学生はもう夏休みだと知って久しぶりに心が踊るダイゴ ※ダイゴ視点/夢主は学生 (『#夏の日のワードパレット』2.なつやすみ)
近所の少年が大荷物を抱えていた。大変そうだなと眺めていたら、ボクに気付いた少年がぎょっとした顔で固まった。あまり褒められない態度に眉をひそめつつ、笑顔で声を掛けた。 「こんな暑いのにそんな格好で平気なの?」 信じられないという顔の少年は半袖短パン姿だったが、額に大粒の汗をかいている。そんな彼には長袖長ズボンで熱を吸収しやすい黒のスーツ姿のボクはある種の化け物にでも見えるんだろう。 「ふふっ、夏用だから案外風は通るんだよ」 それでも暑いのは暑いけど。本音は飲み込んで答えれば、少年は「へえ〜……?」と疑念は残しつつも一応は納得して大きく頷いた。 その拍子に両腕に掛けていた紙袋が揺れ、中に突き刺さっていた丸めた画用紙が鉢植えを抱える手をつつく。少年は不快そうに顔をしかめ、けれど両手が塞がっていてどうすることも出来ずますます顔をしかめた。 ボクが画用紙を紙袋の中へ押し込んでやると「さすがスーツ!」と妙な賞賛を頂いた。子供の感性は時に独特で面食らってしまう。でもこれは何となく分かった、ボクだって小さな頃は夏でも平然とスーツを着ている大人にある種の尊敬を覚えていたから。 「ところで、これはきみが育てているのかい?」 少年が両手で抱えた鉢植えには数本の支柱が立っていて、植えられた植物がつるを巻いていた。よく見ればいくつかつぼみも付いている。 「そ! 夏休みだから自分の朝顔持って帰って観察日記が宿題になってんだ」 めんどくさいんだけどなー。ため息混じりに言う少年に、ボクも昔を思い出して頷く。けれどはっとして「でもね」少年を諭す。 「きみもトレーナーになりたいなら植物の世話くらい自分で出来なくちゃいけないよ。ポケモンの世話は朝顔よりもっと大変なんだから」 「うげ、先生もおんなじこと言ってたんだよなぁ」 「じゃあ頑張らないとね」 「…………はぁーい」 渋々返事した少年は、きっと数日もしたら水やりを忘れるんだろう。気を利かせた母親が世話をしてくれればいいが、果たしてどうなる事やら。もしまたこの子を見掛ける事があったら声掛けしてあげよう。ポケモンの世話の練習台にされる朝顔だって立派な命なのだ、そう易々と枯らせてはいけない。 「もう夏休み、か……」 少年と別れボクも帰り道を歩きながらぽつりと言葉が零れた。 大人になると学生の時のような長く暇すら感じる夏休みとはほぼ無縁になる。夏を感じている間に一月が過ぎていく。 この時期は例年学生トレーナーの挑戦が増えるけど、残念ながらボクの所までやって来る学生は殆どいない。だから夏休みというものを肌で感じる機会は滅多にない。だから、さっきの少年に会うまですっかり忘れていた。 「あぁ、それで……、か」 ポケットからポケナビを取り出して昨夜届いたメッセージを読み返す。 『たまには遠出しませんか? 日程はダイゴさんの都合に合わせます』 送り主は{{kanaName}}ちゃん。こんなボクを好いてくれている女の子で、今までも何度かこんなやり取りをしては色んな場所に出掛けている。いわゆるデートってやつだ。学生ゆえの若さだろうか、勢いがあってずいぶん積極的で、今では{{kanaName}}ちゃんからの誘いを楽しみに待っている自分がいた。 ただ、いつもは彼女が場所と日時を指定して、こんな風にボクに委ねてくることは滅多になかった。珍しい事もあるもんだとちょっと驚きはしたものの特別気にも留めなかっけれど、彼女も夏休みに入ったんだろう。{{kanaName}}ちゃんは普段学生らしい振る舞いをしないからそんな事にも気づかず、遠出という二文字にばかり注目していた。 「せっかくだし、海にでも誘ってみようかな」 そう呟いてみると頭の中にビーチの風景が広がっていく。誰も彼も水着や軽装で、さすがにボクもこのスーツじゃ浮いてしまうだろう。たまにはさっきの少年よろしくTシャツにハーフパンツ、サンダルなんて格好もいいかもしれない。いや、海ならボクも水着の方がいいんだろうか。きっと{{kanaName}}ちゃんは水着だろうし……。水着、か。あの子の肌を誰にも見せたくない。だったらのんびり出来るプライベートビーチの方がいいかもしれない。誰にも邪魔されないしね。 「……あっ、もしもし{{kanaName}}ちゃん、今いいかな」 どんどん鮮明になる想像に居ても立ってもいられなくて、ボクは発信ボタンを押していた。体が熱くなったのは陽気を振りまく太陽のせいかあるいは彼女のせいなのか、答えはまだ分からない。 電話越しに聞こえる彼女の声に頬が緩む。久しぶりに夏休みにワクワクしていた。