同じ趣味のダイゴと洞窟で過ごす(バレンタイン夢) ※ワーパレお借りしました→@torinawx
カン、カン、カン、洞窟の中に岩を割る音が二つ響いている。 一つは私、化石を探して怪しい岩をツルハシでカンカン叩いている。もう一つのより重い音を響かせるのはダイゴさん、石集めが趣味で珍しい石を求めてハンマーで岩を砕いている。それ以外には時おり野生ポケモンの声が聞こえるくらいで、私もダイゴさんも黙々と岩を掘っていた。 「首尾はいかがかな」 大きく息を吐く音がして、背後から声が掛かる。振り返るとダイゴさんがすぐ傍に立っている。 「今日は全然です」 肩を竦め、私もふうっと息を吐いた。普段と違って適当に振っているツルハシは化石も何も掘り出さない。 「ボクも今日はさっぱりだ」 「えっ、珍しいですね」 化石と鉱物、探す物は違えどその為の手段は同じだから私とダイゴさんは山や洞窟でよく出会った。初めの頃は軽く会釈する程度だったのも、何度も見掛ければ挨拶以上の言葉を交わす事も増え、今ではすっかり趣味仲間だ。 そんなダイゴさんは私と比べて随分と運が良く、勘が鋭く、いつも何かしらの成果を得ていた。それは珍しい鉱物だったり進化の石だったり或いは特別な石だったり、種類は様々でとにかくハズレの日がない。半日も岩をつつけば何かしらお土産を手にしている。 それが今日は何もないと言う。私と違って真面目に石を探している彼が不調なのは本当に珍しい。少なくとも私は見たことがなかった。ダイゴさんでもそんな日があるんだと驚いて、私は「じゃあ、」と口を開いて、緊張で少し強ばる頬でどうにか笑って「気分転換に休憩でもしませんか」と声を掛けた。 やや疲れた顔をしていたダイゴさんがたちまちぱっと明るい笑顔になる。そして「そのつもりで声を掛けたんだ」と手にしていた魔法瓶を軽く揺らした。 「今日の紅茶もきっと気に入るよ」 折りたたみ椅子を二つ並べ、リュックからマグカップを取り出す。ダイゴさんに渡すとそこへ香りの良い紅茶が注がれる。温かいマグカップを受け取って小さな椅子に座るとダイゴさんも同じように腰掛けた。ちょっとしたお茶会だ。 きっかけはいつだったか、何も見付からずどんよりしていた私を見兼ねたダイゴさんから「気分転換に」とフエンせんべいを貰った事だった。それがいつしか二人で並んで椅子に腰掛け、飲み物も用意して、互いの日常を話す楽しい時間になっていた。けれど、今日は少し不安と緊張を感じる時間だ。 「ん、美味しいっ」 「ルネの友人のオススメでね、ボクも気に入ってるんだ。きみの口に合って良かった」 ふっと笑みを零すダイゴさんに私も笑顔を返す。けれど内心ちっとも穏やかではなくて。ふらふらと視線が揺れて、誤魔化すように「美味しい」と繰り返す。 というのも、ダイゴさんがそれなりの頻度で口にする『ルネの友人』とやらが聞く限りとても親しい友人で、もしかしたら特別な関係の女性かもしれないからだ。 趣味仲間で、こうして採掘場所が被った時に雑談するだけの私は、ダイゴさんの事を殆ど何も知らない。彼がいかに石を愛し、鋼ポケモンや化石ポケモンを好んでいるかは知っていても、それ以外の事は分からない。彼が何処に住んでいるのかも、普段何をしているのかも、石探しに不必要な情報を知る術はない。 にも関わらず、もしかしたら何も知らないからこそ、私は山や洞窟でダイゴさんと同じ時間を過ごし、多くはない言葉を交わす内にすっかり彼に心を奪われていた。彼の石に向ける情熱に、ポケモン達へ注ぐ愛情に心の底から恋をした。 だからこそ、何度も話題に上がる『ルネの友人』が気になって仕方ない。友人とはどれ程の仲なのか、せめて性別だけでも今すぐ知りたい。だって今日は、今日は特別な日なのだから。 