飲み会の帰り道、友人のダイゴと何故か「愛してるよゲーム」をする
「ダイゴもお酒で失敗した事あるんだ、愛してる」 「と言っても飲み始めた頃の話だよ、愛してる」 「へぇ、そうなんだ残念……愛、してる」 「あれ、ねぇ今照れたんじゃないのかい?」 「ま、まさか!」 夜の繁華街をダイゴと二人で歩きながらどうして語尾に『愛してる』だなんて付けているのか、その理由は話せば長くなる事もなければ深い事情がある訳でもなかった。飲み会の悪い余韻を引きずって馬鹿みたいなゲーム――互いに愛してると言い合って照れた方が負けという、本来なら恋人同士でするゲーム――をしているだけだった。 ダイゴってば女の子一人で帰るのは危ないから、なんて気の利いた事を言ったくせに、その会話の選択センスはどうなんだ。わたしもダイゴも肌を赤くして見るからに酔っ払いだと分かるから良いものの、下手をすれば恋人と間違われかねない状況にほんの少し酔いが覚める。もっとも、ゲームじゃなくて本心でその言葉を言ってくれたらいいのに、なんてそれこそ馬鹿みたいな事を考えているから当分酔いは覚めそうにもない。 「{{kanaName}}って意外と強情だよね、愛してるよ」 ダイゴがわたしの方を向きながら、事も無げに愛を声に出す。チャンピオンである以前に御曹司様でもある彼はきっとたくさんのご令嬢から大袈裟に愛を語られているんだろう。だからダイゴ自身も躊躇いも恥じらいもなく愛してると口に出来るんだ。わたしなんて、 「意地っ張りで負けず嫌いなのはダイゴの方でしょ…、アイしてる」 指摘された通りとうの前から照れてて何とか誤魔化している状態だ。 早くダイゴが飽きないかな。勝ち負けなんてあってないようなものだけど、どちらかが変に照れてしまったら後々の関係がぎくしゃくしかねない。 まったく、どうしてこんなゲームを始めちゃったんだろう。ついため息が零れた。このままダイゴの飽きを待ってるのも馬鹿らしく思えて、わたしから切り出すことにする。 「ダイゴ、そろそろやめない?」 隣を歩くダイゴが足を止めた。眉をひそめた顔は見るからに不満を抱えている。単なる暇つぶしのゲームなんだから、そこまで怒らなくてもいいのに。ダイゴの事はそれなりに知っているつもりだったけど、そうでもないみたい。 「じゃあこの勝負はボクの勝ちってことでいいよね」 ダイゴがずいっと顔を寄せる。やっぱり何かおかしい。ダイゴってちょっとしたゲームですら負けたくないほど負けず嫌いだっけ。そんな事はなかったと思うんだけど、酔ったせいで大人気なくなっているんだろうか。 何にせよ、ここはダイゴの勝ちという事にしておけばこの馬鹿げたゲームを終わらせられる。わたしはほんの少し感じた嫌な予感を頭から振り払って「いいよ」と頷いた。 「じゃあ{{kanaName}}にどんな事お願いしようかな」 「えっ、それは違うでしょ!」 そういえばゲームを始める前に「勝った方が負けた方の言う事を何でも一つ聞くことにしよう」とダイゴが言っていた。ダイゴにお願いなんて滅多に出来ないから――こちらは冗談で言ったつもりでも彼にはそれをやってのける権力と財力があるから軽い調子で頼み事をすると却って大変な事になるし、何より御曹司でチャンピオンに気軽にお願いなんて周囲の目が恐ろしくて出来やしない――立派な口実を手に入れられるとわたしは喜んだけど、提案したダイゴ自身はあまり乗り気じゃなかったはず。でもこの様子だと今まで巧妙に隠していたみたい。もっとも、あれだけ勝ちにこだわっていたんだから隠しきれてはなく、わたしが酔っていて気づけなかっただけなんだけど。 ダイゴはうんうん唸ってお願い事を考えている。きっとダイゴの事だから採掘を手伝ってとか、そういう類にはなりそうだけど、その中でもなるべく疲れないものがいい。