※年齢操作あります デボンの受付スタッフ夢主と少年ダイゴ
カナズミシティの中央に構えるデボンコーポレーション、ここで受付業務を行っていると様々な人に出会う。大抵はきっちりとスーツに身を包んだ、いかにも仕事の出来そうな人達で、次に見掛けるのは少々個性的な雰囲気の研究者。そして最近はその他にもう一人、可愛いお客様がふらりとこの建物を訪れる。 「こんにちは!」 大きなガラス戸の自動ドアが開くなり威勢の良い挨拶がロビーに響き渡る。私のいる受付スペースと自動ドアまでは優に5メートルは離れているのに、彼はいつも鈴の鳴るような声で元気に挨拶をしている。この時間、ロビーの人はまだらと言っても、彼へと視線を向ける大人は少なくはない。けれど、そんな奇異の目など気にする素振りも見せずにその少年――社長ご自慢のご子息ツワブキダイゴくんは大股でこちらへと歩いてくる。 「こんにちは、お姉さん」 受付には私ともう一人、後輩の女の子が立っている。ダイゴくんはまず私を見て、それから隣の後輩へと視線を移してにこりと微笑んだ。うすうす気付いていたけれど、今日のこの視線で確信する。ダイゴくんはこの後輩に好意を寄せている。私は、まだあどけない少年の見せる精一杯の微笑に思わず頬を緩めた。 彼は今、ホウエン各地を巡っては、ポケモンを捕まえたり育てたり、それから強者揃いのジムへ挑戦を繰り返しているらしい。何かにつけて父親であるムクゲ社長へ顔を見せに来るので、旅をしていると感じさせる事はあまり多くはないのだけれど。 「今日は父さ……社長に会えますか」 ダイゴくんが後輩ではなく私の瞳を真っ直ぐに捉えて尋ねてくる。何処かで山篭りでもしていたのだろう、その頬には土がこびり付き、上質そうなパンツの裾にも盛大に泥が跳ねている。ちらりと彼の歩いた場所を覗くと、大企業のロビーには似つかない靴跡が転々とスタンプされていた。ダイゴくん、とそれを指差すと「あはは、泥を払うのを忘れてた」と気恥しそうに頬を掻いた。以前、生真面目な清掃員が、その惨状に我を忘れてダイゴくんに怒りをぶつけたことがあった。ピカピカに磨いたばかりのロビーを再三泥だらけにされ、彼も我慢の限界だったのだろう。子供相手に大人げなく声を荒らげていて、少し少年のことが哀れに見えた。 これはまた怒らそうだと眉を下げているダイゴくんへ、頬にも泥が付いてることを指摘し、ハンカチを差し出した。ダイゴくんは目を見開き「えっ」と小さく声を漏らしたかと思うと、乱暴にジャケットの袖で両頬を拭い「これで平気です」と赤くなった頬で言い張る。その視線が、一瞬だけ隣の後輩へと移る。指摘するなら彼女が見ていない時にしてあげればよかったかな。何か言いたげな後輩の瞳に、ダイゴくんごめんねと心の中で詫びた。 後輩は、私たちのやり取りに目を向けながらも、私に代わっててきぱきと社長の予定を確認し、秘書へと連絡を取っている。こういうツンとした態度が少年の心を擽るのだろうか、私は頬を赤らめ溜め息を吐くダイゴくんをまじまじと見つめた。 「今日は時間が取れないので、もし何か話したい事があれば今夜は家へ帰って来なさい……とのことです」 後輩の淡々とした言葉にダイゴが顔をしかめた。順調な間は家には寄らないと断言していたダイゴくんにとって、その提案は受け入れる訳がなかった。どうしよう、とほんのり尖らせた唇へ手を当て瞼を閉じる。まだまだ幼いと思っていた少年は、ふとした瞬間に艶っぽい表情を見せる。古い絵画に描かれた神の使いがこんな顔をしていたのを思い出す。この年頃の子供しか出来ない艶やかな表情に、不覚にもドキリと心臓が跳ねた。そんな私へ隣から投げられる眼差しはひどく刺々しい。はっとして、慌てて間の抜けた顔に気合いを入れる。けれど、努力も虚しくため息を吐かれてしまった。 「じゃあ、また今度にします」 家に帰るつもりのないダイゴくんは、いつものいとけない笑顔で私たちに笑いかける。そしてぺこりと頭を下げると、くるりと向きを変えて自動ドアへと歩き出した。またね、と手を振るとその足がぴたりと止まって振り返る。どうしたのと首を傾げていると、小走りで受付へと駆け戻って「忘れてた」と傷だらけの手を鞄へと突っ込む。 「これ、お姉さんに」 ことん、と受付へ置かれたのは綺麗な色をした水の石だった。深い青はサファイアよりも澄んでいて、思わず嘆息が漏れる。 「お姉さん、ハスボー持ってるでしょ、だからこれ使ってあげて」 恐る恐る声をかけるダイゴくんに、自分が返事もせずに石を見つめていたことに気が付く。ごめんなさい、と顔を上げると、曇りのないアイスブルーの瞳が私に向けられていた。 「それと、これはお姉さんに」 もう一度、ダイゴが鞄をまさぐって何かを取り出す。水の石の隣に赤い花が並ぶ。目の前に花を置かれた後輩は、僅かに瞳を大きくしてダイゴくんを一瞥した。男の子が女性に花を贈ったのだから、もう少し喜んだ顔をしてあげてもいいのに。辛辣な後輩に頭が痛くなる。この子はいつもダイゴくんに冷たい。 「赤いシクラメン、綺麗だったから」 また来ます、ダイゴくんは最後に名残惜しそうに水の石へ眼差しを向けて踵を返した。スニーカーの跡が自動ドアまで辿り着くと、肩の辺りまで腕を上げて小さく手を振る。それに返すように手を振ると、ほんのり赤みがかった頬に笑みが浮かんだ。 *** 「ダイゴくん、良い子なんだからもう少し優しくしてあげたらいいのに」 何事もなかったかのように業務に戻る後輩へ顔をしかめる。玉の輿も狙えるのに、なんて軽口を付け足して。すると美人の後輩はぐるんと私へ顔を向けると、怒ったような呆れたような顔で大袈裟に溜め息を吐いて。 「かわいそうなひと」 心底哀れんだ瞳に映っていたのは、ホウエンの海を閉じ込めたように多色の青に輝く水の石だった。