ダイゴと小さな喧嘩をして仲直りするまでの数時間
きっかけはいつもよりほんのちょっと適当に返された相槌だった。 わたしは喋るのを止め、隣に座るダイゴさんの横顔を窺う。ダイゴさんはわたしの視線に気付かず石を磨き続けている。一応わたしの話にも意識は向いているようだけど、意識のほとんどは石に注がれている。 それが、気に入らなかった。 今思い返せば生理前でイライラしていたせいだと思う。何れにせよわたしは適当な相槌にムッとして「そんな石っころの何が楽しいの」と吐き捨てた。 ダイゴさんが顔をしかめてわたしの方を見る。嫌な空気が流れているのは明らかだった。 でもその時のわたしは、悪いのはちゃんと話を聞いてくれないダイゴさんだから私は悪くないと意固地になってキッと睨み返してしまった。 その後はお察しの通り、始めこそ穏やかな口調のダイゴさんも次第にピリついて売り言葉に買い言葉と怒りが顕になる。 そしてついに、 「もういい! 知らないっ!」 わたしは怒りに任せて立ち上がって、荷物を引っ掴むと後ろを振り返る事なくダイゴさんの家を飛び出した。 日曜の午後三時、トクサネに広がる空は忌々しいほど青く良い天気だった。 * ひんやりとする室内で愚痴と後悔をみんなに聞いて貰っていたら上の階が少し騒がしくなった。 パキパキと仕掛けの氷を踏む音が聞こえ、ビーッと失敗を告げるブザーが鳴る。瞬きする暇もなく上からトレーナーが降ってきた。安全用のロープを装着しているとはいえ、ここの仕掛けは見ているだけでも肝が冷える。 そんな事よりジム挑戦者の邪魔になってはいけない。わたしは急いで部屋の隅まで下がった。けれど腕を引っ張られ「待って、」と呼び止められる。聞き覚えのある声、よく知ってる手だった。 「な、んで」 「{{kanaName}}のトロピウスだよ。首に成った果実をジム前に落としてた」 そういえばルネジムまで飛んだあと、トロピウスがボールに入るのを嫌がっていた。あの時にわたしがここに居る手がかりとしてフサを落としたんだろう。 あの子は一体どっちの味方なんだ、思わず眉間にしわが寄るものの叱るに叱りきれない。心のどこかでトロピウスに感謝する自分もいた。 「ほら、帰るよ」 ぐっ、と腕を引っ張られる。心が揺れる。けれどもそう簡単にダイゴさんの言いなりになんかならない。せっかく休日に二人で過ごすのに石を優先してわたしには適当な相槌しか返さないダイゴさんを、簡単には許してやらない。 「やっ、やだっ! だってダイゴさんはわたしの事──」 「ボクが悪かった」 ちゃんと見てくれないから、そう言おうと開いた口はしかし、ダイゴさんの大きな声でに驚いて途中で言葉を失った。パチパチと瞬きを繰り返す。もしかして今、ダイゴさんから謝った? ダイゴさんはこういう時「落ち着いたかい」「話をしよう」「ボク達は分かり合えるはずだ」とか何とか言って、決して自分から無条件で謝ったりはしない。けれど今、ダイゴさんは謝った。自分から、頭を下げた。 「えっ、何っ、で……えっ?」 信じられなくて呆然としていると、今度こそわたしの体は引っ張られた。よろけた足がふらふらともつれ、引き寄せられるようにダイゴさんの腕の中へ吸い込まれる。ぽふんっ、と胸の中へ収まると、ぎゅうっと強く抱き締められた。 「一緒に帰ろう、{{kanaName}}」 甘さを含んだ声だった。理解が追い付かず取り敢えず目の前にあったアスコットタイを見つめていた瞳をダイゴさんへ向ける。子供が駄々をこねる時のような、甘えてくる時のような、我儘さと懇願が入り交じった視線がわたしに向けられた。 せっかく二人揃っての休日だったのに、一体わたしは何をしているんだろう。時間にしてたったの小一時間ばかりでも、今日という日は終わりへと片足を踏み入れている。 「わたしも、ごめんなさい」 ダイゴさんの背中に腕を回す。どくどくと跳ねる心臓の音が肌を伝ってわたしの中まで響く。 心地よい温もりに腕に込める力を強める。すぐにダイゴさんも抱き締め返してくれた。見つめあった瞳はキラキラと瞬いて宝石のように輝いている。とても綺麗で、吸い込まれそうになる。 「じゃあ帰ろうか」 「そうだね、是非ともそうしてくれると助かるよ」 ダイゴさんの言葉にうん、と頷いた瞬間、よく通る声が背後からしてわたしもダイゴさんも振り返る。 そこに立っていたのはこの場の主、ルネジムのジムリーダーであるミクリさんだ。周りのジムトレーナー達も微笑みながらわたし達を眺めている。 ミクリさんはやれやれとため息を吐いてダイゴさんをじろりと見つめ、わたしには優しい眼差しを投げ掛けた。 「良い休日を」 その直後、挑戦者を知らせるベルが鳴った。 なかば追い出されるようにジムを出る。 ダイゴさんがエアームドを出してわたしへと手を差し伸べる。わたしは迷うことなくその手を取ってエアームドに跨ると鋼の鳥はあっという間に空へと舞い上がった。トクサネまでひとっ飛び、休日の続きは目と鼻の先だ。 「……そういえばダイゴさん」 後ろに座ってわたしを抱えるダイゴさんへ声を掛ける。ん、と短く返事をしてダイゴさんが首を傾げた。 「どうしてわたしがルネジムに行ったって分かったのかな……って」 強い風圧を頬に受けながら後ろを向く。ダイゴさんの顔はくしゃっと歪んでいる。でもそれは風のせいではなさそうで。 わたしは「ねえ」ともう一度声を掛ける。 「一ば……ったから」 「えっ、何て?」 「……ない…………ったから」 「ごめんなさいっ、風でよく聞こえなくて、」 「だからっ…… ここが一番居て欲しくない場所だったから」 ぱちり、目と目が合う。少し怒りを滲ませた瞳がわたしを射抜く。わたしは慌てて前を向き直すと何て返すのが一番いいのか考えて、悩んで、そうして「ごめんなさい」と呟いた。 「次からミクリの所に逃げるの禁止だからね」 後ろからぎゅうっと抱き締められる。熟考の末「はぁい」と間延びした返事を返したら「だったらボクが先に逃げ込んでやる」と倍の力で抱き締められた。