いつか透明が色付くその日まで

ポケモンを口実に会いに来るダイゴと意図に気付かない夢主

「どうだいこれ、良い形をしてると思わないかい」
 軽やかに跳ねた声が、目の高さに掲げた白い石を雄弁に褒め称えてゆく。ヒワマキの外れの小さな家の、二人で使うには少し小さなテーブル、座り心地よりも外観を優先した猫足の華奢な椅子に浅く腰掛けて、テーブルに肘を付きながら石を眺めているのはダイゴさん。かつてブリーダーをしていた祖父にポケモンの調子を見てもらうために度々此処を訪れる物好きなお客人。
 この人がわたしに声を掛けてきたのは随分と前の事で、初めこそチャンピオンとの会話は恐れ多くて緊張もしたけれど今ではその緊張も随分と和らいでいる。
 わたしはブリーダーでもなければポケモンに直接関わる仕事をしている訳でもない。趣味でポケモンの面倒を見ている祖父をときどき手伝うためにこの家に通うだけの、何の変哲もないただの一般人だ。
 そんなわたしがチャンピオンと世間話が出来るほどに慣れたのもダイゴさんが優しく接してくれたお陰が大きいだろう。尤も、彼にとっては暇つぶしの相手が欲しかっただけかもしれないけれど。
「ほら、ここを見てごらんよ」
 ダイゴさんが石に出来た小さな穴を指す。紅茶を置いたら下がっているつもりだったわたしは足を止め振り返る。何ですかと顔を寄せて覗くとぴくりと肩が揺れ、青い瞳と共に整った顔立ちが私の方へわずかに傾く。けれど視線はすぐさま石へと帰ってゆく。もちろん目が合った瞬間にとびきりの微笑みを見せるのを忘れずに。こういう細やかな気配りがあるからこそ、普段の彼はとても柔和な印象を与える。
「中に水晶が見えるだろう」
 小指も入らないほどの小さな穴、その奥に目をやるとたしかにキラリと光る水晶が見える。
「晶洞といってね、中が空洞なんだ。この石は卵の殻みたいなもので、その殻の内側に水晶が形成されているんだ」
 一見すると何の変哲もないただの白い石なのに、ダイゴさんには中の水晶までも見えていて。思わず零れたのは「すごいなぁ」なんて、子どもみたいな感想に満たない言葉。
「よく見たら気付けるよ。どんなに隠そうとしたってその煌めきや美しさは完全には消せやしないのだから」
 この石ならこの穴があるように、ね。ダイゴさんが笑う。そんなものなのかな、わたしはその白い石をもう一度じっと見つめてみる。けれどやっぱりダイゴさんに言われなければ気付けないだろう。だってわたしは何の変哲もない人間だから。
「そんなしょげた顔をしないで。ボクさえ気づけばいいんだから」
 何故だかダイゴさんはこちらを見て微笑む。その手の中に収まった白い石は相変わらず特別価値のあるようには見えない。けれどなんだかダイゴさんみたい、強さや威厳を腹の中に隠しているのがそっくりだ。そう思うと何だか愛おしくなってくる。
「それで、もし良ければきみに譲りたいんだ」
 ダイゴさんの空いた方の手がわたしの手首に添えられる。天井に向けられた手のひらが受け取った白い石はずしりとした重さがあった。持ってみてもやっぱりどこにでもある石にしか思えない。中の水晶が見えないのはひどくもったいない。
「これ、中の水晶が見えるように割っても」
「それは駄目。知っているのはボクだけでいいから」
 ダイゴさんにしては珍しく強い声だった。見たかったけれど贈り主がそう言うなら仕方がない。
 頂いた石を丁重に抱えて最近取り付けた飾り棚へと慎重に乗せる。また増えちゃったな、と隣に並ぶ石を眺めながら自然と頬が緩んだ。 「そろそろ祖父も戻ってくると思うのでもう少しお待ち下さい」
 窓の外に見える小さな庭では祖父がダイゴさんのポケモンをボールへ戻している。大きなポケモンを見る時はいつもああやって庭の外で見るのだ。ダイゴさんは最初はその様子を傍で眺めていたけれど、そういえば最近は室内で待っていることが多い。
 どうしてだろう、わずかに疑問が頭をもたげた。でも今はそれを悠長に考える暇はない。わたしはこれから言い付けられるであろう雑用へ取り掛かるためダイゴさんへ頭を下げる。
「話し相手になってくれてありがとう。それから紅茶、いつも冷める前に飲めなくてごめんね」
 そんなこと気にもしていないのにダイゴさんは時々とても律儀になる。だから、今度はわたしの分も用意して冷めないうちに一緒に飲みましょうか、なんて冗談を言ってみると「その時はとびきりのお菓子を持ってくるよ」水晶みたいにきらりと輝く青い目を細めわたしに微笑んだ。

* * *

 ひとりになった室内でダイゴは頬杖を付きながら自分が贈ったばかりの石を見上げていた。なかなか上手くいかないな、なんて漏らした溜め息はとっくに冷めた紅茶に溶けてゆく。
 それを一口に飲み干すと、今ではすっかり此処へ来る口実となったブリーダーにポケモン達の調子を確認するためゆっくりと立ち上がった。