片思いする学生夢主と気持ちを隠しきれないダイゴ
「{{kanaName}}ちゃんこんばんは、奇遇だね」 友だちとはぐれて途方に暮れてたわたしに声を掛けてきたのはダイゴさんだった。 *** 数日前のこと、スクールの友だちから一緒に夏祭りに行こうと誘われた。みんなで浴衣を着て屋台で美味しいものを買ったり遊んだりしようと話す友だちは楽しそうで、ちょうど誰かを誘おうと思っていたわたしはすぐさま誘いに乗った。そしてその日のうちに浴衣を見に行ってそれぞれ気に入った浴衣を選ぶと当日が楽しみだねとはしゃいだ。 当日は朝から晴天でこれなら花火も綺麗に見れそうだと嬉しくなって友だちにメッセージを送ったりして午前中をそわそわしながら過ごしていた。午後になるとワクワクが抑えられずに少し早かったけれど髪をいじったり母に浴衣を着付けてもらった。 浮き足立ってるわたしに母は「花火が終わったらすぐ帰ってくるのよ」と強く念押しをする。それが小うるさくて「はいはい」と返事するとぺちんとほっぺたをはさまれた。 そんな事をしていたら気づけばあっという間に約束の時間で、慣れない下駄に苦戦しながら待ち合わせ場所へと急ぐ。家を出る時に何か言われた気がしたけれど遅れたら大変だから聞こえない振りをして出掛けてしまった。 今思えば、あの時ちゃんと振り返っていればわたしの夏はもっと平穏になったのかもしれない。 *** 夏祭りはわたしとクラスメイトの友だち3人の合わせて4人でワイワイしながら満喫した。普段の制服とも私服とも違うみんなの姿に自然と気分が高まる。 人混みを掻き分けながら屋台を見て回るとついついお腹が空いて美味しそうなたこ焼きや焼きとうもろこしなどを買ったり、皆で勝負だとヨーヨー釣りで遊んだりした。そうして何度か財布を取り出すために巾着を開けていると、ようやくわたしは中身の異変に気がついた。 「……ポケナビ忘れてきちゃった」 出掛ける直前までいじっていたそれは巾着へ入れるのを忘れられテーブルに置きっぱなしになっていた。家を出たわたしを呼ぶ声はその忘れ物を知らせるための声だったのだろう、無視しないでちゃんと確認すれば良かった。 「でもはぐれないから大丈夫だよ」 「それフラグ」 「大丈夫だって!」 いくら人混みで真っ直ぐ歩くのも苦労すると言ったって3人全てを見失うなんてそこまでわたしの目は節穴じゃない。ぐっと握りこぶしを作って皆に大丈夫だと宣言する。 けれど、宣言から5分も経たないうちに見事に3人の姿が視界から消えてしまった。 慣れない下駄が痛くてちょっと下を向いていただけなのに、顔を上げたら誰の姿も見えなくなっていた。少し歩けばすぐに見つかるだろうとしばらく道なりに歩く。けれど思った以上に人が多くて友だちの姿は見えなくて、このまま見つからなかったらどうしようかな、ひとりで花火見るのもつまらないし帰っちゃおうか、心細くなったわたしは足を止めて息を吐いた。 「{{kanaName}}ちゃんこんばんは、奇遇だね」 顔を上げると目の前にダイゴさんがいた。どうしてこんな所にとか、いつものスーツじゃなくて浴衣を着てるんだとか、何着ても格好良いなとか、そんな今考えなくてもいい事が頭を巡ってうまく言葉が出てこない。それでも挨拶くらいは返さなきゃと口を開き、そこで刺すような鋭い視線に気が付いた。ダイゴさんの隣にいる女性がわたしを睨んでいる。 「{{kanaName}}ちゃんは浴衣姿も可愛いね」 隣の女性の鬼のような形相さえ視界に入ってこなければダイゴさんのお世辞にドキドキ出来たというのに、わたしはぎこちなく笑顔を作って出来るだけダイゴさん以外を見ないように真っ直ぐ前だけを見た。 「誰かと一緒に来てるのかい」 「それは……」 誤魔化すことも出来たけれど知り合いに会えたという安堵から気づけば全て話していた。連絡が出来ないから合流も出来ず、人も多いから帰ろうかと考えていることも。 するとダイゴさんがにっこりと満面の笑みを浮かべ「ならボクと一緒に回ろう」とわたしの手を掴んだ。 突然のことに理解が追いつかなくてうまく言葉が出てこない。少し視線を横へとずらせば今にも噛みつきそうな女性がいて、ますます言葉が引っ込んでゆく。 「め、迷惑になるから、」 それでもどうにかして絞り出した声で遠慮を言葉にする。隣の女性が恐ろしすぎてダイゴさんの提案を受け入れることは出来そうにない。 