きみとおそろい

今は少し距離の離れた幼なじみ夢主とダイゴ

「その箱……宝箱、だっけ?」
 ダイゴが指したのはオルゴール付きの宝石箱だった。よく覚えてたねと返事をすると「何回君に聴かされたと思ってるんだい」と下がった眉がわたしにため息を吐いた。言われて記憶を振り返ってみると、ダイゴが家にやって来る度に見せびらかして自慢していた事を思い出す。
 箱の底についたネジを巻いて蓋を開ければぽろんと綺麗な音が流れ、中に収めていたいくつかのガラクタ――一緒に海岸で拾った貝殻や綺麗な石などだ――が何だか特別な物に見えた。そういえばいつからかネジを巻くことも蓋を開けることもしなくなっていた。昔は暇さえあればその音色と宝物にうっとりとしていたというのに。
「懐かしいね」
 何が、と問うにはあまりにも独り言すぎて。わたしはダイゴが昔のようにネジを巻き蓋を開けるのを黙って見つめるしか出来なかった。
 懐かしい音色が心に沁みると遠く過ぎ去ってしまったあの頃の記憶が鮮明に蘇る。宝箱が宝箱でなくなったのはダイゴとの距離が遠くなったからだった。
「これ、」
 静かにオルゴールに耳を傾けていたと思ったら、ダイゴは宝石箱からひとつ、そっと何かを摘み上げる。安っぽい金メッキにプラスチックの宝石が付いたキーホルダーだった。よくある食玩のそれは、ピンクの宝石が可愛くて一生大事にするからなんて言って買ってもらったんだっけ。でも買って数日でなくしたと親へ告げたら大きな溜め息を吐かれたのは少し苦い思い出だ。
「なくしたって言ってたの、やっぱり嘘だったんだ」
 ダイゴの見せた笑みは柔らかく、それでいて悲しげな色を見せていた。


 親にねだって買ってもらったその食玩は、実は一つではなく二つだった。子供ながらに一生という言葉を使ってしまったことに後悔を覚え、無理やり二つ買ってもらったのだ。家に帰りわくわくしながら開封すると、ひとつは目当てのピンクの宝石の付いたキーホルダーで、もう一つはあまり好みではない青い宝石のキーホルダーだった。嫌いではないけれどピンクのキーホルダーがある以上こちらを付けることはなさそうだ。どうしようかなと悩んでいた時思い浮かんだのがダイゴで、わたしは遊びに来たダイゴにお揃いだよと言ってプレゼントした。
「カバンに付けたらかわいいよ」
 お手本を示すようにスクールのカバンの持ち手にボールチェーンを通す。ダイゴは「{{kanaName}}ちゃんにぴったりだね」と笑顔で言ってくれたんだっけ。そして続けて「ボクも付けよう」と同じようにカバンへ取り付けた。
 あの頃のわたし達は素直で純粋で、それでいて好きという気持ちに少し鈍感だった。好きな物を好きな人とお揃いで身に付ける事の意味をもう少し分かっていたらあの出来事は起こらなかったのかもしれない。
「ボクもきみと同じでさ、」
 そこでちょっと言葉を切って、ごそごそとポケットに手を入れる。黙って見守っていると「ほら」と取り出したそれを顔の前に持ち上げて照れ臭そうな笑顔を見せる。
「今でも宝物だよ」
 ダイゴが手に持っていたのはおそらく家の鍵で、あの時の安っぽいキーホルダーが付いていた。身に付けるものどれもが一流のダイゴにはあまりにも不釣り合いなのに本人はちっとも気にしていない。
「今はトクサネに住んでいてね、まぁ家を空けることも多いんだけど楽しくやってるよ」
 目尻に寄せた皺が微笑ましくて、その言葉に嘘偽りはないのだとすぐに分かった。その笑い方は昔から変わってないんだと記憶の中の少年と見比べて少し嬉しくなる。
 あの出来事から変に意識をしてしまい、理由も自覚出来ないまま距離が出来てしまった。後になってそれが恋心だと分かった時には既に昔のような仲睦まじい関係は遠くに去ってしまった後だった。そうして単なる同級生という地位に格下げしたわたしは、遠くからダイゴのことを見つめることしか出来なかった。


