すとんと恋に落ちた

リーグスタッフ夢主とチャンピオンダイゴ

 リーグで働いていると色んな出会いがある。上司部下はもちろん、挑戦者、他地方の四天王など、言い方は悪いけれど此処で出会えるのはポケモンバトルにおいて最上位層でありそれは即ちこの世界では勝ち組ということで。もちろんそれが目当てで働くことはないものの疎遠になった友達からのたまの連絡では「羨ましい」なんて羨望を隠しもせずに言われることが度々あった。
 けれど此処を訪れるトレーナー達は誰も色恋にうつつを抜かすことなどしない。見据えるのはチャンピオンただ一人、挑戦の手続きで二、三言葉を交わすだけの職員なんて眼中にもない。わたしの勤めるホウエンのサイユウリーグだって例に漏れず、出会いはたしかにあってもそれを正しく“出会い”に出来る人はそれほど多くはない。それどころかなまじ良い男を見るものだから理想だけが高くなる人も少なくない。
 けれどわたしは違う。わたしはそれなりの人と身の丈にあった恋愛をすると決めている。此処で出会う人はどれだけ直接言葉を交わしたところで別世界の人間なんだと分かっている。
 だから、
「はいこれ、頼まれていた書類」
 目の前のチャンピオン様のことも、アイドルや俳優に抱く憧れはあっても好きだなんて思っては、いない。
 品の良い微笑みを常に浮かべたこの人は、書類を提出するだけでもわたしの瞳を真っ直ぐに見つめては目が合うと口端をゆるりと上げて綺麗に笑う。ご丁寧にクリアファイルに入れられた書類を受け取ると爽やかな香りが鼻を擽った。その香りは初めこそ鼻を掠める度に身構えさせられたけれど、今ではすっかり慣れてしまっていた。それどころか街中で似たような香りがしたらどくんと胸が跳ねるほどになっている。
 書類に落としていた視線を上げてダイゴさんを見上げると「不備でもあったかな」どこか楽しげに目尻を下げて首を傾げる。それに合わせて揺れる髪が蛍光灯の光できらりと瞬いた。
「大丈夫です、問題ありません」
「そう。それは良かったよ」
 言葉とは裏腹に声色は何故だか残念そうで顔を逸らして小さくため息まで吐いている。
 からかわないで、そう叫びたくなる言葉をぐっと飲み込んで会話を終了を伝える言葉を吐き出す。ありがとうございます、と。
「鋼タイプのポケモンは手入れも大変だと言われていてね」
 いきなり何の話を始めたのだろう、ダイゴさんは指に嵌めた指輪をいじりながら言葉を紡ぎ出した。
 相変わらず視線はそっぽを向いているけれどその横顔は明るい色を取り戻している。長い睫毛が瞬きの度に揺れるのがやけに艶やかに見えて、この人は何でも持っているのだと突き付けられたような気がした。だから早く何処かへ行ってほしい。この人が近くにいるとわたしの理想がどんどんと高くなってゆく。身の程知らずの恋はしないと決めているのに、心が揺れる。
「でもその分きちんと手間を掛けて手入れしてあげると想像以上に輝くんだよ」
 大きな瞳が映すのは眉根を寄せて不細工な顔を晒すわたし、ダイゴさんの突然の言葉に戸惑ってとにかく逃げ出したいと思っている。ダイゴさんはこちらを真っ直ぐに捉え、決して挑戦者と対峙する時には見せない華やかな笑顔を向けて、そうしてわたしの視線を奪ったところで再び口を開いた。形の良い唇が滑らかに動く。
「心だってそうだと思わないかい。きみの心を丁寧に磨いてきたつもりなんだけど、まだきみはその輝きから目を逸らしてしまうのかな」
 空を写したような爽やかな青をわたしに向けて、いつものように微笑んで、けれどいつもより頬が朱色に染まっていて。はらりと流れた前髪がらしくなくて不格好に傾いた胸元のラペルピンが別人みたいだった。
 あぁ、どうしよう、遠い存在だったはずの彼がこんなにも近くにいる。身の程知らずという言葉が消えてゆく。心の奥で何かがぴかぴかと光りを放っている。それに気付いたとき、わたしは。