白に消える

夢主に日焼け止めを塗るダイゴ

 「はい、これ」
 ダイゴから手渡されたのは日焼け止め。ただしわたしが普段使っているようなドラッグストアで買えるようなものではなくて、何倍もの値段のハイブランド品。なんでそんなものを、訝しげにダイゴを見返すと「ミクリに貰ったんだよ」まるで田舎の親戚から野菜を分けて貰ったかのようなのんびりとした言葉が返ってきた。
「ボクは使わないから{{kanaName}}が使って」
 そうは言うけれど、今のダイゴを日焼け止めも塗らないまま外に出すのは絶対に止めなきゃならない。青のアロハシャツに白のハーフパンツ、浮かれる心を表すようなド派手なサングラスは黒のインナーに引っ掛けられて光を反射している。普段のスーツ姿と比べて格段と露出の高いそんな格好で外に出たら絶対にお風呂の時に後悔する。ミクリさんが日焼け止めを渡したのもそれを危惧してのことに違いない。もっとも残念な事にその気遣いはダイゴ本人には伝わっていないのだけど。
「待って、」
 今にも外へ出ようとするダイゴの腕を掴む。いつもなら手の平に感じるのは上質な布地なのに今日はそうじゃない。伝わってくるのはダイゴの体温で、いつもと違うそれに気づいて思わず手を離していた。
「どうしたの、{{kanaName}}」
「な、んでも、ない。それより日焼け止め塗らないと絶対に後悔するよ」
「ミクリも{{kanaName}}も他人の肌にそんなに執着しなくていいじゃないか」
 前々からそうじゃないかと思っていたけれどこの男、自分の体に無頓着すぎる。それで何の問題も起こっていないんだから世の中はつくづく不公平だ。でも今回は違う。見るからに日光に負けそうな肌をしているのだ、本人が嫌がっても日焼け止めは塗ってもらわないと。
「いいから、塗って」
 日焼け止めを突き返すとダイゴは渋々と受け取って、しかし不満そうな顔は何か言いたげにわたしを見つめている。そして、
「じゃあ練習させてよ」
 にこり、つい見惚れてしまう笑顔を見せた。

* * *

「んっ、」
 ぬるりとした液体はひんやりとしていた。それをダイゴが丁寧に、いや執拗にわたしの指へと塗り込んでゆく。日焼け止めを塗るのに練習なんて必要ないのに「させてくれないならボクも塗らないから」と子供みたいな我がままを言うものだから仕方なく我がままに付き合っている。
 ダイゴは両手を使ってわたしの右手を包み込みながら日焼け止めを塗っていく。日焼け止めを塗る、ただそれだけの事なのにわたしは嫌な緊張を覚えていた。ダイゴの体温が指から指へ、わたしへと移ってゆく。
「綺麗な指だね」
 ダイゴの整った顔に浮かんでいる笑みはこんな昼間に見せていいものじゃない。その顔は夜の帳が下りた後、誰にも邪魔されない場所で許される顔だった。夏の日差しがたっぷりと入る部屋のソファの上で見せる顔では、ない。
「次は、腕」
 チューブ状の容器をゆっくりと押すと乳白色の液体がダイゴの手の平にとろりと流れ落ちた。何故だかそれが直視出来なくて顔を逸らすと「どうしたんだい」くすくすと笑われてしまった。
「ただの日焼け止めだよ」
「わ、かってる」
「……そうは見えないけど」
 べたりと腕に日焼け止めが擦り付けられる。その刺激に思わず体が跳ねる。そんな自分の反応が恥ずかしくて弁解したくて瞳をダイゴへ向ければ余裕を帯びた言葉とは裏腹に僅かに強ばった顔をしていて、練習と称してわたしに日焼け止めを塗る手も止まっていた。
 そんなダイゴと視線が絡む。
「そんな反応、ずるいじゃないか」
 その目はとても今から外へ出るようには見えなくて、この空気に飲まれたらまずいと掴まれている腕を振り払った。わたし達は支度を済ませたら海へ行くのだと目で訴える。
「でもまだボクも{{kanaName}}も塗り終わってないよ」
 ダイゴは目を細め、唇は三日月のような弧を描いている。逃げていたはずの腕は再び捕らえられ、白く残っていた日焼け止めはダイゴの手によって丁寧に腕に馴染んでゆく。手首から肘へ、まるで形を確かめるように撫でられてゆく。そんな風に触らないでと腕を動かしてもしっかりと捕まえられててあまり意味がない。むしろ「じっとしてないと終わらないだろう」と窘められてしまって。
「もう練習終わり、大丈夫だから、ねぇ」
「最後まで塗ってあげるよ」
「自分で出来る、から」
 肘から肩の方へとダイゴの手が動く、袖を捲られ塗り残しがないようにじっくりと丹念に。心臓は早鐘のようにドクドクと鼓動を刻み、皮膚の柔らかな部分に触れられると熱い吐息が零れてしまう。
 耐えなくちゃ、そんな事を考えている時点ですでに海なんて最早どうでもよくなっていた。でもまだそれには気付けていない。気付く余裕なんてなかった。
「次は左腕」
「だから、もう」
「その後は足かな」
 ソファに沈んだ体はすぐには動けない。太ももに這わされた手を振り払うことも何故か出来なくて。
「塗らないと後悔すると言ったのは{{kanaName}}だってのに、そのきみが嫌がるなんて道理に合わないよね」
 燦々と輝いていた太陽を雲が隠す。室内に落ちた影がわたしとダイゴを飲み込んだ。