「ボクはね、君がいいんだ」 じゃあボクはここで、ダイゴさんが顔を赤くした女性に投げかけた言葉はわたしに向けられたそれとは違ってひどく素っ気ない。どういう事情かは分からないけど此処までダイゴさんと一緒に来たその女性が少し可哀想に思えてくる。もっとも人を殺せそうな程の鋭い視線を向けられて僅かに抱いた同情心はすぐさま消えてしまったけれど。 ダイゴさんはわたしの手を取ったまま歩き出す。それが恥ずかしくて思わず手を引くと「はぐれたら困るから」としっかりと握り直される。はぐれないように、その言葉を大義名分にして繋がれた手に僅かに力を込める。ちゃんと握ってないといけないから、これは仕方なのないことだから、心の中で沢山の言い訳をしているとくすっと笑う声が降ってくる。反射的に声のした方、つまりダイゴさんへと顔を向けると楽しそうに笑っている瞳と目が合った。 「乗り気じゃなかったけど来て良かったよ」 とうに日は暮れていてわたし達を照らすのは道沿いにずらりと並ぶ屋台の照明で、その電球の眩しい光が頬に明るい色を差している。そういえばこんな時間にダイゴさんと会うのはこれが初めてで、じわりと拡がる夜とは正反対にわたしの心は眩しくなってゆく。 「雲も少ないから花火もよく見えそうだ」 ダイゴさんの視線につられてわたしも空を見上げる。半月と星が、僅かに残る太陽の明かりに負けじと煌めいていた。 突然、いけない事をしているような感覚に陥る。ずっと小さい頃に口酸っぱく言われた言葉を思い出す。明るいうちに帰りなさい、知らない人について行ってだめよ、そんな言葉を。でも今日は花火が終わるまでは帰らなくてよくて、今一緒にいるのはよく知っているダイゴさんで、何も悪いことはしていない。それでも、わたしに向けられた微笑みが、握られた手から伝わる熱がこれは許されていない事だと言っているようで。 「{{kanaName}}ちゃんは毎年この夏祭りには来てるのかい」 「えっ、と、家族とか友だちと、」 わたしの裏側まで見抜いてしまいそうな瞳がゆっくりと瞬きをする。何か話を続けなくちゃ、去年は途中で雨が降って花火が中止になったとか、小さい頃はりんご飴が食べきれなくて悔しかったとか、それから、それから。 「今年も楽しい?」 なんて狡い質問なんだろう。わたしの気持ちなんてお見通しのはずなのにわざわざ答えさせるなんて。 何も隠せないわたしの頬は熱を帯びて紅潮し、繋いでいる手もひどく熱くなっている。早鐘のように打つ心臓の音は隣のダイゴさんにまで聞こえそうで、それなのに何も分からない顔をして答えが1つきりの質問をするなんて。 これ以上暴かれないよう視線を下げて頷けば「良かった」わたしの動揺なんてなかった事のように軽快な声が返ってくる。正体の分からないチリチリとした痛みを伴いながらほっと安堵の息を吐いた。 *** 場所取りしないと、と人の流れに沿って河川敷の方へと歩く。履き慣れない下駄に一年振りの浴衣、さらには人混みでわたしの歩幅はいつもより随分と小さかった。けれどダイゴさんは嫌な顔ひとつせずに歩幅を合わせてくれている。それが申し訳なくて「ごめんなさい」と謝ると「これくらいが雰囲気を楽しむのにちょうど良いよ」と目尻に皺を寄せて微笑んだ。 改めてダイゴさんを見ると、思わず目が奪われる。 いつものスーツにも胸が高鳴るけれど浴衣もよく似合っていてドキドキと心臓の音がうるさい。かっちりとしたスーツでは見えなかった首元や手首が露わになっていて、それは僅かな隙間だというのにわたしを惑わすには十分すぎた。恥ずかしいのに目が離せなくて、しかし釘付けになってる自分に気付いて慌てて視線を逸らして、そんなことを何回も繰り返してしまった。 ダイゴさんに気付かれないようチラチラと見ているとポケナビを忘れたことがとても惜しくなってきた。浴衣姿なんてもう二度と見れないかもしれないというのに。 思わずため息を漏らすとそれを拾い上げられ「どうしたの」整った顔をぐっと寄せられる。 「ポケナビ忘れちゃったから、写真が撮れなくて……」 「次のお祭りの時に今日の分まで撮ればいいよ」 確かにそれはそうだけど、次のお祭りにきっとダイゴさんはいない。それじゃあ意味がないのだけれど勿論それを本人に言うことは出来ない。それを正直に言えるならそもそも今日だって誘っていたんだから。 