彼女が二度もダイゴの誘いを受けた理由を考えると安易に気持ちを伝える事が出来なかった。
{{kanaName}}がダイゴの誘いを断らなかったのは彼女がダイゴの立場を知っているからだ。彼女は自分の心を押し殺して〝デボンコーポレーション社長の御曹司〟で〝ホウエンリーグチャンピオン〟の意向を優先していた。
だから今は駄目なのだ。ダイゴは{{kanaName}}の嘘偽りない好意を求めていた。まだ告白の言葉は告げられない。
「――知った上で、改めてきみの願いを叶えたい」
真剣な瞳を彼女に向けたが、ダイゴに願いを叶えてやるつもりなど毛頭なかった。別れる為に抱くなんて、誰がするものか。頼まれても断るつもりだった。ダイゴは彼女を恋人にする以外の未来を受け入れるつもりはなかった。
「ボクにチャンスをくれないかい?」
見つめた先の瞳が大きく揺れた。涙の理由は分からない。けれど、反射的に伸ばした指が頬に触れても拒絶される事はなかった。
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