ポチエナも食わないもらい事故

ユウキくんが知らない内に痴話喧嘩に巻き込まれる
※ユウキ視点寄り、ハルカも名前のみですが出てきます。

「その話、オレが聞いていいんですか……?」
 とある休日、ひみつ基地の模様替えに勤しんでいた少年ユウキは眉根をぎゅっと寄せて面倒くさそうな顔をしてベッドを仰いだ。育ち盛りのユウキにはまだ少し大きなベッドは今、客人に占領されている。その客人、{{kanaName}}はホエルコドールを胸に抱えてひどく不機嫌そうに顔を歪めた。
「聞いてほしいから話してるんでしょ〜!」
 {{kanaName}}が不満を示すように足をバタバタさせた。その拍子にエネコドールがベッドから転がり落ち、甘い香りが漂った。{{kanaName}}が来る度に抱きしめるから、エネコドールは彼女の香水の香りに染まっていた。
「でもそういうのって子供のオレに話しても意味なくないですか?」
「アドバイスとか求めてないから。ユウキくんはわたしの愚痴を聞いてくれるだけでいいの!」
 ひょんな事から出会った{{kanaName}}という女性はいたくユウキを気に入り、こうして気が向いた時にやって来る。今日は機嫌が悪くて愚痴を吐き出しに来たようだが、普段はユウキに厳しくも為になるアドバイスをしてくれる親切な先輩トレーナーだった。そのお陰もあり、この前ユウキは初めて四天王を二人も倒す事が出来た。
 今日、彼女をひみつ基地に招いたのはそのお礼も兼ねていたが、この様子だと褒められるよりもプリムに勝てなかった事を責められそうだ。ユウキはエネコドールをベッドに戻しながら顔を掻いた。
「えーっと、その彼氏さんは{{kanaName}}さんの事信用してるって事じゃないんですか」
 ユウキが言うと、{{kanaName}}は低く唸ってホエルコドールを抱きしめる腕にぎゅっと力を込め、気まずそうな顔がユウキから視線を逸らした。どうやら自分でも理不尽な愚痴だと自覚はあるらしい。ユウキはちらりと{{kanaName}}の顔を覗き見る。
 自分よりも年上で大人の女性である{{kanaName}}の悩ましげな顔は、年頃の少年であるユウキの心臓をドキリとさせた。ユウキにはハルカという女友達もいたが、ハルカを見てもここまで鼓動は加速しない。ハルカにはまだ足りない女性らしい曲線に、少年ユウキは密かに興奮を覚えていた。
「ふぅん、ユウキくんは彼女が男と二人で遊んでも平気なんだ?」
 {{kanaName}}の不満げな視線がユウキを睨む。愚痴もそうだがこの表情も恋人以外に見せていいんだろうか、ユウキは目が釘付けになる前に急いで顔を背ける。恋愛に不慣れなユウキにとって、大人の恋愛を嗜む{{kanaName}}の上目遣いはチャンピオンよりも強力だった。
「オレは嫌ですよ」
「えっ、ユウキくん彼女いるの?」
「い、ま、せ、ん! いたら{{kanaName}}さんをここに入れませんよ!」
「冗談なのに、ユウキくんは真面目だねぇ。わたしの彼氏も真面目なんだから、一度くらいはユウキくんみたいに嫌だって言ってくれてもいいのに、ねぇ?」
 {{kanaName}}が力無く息を吐く。愚痴を話し始めた頃は軽い口調だったが、実際は相当堪えているのかもしれない。悲しそうに目を伏せる{{kanaName}}にユウキの胸も痛む。
 ユウキはまだ誰かと付き合った事がなかったが、男の嫉妬は格好悪いと思っていた。男なら彼女を信用して友達付き合いに口を出すものじゃないと考えていた。彼女を狙ってる不届き者なら話は別だけど、ただの友達なら許してあげたい。
 だが{{kanaName}}の愚痴を聞く限りそうでもないらしい。自由にさせても不安を与えてしまうようだ。もしかして恋愛ってポケモン勝負と同じくらい奥が深いのかもしれないな、ユウキは古い雑誌を一つに纏めて息を吐いた。
