ダイゴが大人の決断をする ※一部ダイゴ視点を含みます
最近ダイゴくんの様子がおかしい。私を見る視線が変わったというか、ダイゴくんにしては珍しく私と一緒にいる時でもぼんやり考え事をすることが増えていた。どうしたのと訊ねても笑顔を取り繕うだけ、何かを言いかけて口を閉じてしまう。何か悩み事があるのは明らかで、それはまず間違いなく私が関係していた。 何故そう断言出来るかというと、ダイゴくんがこんな風になったきっかけに心当たりがあるのだ。もっと言うなら、悩み事の内容にも見当がついている。生真面目なダイゴくんはあの日コンテストを見てからずっと、くだらないことに頭を悩ませている。 * 今度のコンテストはクリスマスに合わせて私も少し時間を貰ってパフォーマンスをする事になったんだ。良ければ彼女と見に来るかい?――ミクリがコンテストに誘ってくる時は恋人向けのパフォーマンスをする事が多い。今回は時期も相まってムードのあるパフォーマンスを準備しているのは明らかだった。おまけに用意されたチケットはS席、いくらミクリが実力者で顔が利くといってもそう簡単に用意できる席じゃない。 ボクは有難く頂戴してすぐに{{kanaName}}に見に行こうと伝えた。彼女は「実は見たかったんだ」と嬉しそうに笑ってくれて、ボクの手柄でも何でもないんだけどボクまで嬉しくなった。 コンテストはちょうどクリスマスイブの日で、ミナモの会場にはボクらと同じくカップル連れが多かった。そのせいだろうか、{{kanaName}}が普段よりもボクに体を寄せて照れた顔で笑っている。「だって他の人達に負けてられないもん」とよく分からない事を言ってボクと腕を絡めると、思わずキスしたくなるとろけるような甘い笑顔をボクへと向けた。もしボクに理性や大人としての常識がなかったら今すぐにでも{{kanaName}}を抱きしめその艶やかな唇に吸い付いてただろう。けれど生憎ボクには自制心があったから、コンテストを見終わってから、二人きりになるまで辛抱するしかなかった。 コンテストはさすがマスターランクというだけあって、素人のボクでもとても楽しめた。それにミクリのファンでコンテストにも詳しい{{kanaName}}が「今の技すごいんだよ」「あれミクリさんも使ってて少し前に流行った構成だ」等々ボクに教えてくれるのも良かった。もっとも、少し得意げに話す{{kanaName}}が可愛くてコンテストそっちのけでその笑顔を見続けたくなってしまって、視線を舞台に向け続けるのに苦労したんだけど。 今回のコンテストは結果発表の前にミクリのエキシビションショーを行うことになっていて、少しの休憩を挟んで舞台にミクリが現れた。{{kanaName}}が他のファンよろしく黄色い声を上げる。初めの頃はミクリを応援する{{kanaName}}を見ると何故かお腹がムカムカしたけれど、今日はそんなに気分は悪くなかった。それでも{{kanaName}}がうっとりした瞳でボクではない誰かを見つめているのはあまり見ていて気持ちの良いものじゃない。ボクがミクリの好意を数回に一度しか受け取らないのはそのせいだ。 舞台の上でハート型のポケモン・ラブカスが優雅に踊っている。ラブカス達の浴びる照明が隣の{{kanaName}}の顔をうっすらと照らす。微笑んで、時々驚いた顔をして、また頬を緩めて、感動して瞳を潤ませて、そうしてボクの視線に気付くと強がるようにきゅっと唇を結んで涙を隠すように何度も瞬きをした。そんな彼女にボクは胸がいっぱいになって思わずその手を握った。{{kanaName}}が舞台へ戻した瞳をボクに向けてはにかむ。ただただ幸せだなと思った。 演技を終えたミクリがポケモン達と一緒に深々と頭を下げた。割れんばかりの拍手が起こる。ボクが掴んでいたボクより華奢な手も大きな音を立てて手の平を真っ赤にさせる。ボクも拍手を送ると何故か{{kanaName}}が満足そうに笑っていた。 「来年もまた見に来よう」 自然と言葉が零れていた。{{kanaName}}が驚いたように瞳を大きくして、けれどすぐに満面の笑みになる。 