 事の経緯をまとめてしまえば、よくある子供の小競り合いだった。
 わたしとダイゴの鞄に揃って同じ食玩のキーホルダーが付いているのを見つけたクラスメイトがリーダー格の女の子にひそひそと告げ口をする。一般家庭のわたしと違ってお嬢様のその子は自分こそダイゴに相応しいと言い張っては取り巻きを引き連れいつもやりたい放題だった。だから「何でそんなの付けてるの」とわたしに詰め寄り外せと強要するのも当然の流れで、弱いわたしは次の日にはキーホルダーを外していた。ダイゴにはなくしたと嘘を吐くしかなかった。少し悩んでダイゴがキーホルダーを返すよと言ってきたけれど必死に首を振って拒否をした。ダイゴはそれを付け続ける必要があった。あのお嬢様がわたしの代わりにお揃いだとはしゃいでいたから。
「お揃い、一日だけだったね」
 しょんぼりするダイゴに、つい本当のことを言いたくなった。けれどそんな事をしてダイゴがあの子を嫌ったら大変だ。わたしのせいだと責め立てられるのは嫌だった。だからごめんねと謝るしか出来なかった。
 しばらくあの子はダイゴとのお揃いを楽しんでいた。けれどそれも長くは続かなくて。
 今度はあのお嬢様の気を引きたい他の男子がこぞって真似を始めたのだ。流石のあの子も自分をチヤホヤしてくれる男子達には強くは言えず、そうこうしているうちに見栄っ張りの子が本物の宝石で出来たキーホルダーを付けるようになって先生からキーホルダー禁止と怒られてしまった。
 それきり、あのキーホルダーの話がクラスで話題になることはなく、わたしとダイゴにはほんの少し距離が出来た。その距離はじわりじわりと拡がり、けれど何故か遠く離れることはなかった。


「偶然だけどこれを見付けられたのはラッキーだったよ」
 ひとり、何かに納得したようにダイゴは頷いている。それが気になって何がと尋ねてもにっこりと微笑まれるだけで。昔はもっと素直に何でも話してくれたのに、思わず眉が下がる。
 数年前、偶然街中で出会って以来、ダイゴとはこうして暇を見つけては一緒に時間を過ごす不思議な関係を保っている。最初は疎遠になっていた間の話をしては昔を懐かしみ、今は近況報告をしてはいつ終わるかも分からない逢瀬を続けていた。逢瀬と言っても甘い雰囲気はそこにはなくて、あくまで幼なじみとしての関係が続いている。
 心中の読めない笑顔の前では自分の気持ちを示すことが怖かった。だから、燻り始めた想いをひた隠しにして幼なじみに徹している。
「あの時も言ったと思うけど、嬉しかったんだよボクは」
 {{kanaName}}とのお揃いをさ。わたしのキーホルダーへ落とした視線はとても優しくてどくんと胸が鳴る。
「だから今日はボクがきみにお揃いを渡そうと思ってね」
 そう言って、くるりと体を反転させる。わたしにはダイゴの背中しか見えなくなる。何かをしているのは小さく動く腕から分かるけれどそれが何かは分からない。気になって名前を呼ぶと少しして「お待たせ」とダイゴが振り返った。
「何がいいかなってずっと考えてたんだ」
 手を出してと言われ、こわごわと言う通りに手のひらを向けた。小さくて固いものがそっと置かれる。
 手のひらにはダイゴが宝石箱から取り出したあのキーホルダーが、そしてそのボールチェーンを通された鍵がちょこんと乗せられていた。驚いて顔を上げるとダイゴが眉を下げて照れたような困った顔で笑っている。もう一度手のひらへ視線を落とす。そこにあるのはつい先程ダイゴがポケットに仕舞った鍵とそっくりで。どうしよう、再びダイゴへと瞳を向けるとダイゴにふっと声を漏らして笑われた。
「ボクと{{kanaName}}の気持ちはとっくの昔に同じだったと思うんだ」
 視界いっぱいに広がるのは昔と変わらない偽りのない笑顔だった。あの日二人のカバンに付けられたキーホールダーを見た時と同じ、花がほころぶような、眩しい太陽のような、わたしの大好きな笑顔だった。
「{{kanaName}}」
 名前を紡がれる。
「ボクとお付き合いしてくれますか」
 胸に込み上げる感情は言葉にして口から出すには大きすぎて。声にならない声が吐く息を熱くする。そうしてわたしは泡となる言葉の代わりにダイゴからのお揃いをなくさないように強く握りしめた。