ハロウィンにダイゴと二人でシンオウ旅行に行く
いつもは勝手に好きな所へ行ってしまうダイゴが珍しく、本当に珍しく週末の予定を訊ねてきた。予定がなかった訳じゃないけれど、こんなこと滅多にないから「特にないよ」と返すとダイゴが楽しそうな笑顔になった。 「なら、ボクと一緒に流星群を見に行かないかい」 そういえば今週末は流星群が見れるとニュースで見た覚えがある。それと同時に天気予報は終日雨だということも。 「シンオウは晴れるから安心して」 ダイゴの顔を見るとちょっと隣町へ行くだけのような呑気な顔をしている。けれどシンオウなんて簡単に行ける場所じゃない。わたしは大きくかぶりを振ってシンオウに行くのは無理だとダイゴを止めた。 「大丈夫さ、ホウエンからシンオウは意外と近いから」 わたしの言いたいことは距離なんかじゃないのに、そしてそれをダイゴも分かってるくせに取り合う気がないから無視をする。そして、 「今からとても楽しみだね、{{kanaName}}」 その青い瞳をきらりと輝かせてわたしの言葉を奪うように爽やかに微笑んだ。 * * * 空港で無理やり飛行機代を受け取らせて数時間、わたし達はシンオウの大地を踏みしめていた。覚悟はしていたけれど空気が冷たい。思わず「寒い」と零すと「空気が澄んでて観測には申し分ないね」と独り言なのかわたしへの的外れな返事なのかよく分からない声がした。ちらりとダイゴを見るとうっすらと笑みを浮かべている。いつものスーツにコートを羽織ったダイゴには寒さなんて関係ないらしい。尤も、ダイゴが暑さ寒さに何か言うところを見たことがないから今も口に出さないだけで寒いのかも知れない。だってわたしの手を握るとそのままコートのポケットに押し込んでしまったから。 「ホウエンだとまだ出来ないからね」 なんて言ってダイゴが微笑むから、無理やりシンオウに連れて来られたこと、わたしの分の旅費をなかなか受け取らなかったこと、そういういった事にいつまでも悩むのが馬鹿らしくなってきた。ダイゴはわたしの気持ちなんて考えもしないで満面の笑みを浮かべてる。だったらわたしも折角の旅行をめいいっぱい楽しまなきゃ勿体ない。 「それで、待ち合わせの場所と時間はどうするの」 「……何の話だい?」 「何、って……ダイゴは今からテンガン山に行っちゃうんでしょ。わたしは好きに観光してるから後で落ち合う場所を決めとかなきゃ」 「あのさ{{kanaName}}、誰もそんな事言ってないんだけど」 「でもダイゴはいつもひとりで勝手にどこかへ行っちゃうじゃない」 ダイゴは何か返そうと口を開いて、けれど言葉は出なかった。だってわたしの指摘は正しくて、ダイゴはいつも自分の興味を優先しているんだもの。その度にわたしは必死に追いかけたり時々面倒になって自分のやりたい事をやったりしていた。今回もそうだと思って観光出来そうな場所を既に調べてある。 「……慣れない土地で{{kanaName}}を独りにさせる訳ないだろう」 ジョウトへ行ったときにシロガネ山へひとり登って行ったダイゴに置いていかれたんだけど、その時はそんな心配された覚えがない。今ここで言ったら話が拗れるから黙っておくけれど。そういう話はもっと遅くになってから、月が登ってからでも遅くはない。 「今回はボクも準備をしてるから、{{kanaName}}の行きたい所への案内は任せてよ」 ポケットの中で繋がった手をぎゅっと握られる。赤くなった頬は寒さのせいなのかそれとも。わたしは珍しく張り切るダイゴに「じゃあお願い」と返事をして手を握り返した。 * * * 「どおりで荷物が少ないと思ってたの」 「大荷物は性分に合わなくてね」 少し寄ってもいいかなと言われた場所はトバリデパート。らしくないけどお土産でも買うのかと思ったら流星群の観測に必要な細々したものを揃えたいと言われて。採掘用の道具は使い慣れたお気に入りを持ち運ぶくせにそれ以外にはてんで執着がないみたい。 「少し待ってて」 わたしを置いてひとり買いに行くダイゴの背中に、少しほっとする。振り回されることに慣れていたから今回みたいにわたしの希望を優先する彼は別人のようで少し気味が悪い。何か裏があるのでは、そんな邪推をしてしまう。文句を口にはするけれど何だかんだ言って彼に振り回されるのは嫌いではないのだ。少し傲慢でひとりで先へ行ってしまうくらいがダイゴには合っている。 ダイゴを待っている間の暇潰しにフロアを歩き回っていたらバラエティグッズのコーナーが目に留まった。そういえば今日はハロウィンだ。わたしは沢山の仮装グッズの中から今日にぴったりなそれを手に取るとダイゴが戻ってくる前に急いで購入する。無理に着させようとは思ってない。ただ、もしもそんなチャンスがあったなら。そんな軽い気持ちだった。 