「でもそれならミクリさんの水上ショーの方が見たいな」 「それは…、前向きに考えておくよ」 色んな表情を見せてくれる{{kanaName}}をもっと見たくてまた見たいとは言ったけど、ミクリに惚ける恋人の姿だけは喜ばしくない。{{kanaName}}が「もう、それ絶対一緒に行ってくれないやつじゃん」と頬を膨らませてじろりと睨んでくる。そんな表情すら可愛いけれど今それを言っても{{kanaName}}の機嫌を損ねるだけだ、ボクはごまかすように肩をすくめる。{{kanaName}}は不機嫌にこそならなかったけれど、その代わりわざとらしいため息を吐かれてしまった。 しばらくして、コンテストの結果発表が始まった。ボクにはどの参加者もすごく見えたけど、ボクより目の肥えた{{kanaName}}は「優勝は2番のアブソルか3番のサーナイトだと思う」と緊張した面持ちであれこれ考えている。真剣な表情で審査委員長の言葉を待つ姿はボクのバトルを見守る時の彼女と重なって、ボクも自然と背筋を伸ばした。 果たして優勝者は3番のサーナイトと男性のペアだった。ボクと同じくらいか少し年上の彼は演技中に見せた笑顔をすっかり忘れてガチガチに強ばった顔で優勝トロフィーを受け取る。 こういう場面はむしろ緊張の糸が切れて感情が爆発する人間の方が多いだろうから、彼の様子は少し不思議に映る。それは{{kanaName}}も同じようで「あの人いつもはもっと喜ぶんだけどな」と頭を捻っていた。どうしたんだろう、ふつりと沸いた小さな謎はしかし、彼がマイクを受け取るや否やすぐに解き明かされた。 『俺と結婚してください!』 その声と共にとある観客席にスポットライトが当てられる。ボクも{{kanaName}}も光を追うように後ろを振り返ると、一人の女性が真っ赤にした顔を両手で押さえながら狼狽していた。男性に視線を戻す。深く頭を下げて彼女の返事を待っている。女性にまた視線を向けると彼女は席から立ち上がっていて、いつの間にか手渡されたマイクをぎゅっと握りしめながら『お願いします』と頭を下げた。 瞬間、会場に大きな歓声と拍手が湧き起こる。はっとして隣の{{kanaName}}を見ると彼女も皆と同じように笑顔で拍手をしている。ボクも慌てて手を叩く。けれど頭の中はそれどころではなかった。優勝した彼がプロポーズをした瞬間、{{kanaName}}の横顔が一瞬強ばったのを見てしまったからだ。 「ダイゴくん、どうしたの?」 {{kanaName}}が心配そうな顔をしてボクの顔を覗き込む。舞台上ではこの幸せな騒ぎを綺麗にまとめて粛々と閉会に向けての段取りが進んでいる。{{kanaName}}も観客も突然の公開プロポーズへの興奮をすっかり鎮めていつもの姿に戻っている。 「いや……何でもないよ」 「もしかしてびっくりした?」 そう言う{{kanaName}}はどこか慣れた様子でボクを見つめている。嘘をつく理由も見つからず、素直に頷く。 「たまにあるんだよね、告白とかプロポーズ。今日は成功して良かった。断られるとこっちまで気分が暗くなっちゃうから」 なるほど、それで{{kanaName}}は一瞬険しい表情をしたのか。たしかにここで失敗でもしたら明るい気持ちで会場を出ることは難しい。でも、本当にそれだけだろうか。 「{{kanaName}}、」 「ん、なぁに?」 きみはけっこんしたいのかい?――喉元まで言葉が込み上げてきて、すんでのところで飲み込む。こればかりはなんの考えもなしに吐いていい言葉ではなかった。 「……次、どこ行こうか」 笑顔を作る。{{kanaName}}に向けて初めて作り笑いをした。 * 世の中にはそんな決まりでもあるんだろうか、今年もまた年が明けると複数の有名人が結婚の報告を出した。いくつかは以前から噂されていた仲で、いくつかは全く話題にも上がらなかったカップルで、いくつかは顔の広いダイゴくんの知り合いの結婚報告だった。 ダイゴくんは知っていたんだろうかと純粋に気になって訊ねてみる。新年早々さっそく山篭りして取ってきた石を磨いていたダイゴくんは、手を止めることも私の方を見ることもなく淡々とした声で「知らなかったよ」とだけ返す。