決意をダイヤに灯して




 会うのさえ困難になっていた数ヶ月は一体何だったのかと首を傾げたくなる程、彼女はダイゴの誘いを素直に受けてはダイゴの与える好意を浴び続けた。ダイゴに向けられる眼差しは火傷しそうな程熱を帯び、ダイゴが笑えば感極まった顔が瞳を輝かせて微笑み返す。彼女の心が自分に戻っていると確信するには充分すぎる証拠が数え切れない程増えていく。
 かと思えば、夢も希望もないと言わんばかりの暗い顔がダイゴから視線を逸らす。言外にダイゴと関わる事を拒絶する。彼女の心はまだダイゴを忘れずダイゴを欲している筈なのに、ちぐはぐな行動はダイゴの自信を揺らがせた。
 だから仕方なく逃げ道も用意してやるしかなかった。これは「{{kanaName}}が誰かを好きになるまで」の関係であり、万が一この関係が終わっても「きみが不名誉を被らないようにする」と。
 それでも不安な瞳がダイゴを見つめるから「きみにも幸せになってほしいんだ」と本心を少し隠して伝えたら、今にも泣き出しそうな歪な笑顔がダイゴへ向けられた。
 訳が分からなかった。彼女がダイゴを好きなのは最早間違いない事実だ。彼女はダイゴを拒絶するが今まで一度たりとも嫌悪は見せなかったのだから。
 それなのに、ダイゴの最も欲しいものは未だ手に入らない。どれだけ執拗に好きな相手は出来たかと訊ねても彼女は首を振るだけだった。
 ただ一言、目の前の男の名前を言えばいいだけだ。そうすれば見せ掛けの関係は本物になる。彼女もそれを求めている筈なのに、一体何が彼女を頑なにさせるのだろう。ダイゴには分からなかった。
 そんなある日、ダイゴはパーティでまた彼女の父親を見掛けた。彼女の姿も探したが残念ながら来ていないようだ。
 そういえば彼女は自分達の事をどう説明しているのだろうか。気になってつい視線をそのままにしていたら、ダイゴに気付いた彼がぱっと顔を明るくして頭を下げた。
 彼女の父親はダイゴに先日のリーグ戦を熱く語り、ダイゴのポケモンを褒め称えた。
 しかし一頻り話を終えると笑顔を引っ込めダイゴをじっと見据える。
「ところで……、娘との噂を耳にしましてね。あまり親が口を出すものでもありませんが、揶揄うのも程々にしてやってください。あの子は貴方のファンでもあるんです」
「ボクは本気ですよ。それに、交際だけで終わらせるつもりも、ありません」
 咄嗟にそう返して、ふとベッドの上で震えながら声を荒らげた彼女を思い出した。あの時の{{kanaName}}も己の気持ちを否定されて黙ってなどいられなかったのだろう。ダイゴは彼女の気の強い一面に僅かに目を細める。
 彼女の父親は驚いた顔をして、「なら、私は何も言いません」彼女とよく似た雰囲気の笑みを浮かべた。


「君の大切な花は連れて来ないのかい?」
 ルネの近くの小島で石を採掘した帰り、ふらりと訪ねたダイゴへミクリが眉を顰めた。一体何の話だと首を傾げれば「今度のパーティだよ」ミクリが溜め息を吐く。
「他所では随分見せびらかしているのに私達には秘密だなんて、寂しい事をしてくれるじゃないか」
 そう指摘され、ダイゴは「たまたま予定が合わないだけさ」肩を竦める。しかし少し考えて「そうだな」口を開く。
「彼女に確認してみるよ」
 大事な友人まで紹介したら流石の彼女も黙ってはいられまい。何を躊躇っているのかダイゴには皆目見当もつかなかったがこうやって外堀を埋めれば好きと言うしかあるまい。ダイゴはようやく見えた未来に口角を上げる。
「会えるのを楽しみにしてるよ。でもねダイゴ、」
 思いの外鋭い視線を向けられ、今度はダイゴが眉間に皺を寄せる。こういう時のミクリはチクリと刺さる事を言うと過去の経験から知っているのだ。
「無理強いは良くないよ。きみは時々強く自分を押し付ける事があるから、彼女が無理をしてないか私は心配だよ」
「その心配は無用だよ。ボクはちゃんと彼女の事を考えているから」
「ならその気遣いを私にも見せて欲しいものだよ。夜更けに連絡もなしにやって来るのは勘弁してくれないかな」
「……考えておく」
 それからダイゴは小一時間ばかり採ってきた鉱石の話をして、満足するとトクサネの我が家へと戻った。背中を見送るミクリがわざとらしく大きな溜め息を吐いていたが慣れた事なので気にもならなかった。
 ただその帰り道、流れる雲を眺めていると先程の忠告が蘇った。ダイゴ自身は何かを強要しているつもりは全くないが、果たして相手はどう思っているのだろうか。{{kanaName}}は、どうだろう。
 思い当たる節が全くない訳ではなかった。忘れたい最悪な態度が鮮明に思い出される。
 いくつかはダイゴの思う通りに事が運び、いくつかは彼女の強い意志がダイゴの期待を裏切った。
 じゃあ、今の状況はどうだろう。ダイゴはぴかぴかに輝く鋼の胴体に視線を落としながら考える。エアームドの身体に輪郭のぼやけた自分の姿が写り、じっとこちらを見つめている。
「まさか」
 ダイゴは一つの可能性に気が付く。
 聡い{{kanaName}}がダイゴの意図に気付いていない筈がない。けれど未だに好きと言わないのは、あれ程ダイゴを好きだと言動が示しているにも関わらず黙っているのは、自分からは言いたくないからではないだろうか。ダイゴが{{kanaName}}に言わせたいように、彼女もまたダイゴに言わせたいのではないか。だからどれだけ手を尽くしても頑なに好きと言わないのではないか。
 無理強いは良くない、確かにそうだ。それにどちらが先に言うかなんて些細な事にいつまでも固執して意固地になるのも、何だか馬鹿らしくなってきた。
 ダイゴはポケナビを手に取ると{{kanaName}}を食事へ誘う。もし彼女がパーティへ参加してくれるなら、ボクもきみの思いに応えよう。
 もうすぐ幸せに手が届く。ダイゴの唇が自然と弧を描いた。