「────ぃ丈夫かい?」 目の前でダイゴさんが手を振っている。ハッと焦点を合わせピンッと背筋を伸ばす。胸がソワソワ、ザワザワして、一瞬意識が自分の内側に閉じ籠っていた。慌てて「大丈夫です!」と答えるけれどダイゴさんの表情から心配が消えない。だからと言って貴方の友人が気になってモヤモヤしてました、なんて口が裂けても言えない。件の友人について知りたいのは確かだけど、この心のざわめきの根源はそれじゃない。 「あっ、おやつ! 紅茶が美味しくて出すのを忘れてましたね」 くるりと背中を向けてリュックを漁る。中には化石探しの必需品の他に休憩用の小さな羊羹が二つに、それから今日の為に可愛くラッピングした小ぶりの缶が下の方に押し込まれている。この缶こそ、今日一日ずっと気もそぞろで採掘も手に付かなかった原因だ。 私は一瞬考え込んで羊羹を選ぶ。ルネの友人がどんな人か分からないまま、チョコレートは渡せない。そんな事も聞けない私に、好意の塊ともいえるチョコレートを渡す勇気はなかった。羊羹を掴んで振り返る。 「ダイゴさん、どうぞ」 にっこり笑顔を作って羊羹を差し出す。羊羹は私の定番のおやつで、これをダイゴさんに分ける事は何らおかしな事じゃない。 ただし、今日の羊羹はただの羊羹ではなかった。チョコレートを出せなかった時の小さな保険、悪あがきのチョコを含んだ羊羹だ。 こんなので好意が伝わるとは思わない。ただの自己満足だと分かってる。それでも、今の私が振り絞れる勇気は無駄にはしたくなかった。 ところが、だ。 「あっ…、それは……」 ダイゴさんが伸ばした手を止める。掴もうとした手はしばらく宙に留まって、すっと下がった。 何がどうなったかなんて、言葉にされなくても明白だった。 ダイゴさんの視線は羊羹のパッケージをなぞり、チョコの文字に気付いて、手を引っ込めた。私はダイゴさんと違って勘も良くなければ観察眼も全く自慢にならないけど、それでもこの状況は察せられる。ダイゴさんは私のほんの小さな好意も受け取りたくないのだ、と。 「ちょっと気になって買ってみたんですけど…、あはは、ダイゴさんはこういうの苦手だったんですね」 さっと顔を逸らして俯く。 中途半端な事をして曖昧に断られるならいっそ清々しくチョコレートを出せば良かった。後悔と恥ずかしさでしばらく顔を上げられそうにない。 「あっ、ち、違うんだ!」 待って、とダイゴさんが大きな声を出して私の腕を掴まれる。突然の予想外の事にびっくりして肩がびくりと跳ね上がった。 珍しく焦った顔をしたダイゴさんがごそごそとポケットに片手を突っ込んで「こ、これ」と何かを差し出す。それは私がダイゴさんに差し出した物と同じ、チョコ羊羹だった。 「ボクも同じのを持ってきてて」 どくんどくん、うるさい音が聞こえる。それが自分の心臓の音だと気づいた瞬間、ぶわりと顔に熱が集まっていく。 偶然かもしれない。たまたまそれを見つけて、何の意図もなく持って来ただけかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。 下げた瞳を少しずつ上げていく。チョコ羊羹を持つ手から胸元で輝くラペルピンに、そのまま真紅のアスコットタイを眺めて視界の端に顎が見えて、ゆっくり呼吸をして顔を上げる。ダイゴさんと目が合う。 「それ、貰ってもいいかな。代わりにこれはきみに食べて貰いたいな」 白い頬をうっすらと赤く染めてダイゴさんが笑う。まだにわかには信じられない私の手からチョコ羊羹を奪って、ダイゴさんが持ってきたチョコ羊羹が手の中に収まる。 私もダイゴさんも核心をつく言葉は言わない。それでも触れた指先から伝わる熱は温かく、心臓ふたりぶんが甘くとろけていた。