何でもない日にダイゴから贈られたプレゼントが、特別な日にダイゴの告げた言葉でより輝き出す。
その日は『何でもない日』だった。誕生日でも記念日でもない、本当によくある休日の一日でどこにも特別な要素はない。 でも目の前でキラリと輝くそれはどう見ても『特別な物』だ。わたしはぱちぱちと瞬きを繰り返して『それ』の理由を考えた。考えながら、自然とにやける頬にきゅっと力を込める。 「こういうのも良いかなと思ってね」 ダイゴさんがにこりと微笑む。その手の中にはベルベットの小箱があって、中には二つのリングが収まっている。 大きさの異なるリングにはそれぞれ違った宝石があしらわれている。片方は私の誕生石でもう一つにはダイゴさんの誕生石が、小粒ではあるけれど存在を主張するようにキラリと輝いている。今日は誕生日でも記念日でも何でもないけれど、紛うことなくペアリングだった。 「ほら、手を貸して」 ダイゴさんがわたしの左手を取る。嬉しくて指先まで伝わった熱がダイゴさんの指まで伝わっていく。細められたアイスブルーの瞳が驚いたように丸くなって、わたしを見つめてまた目尻を下げる。口にしなくてもわたしの心が伝わって、瞳だけでダイゴさんの心が沁みてくる。恥ずかしくて、けれどダイゴさんがわたしと同じように微笑む姿に心が弾み出す。 「うん、{{kanaName}}によく似合ってる」 指輪がよく見えるように手の甲を近付ける。左手薬指に嵌められた指輪はシンプルなデザインで上品な美しさが感じられる。指輪のサイズを伝えた覚えはないのにわたしの指にぴったりで、今初めて嵌めたのにとてもよく指に馴染んでいる。そんな素敵な贈り物に頬がますます赤くなるのが鏡を見なくても分かる。 でも、一体急にどうしたんだろう。こういうのって何かの記念に合わせて用意するのんじゃないのかな。少なくとも持ってたお菓子を分ける感覚で手渡す物じゃないのは確かだ。 ダイゴさん自身も高価な物を気安く譲ったり贈る性格でもない。それに付き合っている事も周りには秘密にしているから──チャンピオンで御曹司と付き合ってるだなんてそう簡単には公言できない──お揃いのリングなんてそもそも考えた事もなかった。 強いてきっかけを挙げるなら、つい先週わたしがポケナビに付けてるストラップがカゲツさんと色違いだったと判明した事だけど、量産品で何ならリーグの売店で売られているストラップだから他にも同じ物を持っている人はごまんといる。ダイゴさんは少し物言いたげにしていたけれど、そんな些細な事で…… 「お揃いにするなら恋人のボクと、だよね?」 左手にダイゴさんの左手が重なる。いつものシルバーリングを外してお揃いのリングを薬指に嵌めた手で、きゅうっとわたしの手を掴む。わたしと同じ熱を灯した指先はほんのりと赤い。 前言撤回、全然『些細な事』じゃなかった。 笑顔を作るその顔は、瞳を鋭く尖らせわたしを射抜く。握られた左手は簡単には離してくれそうにない。 「毎日着けて、これを見てボクの事を思い出して」 眼差しは真剣で火傷しそうなほど熱い。わたしは何度も大きく頷くと、赤く血色の良い唇が重なるその瞬間を前にぎゅっと目を閉じてダイゴさんに、心のままに身を委ねた。 あの日から半年ほどが経った今日、カナズミではバトル大会が開かれていて今はエキシビションマッチの真っ最中だ。わたしは周りの声援に負けじと声を張ってダイゴさんを応援している。 ダイゴさんの相手はルネジムのジムリーダーを務めるミクリさんで、相性だけで言えばやや分が悪い。それでも流石はチャンピオンというだけあって試合は終始ダイゴさんの優勢で進んでいる。ポケモン達の技が決まる度にわたしは歓声や悲鳴を上げ、良いダメージが入ると固く握りしめた拳をさらにぎゅっと握った。 スタジアムには大きなスクリーンがあって、バトルコート上を飛び回る何台ものカメラロトムの撮る映像が映し出されている。そのおかげでオペラグラスを覗かなくてもダイゴさん達の表情はもちろんの事、じわりと滲んだ汗までよく見えた。 ミクリさんは時折りカメラに視線を向け、すらりと長い手足で踊るように指示を出しては観客から黄色い声が上がっている。