「{{kanaName}}も何か買ったんだ」 戻ってきたダイゴがわたしの持つ袋に気が付く。 「持ってくるのを忘れた物があったの」 追及されたり中身を見られる前に些細な買い物だと誤魔化した。ダイゴは少し気になる素振りを見せたけれどそれ以上何かを聞いてくることはせず「準備も出来たしそろそろ向かおうか」ポケナビで時間を確認して微笑んだ。向かう先はヨスガシティだ。 * * * 行きたい所なら何処だって任せて、なんてダイゴが自信満々に言うものだから半分揶揄うつもりでメリッサさんのスペシャルショーが見たいと言ってみた。チケットはとうに完売してて無理なお願いなのは明らかだった。だというのに「ボクを誰だと思ってるんだい」とチケットを見せられた時はひどく驚いてしまった。と同時にこんなに気が利くなんて絶対に誰かの入れ知恵があると確信した。ミロカロスを持つあの人辺りがあやしい。 ショーを見終え大満足で足取りの軽いわたしへダイゴがちらちらと視線を向けてくる。そわそわと落ち着かない様子を不審に思ってどうしたのと瞳を覗き込むとぎょっと驚かれ逃げるように視線を逸らされた。しかしすぐに不安げな視線が戻ってくる。 「いや……{{kanaName}}に楽しんでもらえたかなって、気になって、さ」 やけに歯切れが悪い。ここまでのエスコートはいつものダイゴを思えば完璧で、だからわたしは首を傾げつつも「すごく楽しいよ」と素直に答えた。 「それならいいんだ」 ほっと吐いた息がうっすらと白くなる。 「まだ少し時間に余裕があるから良ければ大湿原に行ってみないかい。あそこで見る夕日も見た方が良いってシロ……、いいや、綺麗だって有名なんだよ」 何かを言いかけて慌てたように口を閉ざして無理やり誤魔化して。ほら、慣れないことするから隙が出来ちゃっている。でも笑顔だけはいつもの爽やかさを保っているから黙っておこう。 「ねぇ{{kanaName}}、見に行こうよ」 きらりと輝く瞳は嫌だと行っても引き下がらない意思を持っていた。もちろん断るつもりもないから「案内お願いね」とノモセ大湿原へと向かった。 * * * 大湿原は言葉通りの湿原で、ヨスガシティに比べるとうんと土臭い場所だ。ここではポケモンも捕獲出来るけれどその代わり泥まみれになるのは必至なので今回は丁寧に遠慮した。ダイゴが少し残念そうな顔をしたから「次にダイゴがテンガン山に行く時に寄ればいいでしょ」と慰めた。眉を寄せたまま「その時は{{kanaName}}も一緒に来るんだよ」と釘を刺されたのには少し困ったけれど。 そうして暮れゆく夕日を展望台から二人で静かに眺めた。朱色に染まった湿原はたしかに綺麗で一見の価値のある景色だった。 「来てよかった」 「そうだね。でも今日の主役はここじゃないんだよ」 ダイゴの頬を染める朱色は何の色なんだろう。じわりと夕闇に染まる空を背中に背負って近づく流星群の時間に胸を高鳴らせた。 * * * リゾートエリアは当たり前だけどリゾートのために開発された場所で、どこを見ても豪華な別荘がそびえ立っている。その中の一つがこの旅行で泊まる場所で、恐る恐る聞いてみると「あれば泊まる場所に悩まないかと思って」と御曹司らしい返答が返ってきた。きっとダイゴにとってモンスターボールを買うような感覚なんだろう、恐ろしい。 「……ここ、だよ」 ダイゴが指さした先にあったのは他の別荘に引けを取らない豪華なものだった。ちらりとダイゴの顔を伺うと何故かダイゴが顔を強ばらせている。どうしたんだろう。ぎこちない手が玄関の鍵を開ける。そして扉を開けるといよいよ視線すら合わせてくれなくなってしまった。何なのよ。 気にせず別荘の中へ入る。案の定高そうな調度品ばかりが置かれていて室内もトクサネの質素な家とは大違いだ。唯一の共通点はここにも石が飾られている事くらいだろう。わたしは何故かすっかり押し黙ったダイゴを放って室内を見回った。そして二つのことに気が付いた。 「ここって誰かに貸しているの?」 「あぁ……ボクが使わない時ならいいって何人かには言ってある」 わたしの視線の先には未使用のクラッカーだったりパーティ用の飾り付けグッズの入ったビニール袋があった。まさかダイゴがこんな物を買うはずもないから彼の友人が使わなかったものを置いて行ったに違いない。そうだ、これを口実に昼間に買った仮装グッズをダイゴに着させられるかもしれない。わたしは気付かれないようにんまりと口角を上げた。 「ところで、わたし達の荷物はどこにあるの」 シンオウに着いた時ダイゴは言っていた、大きな荷物は空港から別荘に送っておくから安心してと。けれどわたしのキャリーケースはどこにもない。ダイゴのだって見当たらない。どういうこと、じろりと彼を睨むと「おかしいなあ」目線を逸らしたダイゴが不自然にわざとらしく喋り出した。 