でもその頬は引きつっていて、いかにもこの話題には触れたくないと言っている。まるで私が今の質問をきっかけに自分たちの事に触れるのを恐れているようで、何だか悲しくなる。 私はダイゴくんのことが大好きで、ダイゴくんもきっと私のことを好きでいてくれて、けれど世界は複雑だから、この気持ちを押し通せないことも分かっている。それに、そもそもダイゴくんにその気がない可能性だって充分にある。だからダイゴくんが真剣に深く悩む必要なんてない。今までありがとう、もしくは、結婚は出来ないといつもの調子で言ってくれたらいいのに。ダイゴくんって無茶もするし自由奔放なところもあるんだけど、何だかんだで真面目で責任感が強くて、苦労する性格をしてる。 「ねぇ、ダイゴくん」 こっちを向いてくれないからその手に自分の手を重ねる。ダイゴくんにも事情があるのは最初から分かってるから私のことは気にしなくていいよ――そう言おうと口を開いて、けれどダイゴくんと目が合って言葉が喉の奥へと引っ込む。言おうとしていた遠回しの別れの言葉は、青く澄んだ瞳の前では口に出来なかった。 ずっと一緒に居れたらいいのに。そんな思いが言葉になって零れる。 「……今日、泊まってもいい?」 ダイゴくんが険しかった顔をぱっと顔を明るくして唇に弧を描く。そして、 「ふふっ、勿論だよ」 重ねた手をくるりとひっくり返して指を絡めると、ぎゅっと強く握りしめた。 * もしかして子供っぽくて余裕のない誘い文句だったかもしれない。ポケナビの画面に映る文字に顔をしかめる。けれど既に送信した言葉は取り消せず、ボクは{{kanaName}}の返事を大人しく待つしかなかった。 『話したい事があるから出来るだけすぐに会いたい』 思い立ったが吉日とは言い過ぎだけれど日を置くと決心が揺らぎそうで、文字通り今すぐにでも{{kanaName}}に会いたかった。 けれど、そんな時に限って返信がひどく遅い。普段なら数時間も経てば何かしら反応があるのに今日はスタンプ一つ返ってこない。予定を確認しているんだろうか、それとも単に返事を忘れているんだろうか。あるいは、今日はたまたま忙しくて返信する余裕がないのかもしれない。何にせよどれだけ画面を見つめても返事が返ってこないのは確かな事実で、ボクはなるべく気にしないようにポケナビの画面を消した。 それがその日の昼のことで、結局{{kanaName}}が返事を寄越したのはその日の夜遅く、やきもきしすぎて電話してしまおうかと発信ボタンを押す直前のことだった。 『明日は無理だけど明後日の仕事終わりならいいよ』 『それとも一日空いてる方がいい?』 二つのメッセージが届く。ボクはすぐさま予定を確認して急いで返信を打つ。こんなにドキドキするのは久しぶりだった。無事に届いたメッセージに、今度は{{kanaName}}もすぐにスタンプを押してくれた。 『りょうかい!』の文字を背負ったミズゴロウのスタンプが画面の中でゆらゆらと揺れ動く。唐突に自分も何かスタンプを返した方がいいんじゃないかと悩みが浮かんだ。でもこんな場合にどんなスタンプを押すのが正しいか分からないし、それに浮わついて普段しないことをすると大抵失敗するものだ。 ボクはさっき送った文面、つまり待ち合わせの時間と場所をもう一度確認するとポケナビをスリープモードに切り替えて充電をした。 * ダイゴくんはあまり自分から予定を訊ねたり会う約束をしてこない。何かと忙しい立場であるのと、時間があれば山へ石を取りに行ったり一人で過ごす方が好きなようで、実際に会うよりもメッセージのやりとりや電話をする事の方が随分多い。 だから、そんなダイゴくんが会いたいと連絡してくる時は大抵何かがあった。それはとびきり気に入った石を見つけた時や防衛戦で熱い試合が出来た時のような上機嫌の時であり、一方で特別な話――数ヶ月ほど所用でホウエンを離れるだとか、ちょっとした記事が出るけど気にしないでくれなど、私にはどれも嬉しくない話――がある時だった。 ポケナビのダイゴくんとのメッセージ画面を開く。そこには今日の約束を決めたやりとりがあった。珍しくダイゴくんから誘ってきた、会う約束のメッセージだ。機嫌が良い時のダイゴくんはいつだって『今から会えない?』