すべて手の平の上

親切な友人であるダイゴに色々と相談していたけれど、相談事のすべてがダイゴによって画策されたものであった

「今回は半年…、なのかな」

 ミナモにあるとあるカフェの日当たりの良いテーブルで、ダイゴさんが指折り数えてわたしに訊ねた。わたしは自分でも同じように数えて小さく頷く。ダイゴさんは同情、憐憫、唖然、その他もろもろ、何とも形容しがたい表情に無理やり笑みを浮かべた。
 わたしがダイゴさんに恋人と別れたと話すのはこれで三度目だった。これが十年来の友だったらさほど気にもならない数だけど、出会ってまだ二年も経っていない。二年の間に三回、以前から長続きしない方だったけれど最近は拍車を掛けて全然続かない。

「また浮気されちゃいました」

 先週、彼が美人な女性と腕を組んで歩いているのを目撃した。弁解する彼の隣で美人が「ブスのアンタが浮気相手でしょ!」と目を吊り上げて怒っていた。その前の彼とも浮気が原因で別れたから絶対に浮気は許せないと言っていたのに、わたしはまたそういう相手を好きになってしまったらしい。しつこく言い訳する彼に一週間前に貰ったネックレスを投げ付けてわたしの恋は終わった。

「せっかく色々相談聞いてもらってたのに、ごめんなさい」
「{{kanaName}}ちゃんが謝ることはないよ。ボクの方こそ何の役にも立たなくて悪かったよ」

 男心は男性に聞いた方がいいだろうと、わたしは何度となくダイゴさんに恋愛相談をしていた。初めはプレゼントの相談で、そのうち愚痴を吐き出したり悩み事を聞いてもらうようになった。
 ダイゴさんは見た目通りモテるから恋愛経験も豊富で、数が多いだけで経験値不足なわたしにはとても頼りになるアドバイザーだった。もっとも、すぐに振られたり別れてしまうわたしはそのアドバイスを活かせないのだけど。

「何がダメだったんだろう」

 はぁ、大きなため息が出る。今回は今までよりもちゃんと人となりを見て付き合ったはずなのに、どうしてこんな事になったんだろう。アイスティーのストローを意味もなく弄ってグラスの中に小さな渦を作る。氷がグラスに当たってカランと良い音が鳴った。

「もしかして、まだ彼を気にしてるのかい?」

 ダイゴさんが咎めるような険しい視線を向けてくる。彼は『まだ』と言うけれど浮気の発覚はたった一週間前の事で、わたしは一週間足らずで気持ちを切り替えられるほど強くはない。少し困惑した。

「別れた事、後悔してるのかい?」
「そういう訳じゃないけど……」
「あのね{{kanaName}}ちゃん、もし浮気を許して交際を続けていてもきっときみは今までみたいに楽しく過ごせなかったと思うよ。浮気する男心は何度だってするし、していなくてもきみは不安で疑心暗鬼になってたんじゃないかな」

 たしかにその通りだろう。ダイゴさんの言う事は正しい。
 と、その時カフェの扉が開いて男性が入店してくる。目鼻立ちのはっきりした顔はわたし好みの顔をしていて、わたしの胸はドキリと高鳴った。ほんの数秒前に別れた男を思ってちょっぴり未練がましい事を言っていた癖に、我ながら現金だ。ダイゴさんにも呆れた顔をされてしまった。

「きみのすぐに前を向く姿勢はとても素晴らしいと思うけれど、たまには自分の周りをよく見返したらどうかな。運命の相手は案外もうすでに出会っているかもしれないだろう?」

 運命の相手だなんて大袈裟で芝居がかった台詞を恥ずかしげもなく言えるのはダイゴさんくらいだろう。きっとわたし以外の女性にもこんなドキリとする言葉をさらりと言っては相手を恋に落としているに違いない。現にわたしだって今の言い方をされたらダイゴさんを意識せずにはいられない。
 でも、わたしはダイゴさんを、ダイゴさんだけは好きになれなかった。
 幾度となく恋愛に失敗しているわたしがダイゴさんを異性として好きになったらどうなるか、悲しいけれど容易に想像が出来る。恋人としてのダイゴさんだけでなく、友人としてのダイゴさんも失うかもしれないなんて、わたしには耐えられない。だからわたしは絶対ダイゴさんを好きになってはいけない。それに、

「そ、そういうダイゴさんはどうなんですか? わたしの話ばっかりでダイゴさんは全然話してくれないですよね」

 そもそもこんなに良い男に恋人がいないはずがない。
 けれどダイゴさんは「ボクの話は今は関係ないよ」とはぐらかそうとする。何か隠している様子にますます気になってダイゴさんへ詰め寄る。

「ボクの話は……、いや、{{kanaName}}ちゃんの喜びそうな話は何もないよ」

 何かを言おうとして、珍しくダイゴさんが言い淀む。焦らされたような感じに、もう一度教えてと返そうとしてハッと思い当たる。
 わたしにとってダイゴさんは頼りになる素敵な友人でついつい忘れてしまうけれど、この人は御曹司でチャンピオンなのだ。そんな有名人が自由に恋愛するのはきっと難しくて。わたしは不躾に詮索するような真似をしてしまった事を慌てて詫びた。

「そんなに謝られるとボクが困っちゃうよ」

 ダイゴさんが頬を掻いた。ダイゴさんってば何をしても様になる。次に誰かを好きになるまで本気にならないように気をつけなくちゃ。

「よーし、運命の相手探し頑張ってみます」
「次こそ気付けるといいね」

 にこにこと笑うダイゴさんにわたしも「見ててください」と満面の笑みを向ける。そうしたら次こそ本当に運命の相手と結ばれるような気がして、ダイゴさんに話を聞いてもらって本当によかったと心から感謝した。



 用事があると言う彼女を見送ってカップに僅かに残ったコーヒーを飲み干す。今回の男は想定より三ヶ月も耐えて少し苦労してしまった。それだけ彼が本気だったという事だけど、結局恋人以外の女に手を出したのだから{{kanaName}}ちゃんへの思いも所詮その程度だったのだ。ボクなら絶対に裏切りはしない。
 さて、次はどうしよう。あれだけ手を差し伸べたのに彼女はまだボクの方に落ちて来てくれないようだし、何処かに適当な男はいないだろうか。
 そうだ、さっき{{kanaName}}ちゃんが見惚れていた男はどうだろう。後で調べて問題なければ恋人になってもらおう。ちらりと視線だけを向ける。顔の良い彼は左手の薬指に指輪を嵌めていたが、まあ何も問題ないだろう。
 ボクはいつものように素行調査の依頼メールを送ると、半年後に自分に縋る彼女を思い浮かべてにんまりと微笑んだ。