ヘアピン

前髪が邪魔なダイゴにヘアピンを留める夢主

 ダイゴの家で過ごす休日、たまには家でのんびりするのもいいねとソファで寄り添うように座りながらそれぞれが思い思いの時間を過ごす。わたしは読みかけの本を開き、ダイゴはお気に入りの石を磨いている。過度な干渉はしない、けれど互いの熱を感じられる距離を離れない。触れ合う肩からダイゴの呼吸を感じ、その心地良さに自然と頬が緩む。
 ふと顔は本へ向けたまま視線だけダイゴの方を見ると、わたしと同じように下を向いた横顔が見える。その表情は垂れた髪でよく見えず、時々ダイゴが煩わしそうに手で払うその一瞬だけはっきりと現れた。
「ねぇ、髪の毛気にならないの?」
 その前髪のせいでよく顔が見えない、なんて不満はひた隠しにして声を掛ける。ダイゴはもう一度髪を払うと「少しね」と苦笑した。
「髪留めるの貸してあげよっか」
 返事を聞く前に立ち上がってポーチに入ったヘアピンと鏡を持ってくる。透明の小さな入れ物に入ったそれをじゃらじゃらと鳴らしながら戻ると、石と研磨用の道具が広げられたローテーブルに鏡を置いた。
「これ使って」
「ありがとう」
 ヘアピンを入れ物ごと受け取ったダイゴは珍しそうに眺め、蓋を開きひとつ取り出すとうんうんと頷いた。早く留めないかな、そわそわとダイゴの様子を見ていたわたしは本を開くのも忘れてヘアピンの行方をじっと追っていた。
「どう留めたらいいかな」
 不意にダイゴと視線が絡む。ダイゴは手にしたヘアピンをわたしに差し出した、ちょっと首を傾げて少し眉を下げて、わたしが代わりに留めてあげると言うまで譲らない顔をして。
「{{kanaName}}のお手本を見たいんだ」
 そう言われると断る理由なんて思い付かなくて、ケースからヘアピンを2本取り出した。ダイゴが目の前でちらつかせているそれには「持ってて」と短く言う。
「そんなに使うんだ」
「べつに1本で充分だよ」
 そう、単に髪を留めるだけなら1本あれば充分で。けれどどうせなら少し遊んでみたい。ダイゴに私の方へ顔を向けるように言って髪へと手を伸ばす。
 細くてさらさらとした髪を整え、ヘアピンをまずは1本差し込んでいく。角度を調整してもう1本、今度は今のとは対称になるように、ちょうどピンの真ん中で交わるように差す。
 手前味噌だけれどなかなか綺麗にクロスされたヘアピンはダイゴの前髪を押さえる役目と共に彼に可愛らしさを授けた。想像以上に似合ってしまって今さらどきりとしてしまう。
 わたしが手を止めたからか、ダイゴが「これは使わないのかい?」と持っていたヘアピンを差し出してくる。今度はそれを素直に受け取ってクロスされたヘアピンの下に差し込んだ。いつものスーツ姿では浮いてしまうけど、もっとラフな格好だったならこのヘアピンも特に違和感なくダイゴに馴染むんだろう。
「はい、お手本」
 鏡をダイゴの方へ向ける。身だしなみを整える時とは違う、興味津々な瞳が鏡を覗き込んだ。
 嫌がられたらすぐに外す心積りだけして反応を待つ。ダイゴはまじまじと鏡の中の自分を見つめ、そして顔を上げた。
「うん、ありがとう」
 それだけだった。それがあまりにも呆気なくて拍子抜けしてしまって、思わず「嫌じゃないの」と訊ねてしまう。
「いいや、まったく。でもこれはボクには少し難しいから次も{{kanaName}}にお願いしなくちゃいけないね」
 ヘアピンを留める間、ダイゴの瞳がずっとわたしを見ていたことを思い出す。ピンを留めるために手のひらがダイゴの額に触れたことも忘れられない。ふわりと鼻をくすぐったシャンプーの香りも、その髪の柔らかさもすべて体に残っている。
 それを、これから先も、ダイゴが煩わしそうに髪を掻きあげる度に深く刻んでいかなくちゃならなくて。
「よろしくね」
 ダイゴが笑顔になるのはよくある事だったのに、今わたしへ向けられる微笑みは初めて出逢うもののようで、夏の陽射しに負けないくらいとても眩しかった。