と聞いてくる。だからこれは感情的な誘いなんかじゃない。ダイゴくんは何か大事な話をする為に私を呼び出している。 「待たせちゃったかな」 約束時間の15分前に現れたダイゴくんは、すでにやって来ていた私に驚いて、何も悪くないのにごめんねと謝った。普段より緊張したように見える頬はぎこちなく微笑んで、けれどはっと何かに気づいて頬を緩めた。ダイゴくんの視線は私の胸元に注がれている。 「それ、着けてくれてるんだね」 それとは勿論つい一ヶ月ほど前にもらったクリスマスプレゼントのネックレスのことで、「きみに似合うと思って」と渡されたそれは嬉しい事に肌によく馴染んでいる。ダイゴくんは頬を少し赤らめながらじっとネックレスを見つめ、その熱くキラキラとした瞳で私も見つめた。 「前にも行った事があるお店なんだけど、今日はどうしてもそこが良くてさ」 ダイゴくんが紹介してくれるお店はドレスコードのある一流レストランからB級グルメで有名な屋台まで様々だった。さほど食に強い興味もなさそうなのに、いつも初めてのお店に連れて行ってくれるから毎回感心してしまう。 だから、こんな風に同じ店を利用する事は滅多になくて、そういう時は必ず何かダイゴくんにとって大事な理由があった。今回は何だろう、妙に機嫌の良いダイゴくんに期待を抱きつつも不安の拭えない私は痛いほど強く打ち付ける鼓動に耐えながらダイゴくんの隣を歩いていく。そして、目の前に見えてきた建物に目を見開いた。 小ぢんまりとした外観の建物は一見すると何のお店か分からない。けれどここは、知る人ぞ知る料理店で予約も一年先まで埋まっている、らしい。私が会えると返事したのは一昨日の夜遅くなのに一体どうやって、とダイゴくんを窺うけれど、何も答えてはくれない満面の笑みが返ってきた。 それに、一番の問題はそこじゃない。ここは、この店は、ダイゴくんに告白された日に初めて連れて行ってもらったお店だった。もう一度、今度はこっそりとダイゴくんを見る。その横顔から少し力んだ笑顔が見えた。見ているとダイゴくんの緊張が私にまで伝わってきて、心拍数がどんどんと上がり始める。慌てて視線を逸らすと、ダイゴくんがまるで見計らったかのようにお店の扉を開けて「どうぞ」私を中へと導いた。 ダイゴくんは元からお喋りな方ではあるけれど、今日は一段と口数が多い。この前やって来た挑戦者が強かった、フヨウのヤミラミに特殊な鉱石をあげたら体から生えた石の色が変わった、デボンで行われている化石の研究がアーマルドのお陰で捗った、等など尽きることなく色んな話をしてくれる。そのくせ私よりも食べるのが早いから、ますますダイゴくんばかりが口を開く。 「もしかしてあんまりだったかい?」 「何が、」 不安げに揺れる瞳に私が眉をひそめると、ダイゴくんはますます眉を八の字に下げてしまった。いつもの彼からは想像できない、らしくない表情だ。ダイゴくんでも緊張すると格好がつかなくなるんだ、私は少し感心を覚える。 「食事があまり進んでないように見えるから。きみの口に合わなかったのかな、って」 「ダイゴくんが早いんだよ。それに美味しいからちゃんと味わっているの」 そう言ってナイフで切った肉を口へと運ぶ。でも今の言葉は半分本当で後半は嘘だ。 色んな話をする癖に、未だ本題に入らないダイゴくんに気が気じゃなくて味なんてさっぱり分からない。前に来た時もそうだった。あの時もいつ告白されるのかとドキドキして何の味も覚えていない。 じっと私の食べる様子を見ていたダイゴくんは「それならいいんだ」とほっとしたように息を吐いた。そうして私が食べるのを待ちながら別の話を語り始める。 そんなダイゴくんが電池が切れたように押し黙ったのは、デザートを食べ終えコーヒーに口を付けた時だった。 私がつい先週見に行ったミクリさんのショーでラブカスのペアがとても素敵だったと話したら、今まで務めて笑顔を保っていたダイゴくんが俯いてしまった。突然の態度に「ダイゴくん?」心配になって呼びかけるけれど返事は返ってこない。 たちまち不安に襲われる。てっきり私は良い話をしてくれるのだと思っていたけれど、ダイゴくんだって子供じゃないんだから表情の一つや二つ取り繕うに決まってる。