「あっ、そろそろお友達とのバトルの時間だっけ?」
 {{kanaName}}がベッドからむくりと起き上がる。さっきまでの暗い顔は何処へやら、{{kanaName}}はにっこりと笑っている。子供のように彼氏の愚痴で騒いでいた{{kanaName}}は鳴りを潜め、大人として、トレーナーの先輩として凛と微笑んでいた。
「お友達っていうか、まぁ……、」
「相手の子、強いんでしょ? おねーさんがおまじないしてあげる」
 にぃっと笑う{{kanaName}}はベッドから立ち上がると、カーペットの上で胡座をかくユウキの目の前で膝をついた。次の瞬間、キョトンとするユウキは甘い香りに包まれる。{{kanaName}}が両手を広げてユウキを抱きしめた。
 自分とは異なる柔らかさを感じ、ユウキの体はびくりと震えた。緊急事態に慌てて体を捩って{{kanaName}}の腕の中から逃げ出す。たった一瞬のことなのに、ユウキの心臓は全力疾走した後のようにバクバクと煩くなっていた。
「オレが彼氏さんと知り合いじゃなくて良かったですね! 知ってたら浮気だって言ってやったのに!」
「あはは、ユウキくんは可愛いねぇ」
 けらけら笑う{{kanaName}}は「じゃあまた来るね」とひみつ基地を出て行く。しかしユウキにはその背中が寂しそうに見えて、どうにか力になれないかなと考えずにはいられなかった。

* * *

「もしかしてユウキくん、デートしてきたのかな」
「はい?」
 バトルを終えてアドバイスも一通り貰った後、少しの沈黙を挟んで唐突に訊ねられた。驚いたユウキは相手が大人にも関わらず反射的に友達相手のような返事をしていた。慌てて謝って「してませんよ!」と首を振る。
 バトルの相手をしてくれた彼、ダイゴは眉を寄せ疑いの眼差しを向けていたが、ふいと視線を逸らすと「本当かなぁ」と少しおどけたように言った。
「ボクの勘はよく当たるんだけど、隠してないかい?」
 くすくすと楽しそうにダイゴが笑うがユウキには一切身に覚えがない。ダイゴさんは何を根拠に突拍子もない事を言い出したんだろう。服はいつもと変わらないし髪型だっていつも通り、もちろんポケモン達にも何もしていない。
「あれ、良い匂いがしたからてっきりそうだと思ったんだけどな」
「あ、あー……」
 ダイゴの言う『良い匂い』に覚えのあったユウキはくんくんと服を嗅ぐ。思った通り、{{kanaName}}からいつも香る甘い香水が移っていた。彼女が帰り際に抱きついたせいだろう。
 ポケモン最優先で毎日泥や汗に塗れるユウキには似合わない匂いに、思わず苦笑が漏れる。たしかに突然こんな匂いがしたらデートを疑われるのも無理はない。ユウキはどことなく気恥ずかしさを覚えて照れ隠しに頭を掻いた。
「そんなんじゃないですよ」
 ユウキは大げさに首を振って否定するが、ダイゴは楽しそうに笑っている。どうやらユウキが恥ずかしがっていると思っているようだった。
「本当にそんなんじゃないんですって! オレのこと子供だと思ってるしそもそも彼氏居る人なんで!」
「そっか……、それは残念だね」
「いやだからっ! ダイゴさんと違ってオレはそういうの全然ないんで、からかわないでくださいよ」
 面白そうにユウキの言葉を聞くダイゴをじろりと睨み付ける。と、ユウキはハッとする。
 {{kanaName}}はアドバイスを求めていないと言っていたがそれは相手が子供で恋愛経験皆無ユウキだからであって、恋愛経験豊富な大人の男性ならアドバイスを喜ぶのではないか。
 ダイゴの恋愛事情は聞いた事がなかったが、よもやこのイケメンが恋愛を語れないなどあるまい。ユウキは親切心と好奇心でキラリと目を輝かせて「オレと違ってモテモテダイゴさんに聞きたいんですけど」{{kanaName}}の愚痴をダイゴへ相談してみた。
「……そんな事し続けたら恋人に愛想を尽かされるだけで、あまり意味はないと思うよ」