 リーグの開く懇親パーティの帰り、ダイゴは{{kanaName}}を連れてミナモの東に広がる浜辺へとやって来ていた。ダイゴはいつになく饒舌だった。それはパーティで少し飲み過ぎたせいであり、今から{{kanaName}}に思いを告げようとしているからだった。
「――ボクだって誰かを好きになるのにさ」
 そう言って息を吐いたダイゴは、自分の心が妙に浮き立っている事に気が付く。事実、隣を歩く彼女の顔には困惑の色が浮かび、ダイゴと目が合うと気まずそうに顔を逸らしてしまう。
 今じゃないな、ダイゴは逸る心を落ち着かせて歩きにくい砂浜を革靴で踏む。
 その時だった。{{kanaName}}がダイゴの名前を呼び、繋いでいた手を離して立ち止まる。振り返って見えた彼女の瞳は、かつてダイゴにお願いをしてきた時のように強い光を湛えていた。何かが変わろうとしている。ダイゴの体を巡る血液が騒めき立つ。
「好きな人が出来ました」
 緊張で上擦った声、きゅっと結ばれた唇、血色が良く仄かに赤くなった頬――{{kanaName}}のそんな姿にダイゴは目を輝かせた。ダイゴがこのパーティを告白のきっかけに決めたように彼女もまたこの日に覚悟を決めたようだった。ダイゴは今すぐにでも彼女を抱き締めたいのをぐっと堪え相手の名前を促そうとして、
「だから、最後の思い出に私と一晩過ごしてください」
 鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。
「今何て……最後、って、意味が分からないよ。だって、だってきみは、」
 彼女の言葉を受け入れられずダイゴの声は震え狼狽えていた。けれどそんなダイゴを無視するように彼女は頭を下げ続ける。その姿にカッとして頭に血が上り、彼女の肩を強く掴むと無理やり起こした。彼女の瞳には薄い水の膜が張り、涙を零すまいと何度も瞬きが繰り返されていた。彼女はダイゴの怒気を含んだ視線から必死に逃げ、苦しそうに顔を歪め、ダイゴを拒んだ。
 ダイゴは何も理解出来なかった。彼女がダイゴを振るなど、有り得ない事だった。
「関係あるんだ!」
 だからダイゴは自分を拒絶しようとする彼女に声を荒らげて否定した。けれどすぐに自分の発した大声にはっとして首を振る。
「関係あるよ」
 声を抑えてもう一度言うと、指の先まで力を込めて握り潰しそうになっていた彼女の肩から手を離した。そして感情のまま喚くなと自分を律し、息を整え彼女に向き直る。
「だってボクは、ボクは……、」
 目の前の彼女を見つめる。
「{{kanaName}}が好きだから」
 それはダイゴの思い描いた告白とは大きく掛け離れひどく不格好で、ミクリが知れば呆れて溜め息を零しただろう。けれど今のダイゴには関係なかった。
「{{kanaName}}は、違うのかい?」
 不安が声に滲み、僅かに震えていた。ダイゴは縋るように{{kanaName}}を見る。
 その時ダイゴが見たのは、大きく見開かれた瞳から今にも零れ落ちそうな涙の粒だった。こんな時にも関わらず思わず綺麗だと見惚れてしまう。
「私の好きな人は、」
 きらきらと輝く瞳がダイゴを見つめていた。ダイゴが恋に落ちた、太陽の下で煌めくガラス玉のように綺麗な瞳が、ダイゴだけを映していた。
「今もずっとこれからも、ダイゴさん、です」
 その言葉にダイゴの体が動いて{{kanaName}}を抱き締めた。腕の中の彼女を全身で感じながら、絶対にこの手を離さないと強く誓う。
 そしてずっと胸に秘めていた思いをもう一度、今度は大切な彼女をまっすぐに見つめて声にすると、艶やかに光る{{kanaName}}の唇へ優しく唇を落とした。


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