せめて食事だけでも明るく食べたいと無理に笑ってたのかもしれない。だって私は平凡な一般人で、何でも出来るすごいダイゴくんにちっとも釣り合わな―― 「ボク達、今まで何回ラブカスを見たんだろう」 青く澄んだ瞳が、真剣な眼差しを私へ向けた。笑みの消えたダイゴくんはそのややつり上がった瞳と整った顔立ちのせいで少し恐ろしい。ぞくりと背筋が震えて、どくんと心臓が跳ねる。私が答えられずにいるとダイゴくんは少し顔を伏せて言葉を続ける。 「ラブカスを一緒に見たカップルは永遠に結ばれる…、だったかな。{{kanaName}}は信じてる?」 そっと遠慮がちに向けられた視線に、今度は私が視線を逸らす番だった。ダイゴくんは何を言いたいんだろう。どちらを――別れ話か私達の未来の話のどちらを言いたいんだろう。分からない。こんな時だけダイゴくんは上手に自分の感情を隠してしまって、私には何も分からない。 でも答えない訳にはいかない。ダイゴくんはずっと私を見つめていて答えを待っているし、どちらを選んでも、きっとダイゴくんの結論は変わらないんだから。私は目を逸らしたまま小さく頷いた。 「ボク、今まで考えた事がなかったんだ。きみにここで好きだと告白した時も、{{kanaName}}にはボクの隣に居てほしかったからそう言っただけで、未来とか永遠とか、何も考えてなかった」 でも。ダイゴくんがコーヒーを飲み込む。気づけば私も喉がからからになっていたけれど、ほんの少し腕を動かす気力もなくて代わりに唾を飲み込んだ。この後ダイゴくんが何を言うのか、不安と期待でぐちゃぐちゃになって胸がひどく痛い。 「でも、ボクらはもう子どもじゃないから『一緒に居たい』だけじゃ、駄目なんだね」 この、流れは。マグマのように沸き立っていた期待がすうっと冷えていく。 感情だけじゃどうにもならない事があるのは分かっていたはずなのに、それなのに目の奥がじわりと痛くなって視界がゆらぐ。涙が零れてしまいそうになる。 「だから…、ボクに一生きみの隣に居る権利と、一生を掛けてきみを幸せにする責任を、与えてくれないかい?」 「えっ、」 すぐ傍で聞こえた声に、視線をそちらへ向ける。 ダイゴくんがいつの間にか席を立って私の前で跪いている。そうして宝石みたいにキラキラした瞳が私の視線と絡むと、ゆるりと唇に弧を描いて手にした小箱をそっと開いた。ダイゴくんの瞳と同じ色をした宝石を抱えた指輪が目の前に現れる。 「{{kanaName}}、ボクと結婚しよう」 すぐには何を言われたのか分からなかった。けれどダイゴくんの声が全身に染み渡り、頭がようやく言葉の意味を理解した瞬間、胸がいっぱいになった。辛くて溜めていた涙が、色を変えてどんどん溢れてくる。 返事をしなくちゃ。頭では分かっているのに言葉が出てこない。それどころか、 「でも、わたしっ……、ダイゴくんには、もっと良い人が、」 さっきまで胸を占めていた不安が飛び出してしまう。嬉しいのに、その簡単な言葉が出てくれない。 「良い人? {{kanaName}}と付き合ってからも色んな女性に出会ったけど、{{kanaName}}以上に良い人なんて居なかったよ」 だから泣かないで。ダイゴくんが私の左手を取って薬指に指輪をはめる。指輪は今初めて嵌めたのに、そこで輝くことが当然のようにぴったりと収まっている。それは他の誰でもない、私の為にダイゴくんが用意してくれた指輪だった。 「……いい、の?」 「きみじゃなきゃ駄目なんだ。ボクの隣はきみ以外考えられない。だから{{kanaName}}、ボクと結婚してください」 試合前に見せる真剣な眼差しと、その時よりも緊張で強ばった体が私の返事を待っていた。何て答えたらいいんだろう。嬉しくて、ほっとして、信じられなくて、最高の気分で、言葉が感情に追い付かない。 「はい……、お願い、します」 やっと出てきた言葉は陳腐でありきたりで、でも、今一番ふさわしい言葉だった、と思う。 涙でゆらぐ視界の中で、ダイゴくんが今までで一番キラキラした笑顔を見せる。その瞳も私のように涙で潤んでいて、口角が上がった瞬間、小さな雫がぽろりと零れて優しく頬を伝って流れた。