「どうやらまだ届いてないみたいだね、困ったなあ、あっほら{{kanaName}}見てよ、着替えに使えそうだ、よ……」 ダイゴが指さした方に目を向け、そしてみるみる顔を赤くするダイゴへ視線を戻す。 「……ごめん、違うんだ……、今のは聞かなかったことにしてほしい……」 下手くそな三文芝居に耐えきれなくなったダイゴが勝手に恥ずかしがっている。今日一日ずっと繋いでくれた手で赤くなった顔を覆っているけど真っ赤な耳は隠せていない。わたしは眉間に皺を寄せたまま『それ』を手に取った。 「ダイゴ」 「{{kanaName}}を楽しませたからいけると思ったんだ、でもやっぱりこんなの馬鹿げてるね、だから忘れておくれよ」 「ねぇダイゴ」 「ごめん{{kanaName}}、荷物もちゃんと届いてるから安心して」 「もう、ダイゴってば」 顔を覆う大きな手を引き剥がす。眉を下げ赤面した顔がびっくりしたようにわたしを見つめ返す。けれどそれは一瞬の事であっという間に視線は外される。 「ハロウィンだからって仮装なんて、さすがにパーティでもない限り」 「着てもいいよ」 やらないよね、そう言ったダイゴは被せられたわたしの返答に「今なんて、」戸惑いの表情を見せた。 「これ、着たらいいんでしょ」 「あ、あぁ、うん、いや、でも」 「その代わり、ダイゴはこれね」 持っていた荷物からデパートで買ったあの仮装グッズを引っ掴んで押し付けた。目を白黒させるダイゴはまだ何が起こっているか理解する余裕がないらしい。そのまま押し切ってしまおう、わたしは「あの部屋で着替えてくるからダイゴもそれ着けておいてね」と考える隙を与えずに近くの部屋へと逃げ込んだ。 ばたんと扉を閉めてダイゴが用意したであろう衣装に目を通す。前立てに控えめなフリルが付いたブラウス、赤いコルセットスカートはコルセットの部分が茶色のレザーになっている。そしてこの仮装のメインとなる赤いフード付きのマント、いわゆる赤ずきんは膝丈ほどの長さがありそうだ。広げる前から予想は付いていたけれど別段特殊な仮装でもない。ほっと安堵の息を吐いて手早く着替えるとダイゴの元へと戻る。けれど、 「あのさ、{{kanaName}}、さすがにこれはボクには似合わないと思うんだ」 渡した仮装グッズはまだダイゴの手の中だった。 わたしが買ったのはオオカミポケモン・ルガルガンの仮装グッズで、耳のついたカチューシャにナスカンでベルトループに取り付けられるしっぽ、それから強そうな黒い爪のついたグローブがセットになっている。しっぽとグローブはそこまで抵抗がなかったのか素直に装着してるけどカチューシャはダメのようで。 「でもちょうど今日は満月で、それにわたしのこの格好ともぴったりだよ」 覚悟の決まらないダイゴからカチューシャを奪って無理やり着けてしまう。折れた紅の耳は少し可愛らしく見えてまよなかの姿よりもまひるの姿にすれば良かったかなと思わなくもない。でもアスコットタイと同じ色の耳はダイゴの銀髪によく似合ってる。恥ずかしがる彼にそれを言うとすぐにでも外しそうだから今は言わないけれど。 「ねぇダイゴ」 照れのせいか全くこちらを見ないダイゴはそっぽを向いたまま「なんだい」小さく返事をする。気づいていないのかもしれないけど、わたしが着替えてからダイゴはまともにわたしを見ていない。 「こっち見て」 両手を掴んで無理やり彼の視界の真ん中に映り込めば嬉しそうにも困ったようにも見える瞳がわたしの全身を映してゆく。そして視線が合うと「似合ってる」とだけ呟いてまた視線を逸らしてしまった。 「流星群、」 少ししてぽつりと吐き出された言葉にこの旅行の目的を思い出す。そうだ、わたし達は流星群を見に来たんだった。 「見頃になるのが深夜だから、それまではその格好でいててよ」 ちらりと向けられた視線が何だか甘えたがる幼い子どもに見えて思わず頬が緩んだ。わたしは少し悩んだ振りをして、ダイゴも仮装し続けるならいいよと返す。 「{{kanaName}}、オオカミと赤ずきんが一緒にいたら赤ずきんは食べられちゃうよ」 格好に慣れてきたのか開き直ったのか、ダイゴはいつもの調子を取り戻したようで。調子に乗るとすぐこれなんだから、まったく。 「我慢が出来ないオオカミなんて寝ている間にお腹をちょん切られて石でも詰められたらいいのよ」 石で死ねるなんて本望でしょ。腰に回された手をぴしゃりと叩く。ダイゴが恨めしそうにこちらを見て、そして小さく息を吐くとぎらりと光る瞳でわたしの姿をしっかりと捉えた。 「ここには{{kanaName}}を助ける猟師はいないんだ、だからボクの好きにしていいよね」 結局、いつだってわたしはダイゴに振り回されるわけで。再び伸びてきた手を今度は素直に受け入れ噛み付くようなキスに身を委ねた。