「ジョウトのコガネでも大きな花火大会があってね、きっと{{kanaName}}ちゃんも楽しめるよ」 「コ、ガネ」 「そう、コガネ、少し遠いけれど」 「あの、」 「今年はいつだったかな、後で調べておくよ」 わたしにはダイゴさんの言っている言葉の意味が分からなかった。楽しそうに笑っている理由も、真っ直ぐにわたしを見つめてくる理由も。でも確認する言葉は出てこない。それはわたしを誘っているの、なんて聞けるはずがなかった。だから曖昧に笑ってその場をやり過ごす。もしも、もしも勘違いじゃなかったら、それはその時に考えたらいいことだから。 *** 河川敷まで辿り着くと既に沢山の人が場所取りをしていて、それでも幸運にも座れそうな場所が見つかった。でも二人で座るには少し狭くてどうしても体が触れてしまって落ち着かない。はぐれないようにと繋いでた手はようやくわたしに返ってきたけれど、少し手持ち無沙汰で膝の上でそわそわとしている。繋いでいた間は早く離したいと思っていたくせに、我ながら現金でため息が漏れそうになる。ちら、と隣のダイゴさんへ視線を向けるとぱちりと目が合った。 「綺麗に見れそうだね」 空を仰げば星が瞬く夜空が広がっていて、時計は花火が始まる時刻を指していた。辺りはまだ喧騒に包まれ、しかしひゅるひゅると花火の上がる音が響き渡ると一瞬の沈黙が流れた。 大小色とりどりの花火が夜空に咲いている。そのあまりの美しさに、隣に座るのがダイゴさんだとかはぐれた友だちもこれを見ているのだろうかと言った関心事は口を閉ざし、わたしの心は明るく照らされる。花火の中にはポケモンをかたどったものもあって、ピカチュウやマリルと言ったよくよく知られたその姿が空で踊っている。その傍にはハートも飛び、その時ばかりは隣に座るダイゴさんへと視線が揺らいだ。 しばらくすると夜空を彩る花火の勢いが増した。クライマックスに向けて囃し立てるかのような勢いにどきりと心が踊り、けれど同時に近づく終わりの気配に寂しさが押し寄せる。ずっとこの時間が続けばいいのに。最後を飾る一際大きな花火が打ち上がるのを目で追いながらその儚さを憂い、わたしはぎゅっと拳を固める。 祭りの夜が終わる。この奇妙で落ち着かない時間にも最後が見える。 「もう帰る時間、かな」 先に立ち上がったダイゴさんが手を差し出している。手を取りたくない、まだ帰りたくない。けれどわたしは心と裏腹にダイゴさんの手に自分の手を重ね、鼻緒が擦れて痛い足を平気な振りして歩き出す。 あぁ、どうしてわたしは手を取ってしまったんだろう。どうしてダイゴさんはわたしに手を差し伸べたんだろう。チリチリと夜の闇に消えた火花のように、浮かれていた気分が泡のようにはじけて消えてゆく。 「まだ帰りたくないって顔してるね」 「そ、んなこと、ない、です」 はっと顔を上げるといつものように笑うダイゴさんがいた。小さな子をあやすような優しげな瞳がわたしを包み込む。 ふと思う、今ダイゴさんの隣にいるのがあの女性だったらこんな風に笑うのかな、と。きっとしないだろうな、これはわたしがまだ子どもだから向けられる視線だ。 花火が終わった物寂しさと夢から覚めるために歩く帰り道がわたしの気持ちと足を重くする。そんなこと、ダイゴさんがわたしのことを特別に想っていないことなんて、ずいぶん前から分かっていた。この繋いだ手だって保護者としての優しさであってそれ以上の意味はないのだから。 「……もしまだ時間があるなら」 「あっ、{{kanaName}}見つけた!」 突然すぐ近くからよくよく知った声がして、わたしは無意識に繋いだ手を払って声の方、はぐれていた友だちの声のする方を向いた。 「こんな所にいたんだ!」 「探したんだからね」 「もう、フラグ立てるからだよ」 友だちは口々に心配したり怒ったりしていて、それは申し訳ないのだけど今はそれよりも離した手の行方の方が大事だった。3人にごめんと謝りながらそこにいるはずのダイゴさんへ視線を向ける。 「あ、れ……」 慌てて辺りを見渡すけれどつい先程まで一緒にいたダイゴさんの姿はどこにもなかった。 わたしの慌てぶりに友だちがどうしたのと心配そうに尋ねる。今まで一緒だった人がいないのだと伝えようとして口を開いたけれど何でもないと首を振った。知られたくなかった。話したら何を言われるか分からない、まだ誰にも踏み入られたくない。あれはわたしだけの大切な時間だから。だから随分怪しまれたけれど何でもないと押し切った。 