今度のエキシビションマッチの為のコンディション調整用のポロック作りなんかだと楽しめるからそれがいいな。なんて期待を込めてダイゴの次の言葉を待っていたら。 「愛してる」 「えっ、ゲームはもう終わりでしょ」 「{{kanaName}}、愛してるよ」 ダイゴがわたしの両手をぎゅっと握りしめ、更にもう一度「愛してる」と、まるで告白でもするみたいに真っ直ぐに真剣な眼差しと言葉をわたしへ向けた。握られた手が熱い。顔に血が集まって真っ赤になっていくのを感じる。なのにダイゴはいつものような澄まし顔をして、酔いで赤らんでいた頬もいつの間にか日焼けしてない白い肌へと戻っている。 「も、もう、冗談はやめてよ」 なあなあの勝利じゃ満足出来なかったんだろうか。だとしても再開の一言もなくゲームを続行するのはどうかと思う。こっちは終わったつもりなんだから、急にそんな事を真面目なトーンで言われたら恥ずかしくて照れてしまう。ダイゴに握られた両手を大袈裟に振り払って思い切り睨みつけた。 「そういうのは恋人にするものでしょ」 「恋人ならいいのかい?」 「ふつう、恋人くらいにしか言わないよ」 「そうだね。じゃあ{{kanaName}}、ボクの恋人になって」 「は、」 さらりと言われた一言に、思考が止まる。でもすぐに気を取り直して考える。ダイゴったらまだ相当酔ってるんだ。お願いのつもりかもしれないけど、流石に素面じゃこんな事はお願いしてこないはずだもの。肌の色こそ元に戻ったけど、頭はまだまだアルコールに支配されてるんだろう。まったく、世話が焼け―― 「何でも言う事聞くんだろ? それに、ボクは本気だよ。{{kanaName}}、愛してる」 不意に目の前に深紅が広がる。それがダイゴのアスコットタイだと気づいた時にはわたしの身体はダイゴに強く抱きしめられていた。ダイゴが耳元に顔を寄せる。ぞわり、こそばいようなじんじんと疼くような感覚が背筋を駆け抜けた。 「好きじゃなかったから、たとえゲームでも愛してるなんて言わないよ」 言葉と共に吐き出された息が耳に掛かる。微かに漂うアルコールに、ダイゴの酔いはまだしばらく続くと確信する。酔ってるからこんなはちゃめちゃな事を言っていて、酔ってるくせに力は強くて今度は引き剥がせそうにない。肌を擽る吐息から、混ざり合う体温から逃げたいのに、酔って上手く力の入らない腕は何の頼りにもならない。 「{{kanaName}}だって相手がボクだからゲームに付き合ってくれたんだよね」 「そ、れは、」 返す言葉が見つからない。穏便に切り抜ける魔法の言葉はいくら待てども降ってこない。 どうにも出来ないでいるとダイゴが切なそうな瞳をわたしに向けた。ぎゅっと心臓が締め付けられる。心臓がどくどくとその動きの勢いを増していく。 「好きなんだ、ボク、きみのことが。愛してる、{{kanaName}}。だからボクの些細なお願いを叶えてくれないかい?」 ダイゴと付き合うことが些細な願いだなんて、やっぱりダイゴはしっかり酔っている。それがどれ程難しいことが、ダイゴ自身が一番分かっているんだから。 でも酔っているのはわたしも同じで、アルコールで自制の効かない欲は我慢の二文字を守れない。変な関係になりたくないから愛してるよゲームなんて早くやめたかったのに、こうなったらもう知らない。 「後から冗談だったって言っても別れてあげないから」 「そんな事、ボクが言う訳ないだろう?」 ダイゴの背中に腕を回すと、ダイゴがより一層強く抱き返す。まるで互いの身体の境界が溶け合ったようにダイゴの温もりを全身で感じられた。熱くなった吐息が漏れる。ダイゴが「ふふっ」と小さく笑う。 「愛してるよ、{{kanaName}}」 じわりと全身に広がる幸せに頬が緩む。ボクにも言ってよとねだるダイゴに照れた顔で「ダイゴのこと愛してる」と返したら、ダイゴの頬もとろりと緩んだ。