いつもの場所

幼なじみのダイゴくんと図書館で逢う

 カナズミシティの東部、トレーナーズスクールのすぐ近く、そこに小さな図書館があった。わたしは暇が出来るとその図書館へ寄って時間を潰している。児童書コーナーの片隅にある小さなテーブル、そこがわたしの指定席。そこに腰掛けたまにやって来る子供たちを眺めながら持ってきた本を読んだり同僚に薦められた論文を読んでいる。
 カナズミには此処とは別にもう一つ大きな図書館があって、トレーナーズスクールに通っている時はよく友だちにそちらの図書館へ行こうと誘われた。けれどわたしはこの図書館が好きだからその都度誘いを断ってはあまり本の種類も多くないこの図書館に足を運んでいた。
 今日も時間が出来たから図書館へ向かった。図書館にいる間ポケナビの電源を落とすのは良くない癖だよとダイゴくんに何度か言われたけれど今日もそれを無視して電源を切る。ここにいる間はそういう煩わしいものの事を考えたくないんだもの、これは譲れない。
 まだわたしが幼い頃、この図書館はもっと小綺麗で、けれど利用者は今とさほど変わらなくて、ここは特別な場所だった。
「今日は何読んでるんだい」
 その声に目線だけ上げると向かいの席にダイゴくんが座っている。ダイゴくんは、テーブルに広げられたわたしの持ってきた本を手に取るとぱらぱらと捲り、けれどすぐにそれを押し戻して頬杖を付いた。
「それ、怒られるよ」
「もうそんな子どもじゃないよ」
 そんなことより。ダイゴくんがわたしの手から読みかけの本を取り上げる。もう、こんな事をするダイゴくんの一体どこがもう子どもじゃない、なのよ。
「電源、また切ってただろう、{{kanaName}}は悪い子だね」
「電波も入らない山奥で何日も音信不通になるダイゴくんには言われたくないよ」
 わたしの言葉に気まずくなったダイゴくんが少しバツが悪そうに視線を逸らす。けれどそれは一瞬ですぐにこちらへ戻ってくると機嫌の良さそうな笑顔でわたしを見つめた。今度はわたしが視線を逸らす番だった。


 取り上げられた本を取り返して読書に戻る。ダイゴくんは何も言わずに静かにしている。ダイゴくんも何か読みなよ、そう声を掛け続けたのは遥か昔のことで、どれだけ言っても首を縦に振ってくれなかったから今はもう気にするのをやめた。
 それでも一度だけ、どうして何も読まないのと訊ねたことがある。その時ダイゴくんはくすりと笑うだけで何も答えてくれなかった。今その時と同じ笑顔を向けられている。何となく理由が分かってわたしは顔を隠すように本を高く上げた。
 わたしはこの時間が好きだった。この小さな図書館の片隅に二人きり、誰にも邪魔されずに好きな本を読んで、ひそひそと言葉を交わして、時々司書さんに注意をされて。他にも色んなことを経験して、そのどれもが大切な宝物で、だからこの場所は今も昔も特別な場所だった。
 キリの良いところまで読み進めて栞を挟む。ぱたんと閉じてようやくダイゴくんに声を掛けた、今日はどうしたの、と。
「ここに来たら{{kanaName}}がいるかと思ったから」
 ダイゴくんは昔から忙しい人で、更に勝手にフラフラと石を探しに何処かへ行ってしまうから、長い付き合いなのに数える程しか約束をしたことがない。だから会いたくなったらここへ来ればいい、それがわたし達のルールで、日常で、約束事だった。
「わたしも、今日はダイゴくんに会えるかなって思ってたの」
「ふふ、ボクたち気が合うね」
 閉じた本の上に置いた手にダイゴくんが手を重ねる。まだ幼い時は互いに手を伸ばしても触れることさえ出来なかったのに、いつからか手のひらを合わせることが出来て、その手を引き寄せられるようになって、このテーブルはいつの間にかすっかり小さくなっていた。
「どうしたんだい」
 遠い目をしていたわたしにダイゴくんが首を傾げる。わたしは小さく首を振って「ダイゴくんの手、大きいなあって」目を伏せた。改めてダイゴくんのことが好きだと気づいたなんて、急に言ったら笑われてしまう。
「ダイゴくん、」
「何かな」
 顔を上げてダイゴくんの青い瞳を見つめる。晴れた日の空のように澄んだ瞳は蛍光灯の光の下でも清々しくていつまでも見ていられる。
「今日のこれからの予定は?」
 期待の眼差しで問えば瞳の奥がキラリと光る。
ダイゴくんは少し考える振りをしてるけれどわたしには分かってる。此処に来るダイゴくんにその日予定がないことを、わたしのために時間を作ってくれているってことを。
「ミナモに良さそうなレストランがオープンしてね、良ければ行ってみないかな」
 静かにわたしの手の甲を撫でていたダイゴくんの指がするりと絡んでくる。
 まるで何かに祈るように組まれた指に一つだけ願いを込める。
 どうかこれからもダイゴくんの隣にいさせてください、ずっとずっと今が続きますように。