 ユウキの話に耳を傾けたダイゴはあごに手を掛けしばし考え込み、呆れたように眉を顰めた。ダイゴの悩む横顔はバトルの最中ですら見た事がないほど険しい顔をしていてユウキを驚かせたが、その回答はユウキの胸にすとんと落ちた。
 {{kanaName}}が黙って聞けと言うから黙っていたがユウキもダイゴと同意見だった。ダイゴのような、いかにもモテる男が言うのだからこの答えは真理に違いない。ユウキは嬉しくなってつい大きな声で「そうですよね」と返事をしていた。
「オレも思ってたんですよ、わざと心配させる事はしない方がいいって!」
「うん、その子は素直に甘えるべきだよ」
 ダイゴがにっこりと笑う。いつも見ている笑顔だったがユウキには普段の何倍も大人っぽく格好良く見えた。もしまた{{kanaName}}が愚痴を言ってきたらダイゴさんに相談してみよう。ユウキはなるほど、と何度も頷いた。
「素直に、ですか……」
 ユウキの脳裏にひみつ基地のベッドに寝そべる{{kanaName}}が浮かび上がる。たしかに素直に甘えた方が効果がある気がする。少なくとも自分なら……と、うっかり変な事を考えてしまい、ユウキは急いで脳裏の{{kanaName}}を追い出す。ユウキにとって{{kanaName}}は年上の友人で、そういう対象ではないのだ。
「そういやダイゴさんの彼女はどうなんですか? 意外と今相談した人みたいにダイゴさんを困らせてたりして」
 空っぽにした脳内は、しかしまだ恋愛への興味を残したままだった。ユウキは目が合ったダイゴに興味の矛先を向ける。
 実の所ユウキはダイゴに彼女が居るのかどうか知らない。しかし男のユウキから見ても格好良いこの男に恋人の一人や二人居ないはずもない。いかにもモテそうなこの人は一体どんな人と付き合ってるんだろう。きらり、期待を込めた瞳が輝く。
「ふふっ、ユウキくんは鋭いね」
 ユウキの無邪気な好奇心にダイゴはうすら笑みを浮かべた。ダイゴが不断何をしているかも知らないユウキにとって、これはダイゴのプライベートを覗く絶好のチャンスだった。好奇心がますます掻き立てられる。ユウキはぐっと身を乗り出しダイゴの惚気話の続きをワクワクして待った。
 しかしダイゴの顔から表情が消える。
「でも、運はないみたいだね」
 ユウキに向けられたダイゴの視線は鋭く冷ややかで、敵意すら感じられた。バトルの際にもダイゴはギラギラした闘争心を剥き出しにするが、それとは明らかに異なる鮮烈な敵意にユウキの背筋がぞくりと震える。けれど一体どうしてユウキは理由がさっぱり分からない。
「そろそろ調べた方が良いと思ってたんだけど、まさかナマエが『デート』してる『可愛い彼氏』がユウキくんだったとはね」
「……え、」
 スバメに睨まれたケムッソもこんな気持ちなんだろうか。ユウキは己の状況を瞬時に理解する。
 逃げ出したい。でも逃げたらどうなるか分からない。ユウキはすっかり萎縮して身動きが取れなくなっていた。
 どれだけ見つめ合っていたのか、永遠のような一瞬が終わってダイゴがにこりと笑顔に戻る。
「今度{{kanaName}}と会う時はぜひボクも呼んでよ」
 連絡、待ってるね。ダイゴはそう言ってエアームドに飛び乗る。普段なら手を振ってくれるのに、今日は一切振り返らずに無言で飛び去って行く。そうして、あっという間に影は空へと吸い込まれていった。
「……なにが『彼氏が嫉妬してくれなくてつまんない』だよ、オレを巻き込んでおいて!」
 あーあ、心配して損した。ユウキは大きな独り言を吐いてトロピウスを出す。人懐っこいトロピウスはボールから出るなりユウキに顔を擦り寄せた。
 その時、彼の首元からふわりと甘い香りが漂う。思わず顔をしかめたユウキは次にひみつ基地に行く時は消臭スプレーを持っていこうと心に誓って家へと帰った。