「じゃあまたスクールで」 友だちと別れて家へと帰る。あんなに帰りたくなかったはずなのに今は早く家に帰りたくてたまらない。着慣れない浴衣も鼻緒が擦れて痛い下駄も早く脱いでしまいたい。 キラキラと輝いていた時間はとうに過去のもので、この体に残っているのは疲労ばかり、この手を本当にダイゴさんと繋いでいたのかさえ、曖昧になっていた。 *** 何とか無事に家へと帰ると第一声でポケナビを忘れたことを叱られる。それから何もなくて良かったわねと笑って迎えてくれた。はぐれたりダイゴさんと花火を見たりと“何か”はあったけどそれを言うと叱る言葉が増えそうだったから黙っていた。 自分の部屋へと入るともう限界でベッドに倒れ込んだ。浴衣を脱がなきゃ、髪も解く必要がある、それから半日触ってなかったポケナビも確認しないと。 ごろりと体を反転させて仰向けになる。帯のせいで背中の辺りがごわごわしたけど無視をしてポケナビをいじる。いくつかメッセージが届いていて、それをぼんやりと眺めていたら突然音が鳴り画面が着信を知らせる表示に変わる。 そこに出ているのはダイゴさんの名前で、ただその名前を瞳に映しただけなのに手の中に熱が戻る。あれは夢ではないと心が鳴った。 通話ボタンを押してポケナビをそっと耳に押し当てる。もしもし、ふつりと湧き上がる期待が声から漏れないように一音ずつ注意を払って声に出した。 「今日はありがとう{{kanaName}}ちゃん、お陰で良い思い出が出来たよ」 「わたしも、楽しかったです」 あれほど曖昧になっていた色々なものが鮮明に蘇る。繋いだ手の温もりはまだ残っていて、痛いほどうるさかった心臓のことも忘れていない。優しいダイゴさんの眼差しも、わたしに向けられた笑顔も、全部ぜんぶ覚えている。それを楽しかったの一言に押し込むのは随分と酷い所業だったけれど、この気持ち全てを伝えるのは世界の真理を解き明かすよりも難しい。それにたとえ伝えることが出来たとしても、そんな告白めいたことは出来やしない。 「ねぇ{{kanaName}}ちゃん、君さえよければ今度、」 今度、何なんだろう。じっと、そわそわと次の言葉を待つ。いつだって流れる水のように淀みなく言葉を紡ぐダイゴさんは、いつだって自信に溢れた言葉で話す。でも時々、本当にまれにその言葉が途切れ、その度にわたしは理由の分からない緊張を感じる。今もそう、不快ではない緊張の中でダイゴさんの言葉をじっと待っている。 「今度、一緒に花火しようか」 まるで仲の良い友だちみたいなお誘いだ、それが何だかむず痒くて「じゃあまた浴衣も着なくちゃ」誤魔化すように笑い声を混ぜる。 「写真を撮るなら忘れ物はしないようにね」 「わかってます」 耳元で聞こえるのはダイゴさんの声なのに話してる内容はまるでスクールと交わすような軽いもので不思議な心地だった。隣で歩いている時はこんな風には話せない。自分の全ての挙動に自信がなくて不安でドキドキして、どれだけ呼吸をしても酸素が足りないような息苦しさが付き纏う。 もしも対面している時も今みたいに肩の力を抜いて話せたら、いつか、胸に秘めたこの感情を伝えることが出来るのかもしれない。 会話は続く。どくんと胸を打つ心臓がもたらす痛みはどこか癖になり、目を瞑ればすぐにでも夢へと落ちてしまいそうなほど心はふわふわと漂っている。 「こんなに長く話すつもりはなかったのに{{kanaName}}ちゃんだとつい話してしまうな」 「べつにわたしは大丈夫ですから」 「ふふ、ありがとう。でもそろそろ終わりにした方がよさそうだね」 「でも、」 「課題が終わってないって言ってたじゃないか」 まだ話していたい。もっと話を続けたい。でも時間は止まってくれない、明日はスクールでダイゴさんも用事があるらしくて我がままは通せない。 わたしは聞き分けの良い子を装って「分かりました」と努めて明るい声で返事をする。なのにダイゴさんにはクスクスと笑われた。 「じゃあ、おやすみ」 電話が切れる。わたしの部屋がいつもの色に戻る。それはまるで花火だった。眩しくて目を閉じてしまうほど強烈な光で心に印を残してゆく。だからこそこんなにも恋焦がれ、夜空に再び開くその花を固唾を飲んで待ち続ける。 いつかこの想いを伝えることが出来たなら、この煌めきは夜空に輝く星になるのかな。わたしはいつかの空に想いを馳せて日常へと引き返した。