さすがコンテストにも精通しているだけあって観客の盛り上げ方を心得ている。 一方のダイゴさんはというと、その手のファンサービスをする素振りはない。けれどあの容姿だからちょっとした行動が観客の──主に女性ファンの歓声を巻き起こしていた。技がぶつかる衝撃で乱れた髪を払う仕草ひとつにアイドルのコンサートのような歓声が上がる始末だ。かく言うわたしも小さいながら悲鳴を上げていた。 そうこうしている内にバトルはいよいよ佳境を迎える。手持ちは互いに最後の一匹、どちらも相棒のポケモンを残すばかりだ。 ミロカロスがしなやかに体を動かし、固い体のメタグロスが果敢に飛び掛かる。実況の声はミロカロスが優勢だと叫んでいた。 その時だった。ダイゴさんが近くを飛び回るカメラロトムを一瞥すると勝気な視線と共に口角を上げた。大きなモニターに強い意志を感じる瞳が映し出される。 どくんどくん、モニター越しにたしかにダイゴさんと目が合って心臓が飛び跳ねる。わたしは無意識に祈るように左手を右手で包み込んで胸を押さえた。薬指のリングが熱を吸って温もりを増していく。 ダイゴさんが視線をバトルコートに戻す。メタグロスに呼び掛け左手が胸に刺さるラペルピンを摘み上げた。そして七色に輝くキーストーンを口元まで持っていき、 「…………あ…、えっ、」 次の瞬間、メガラペルピンが強い光が放ってモニターが真っ白になる。スタジアムからは歓声とどよめき、ショックを受けた声まで聞こえる。わたしも呆然としながら、今見た光景を頭の中で再生する。 ダイゴさんは切り札としてメタグロスをメガシンカさせる。その時に必要なのがメガラペルピンで、いつも右手で胸から外すとメタグロスと気持ちを通じ合わせるようにキーストーンを口元まで持っていく。小指をピンと立てて行われるその行為にダイゴさんのファンはもちろん、そうでなくても毎回多くの人が沸き立っている。わたしだって何度見ても胸が高鳴るのを抑えられない。 でもそれはダイゴさんがダイゴさんの為に、相棒のメタグロスの為に行うルーティンで、決してパフォーマンスなんかじゃない。 なのに今日のダイゴさんは、何かが、どこかが違っていた。わたしはその違和感をゆっくりと思い返す。 まず、普段のダイゴさんは自分がどう映るかなんて滅多に気にしない。それなのに今日はメガシンカの前にロトムの位置を確認して笑ってみせた。モニターが二匹の対峙する様子からダイゴさんに切り替わったのは間違いなくそのせいだ。 それからラペルピンを摘む手も今日だけは左手だった。左胸に刺したラペルピンを取るなら右手の方が取りやすい。なのに今日は少し取りづらそうにしながらも敢えて左手でラペルピンを摘んでいた。 そしてダイゴさんの顔がアップになったその時、一緒にラペルピンと左手もモニターに大きく映し出された。いつもと違う左手が、小指だけでなく薬指も立てる左手が、その指だけ他とは異なる指輪を嵌めた左手が、大きなモニターにはっきりと映っていた。 「指、輪……」 左手で作った拳をぎゅっと握りしめる。 そこから試合が終わって家に帰るまでの事を、わたしは何も覚えていない。どうにかして帰ってきた我が家のソファに倒れ込みながら、ただ一つ覚えていることを振り返る。 それは試合後のインタビューの数十秒、ダイゴさんは左手を顎に添え目を閉じ何事か考え込むと『そうですね、』と口を開く。 『大切な人の特別な一日に花を添えようといつもより張り切ってました』 ダイゴさんがカメラをまっすぐに捉えて唇に弧を描く。モニターに大きく映し出されたダイゴさんは間違いなくわたしに向けて言っていた。 「特別な一日……」 背中をぐっと反らして後ろの壁に目を向ける。壁に掛けたカレンダーの今日の日付にはダイゴさんがハートで印を付けていた。そしてその下には『HappyBirthday』と添えられている。 大きく息を吸ってそのまま空気を吐き出す。もう一度深呼吸して、ちょうど鳴ったチャイムに体を起こした。 明日にはダイゴさんのあの言葉と左手の指輪が世間を大きく騒がせて、それはきっとわたしにまで及ぶんだろう。 でも今はそんな事関係ない。わたしはソファから立ち上がるととんでもない誕生日プレゼントの送り主を出迎えに玄関へ走っていった。