薄氷の仮面

初めてのお酒を想いを寄せるダイゴと飲む夢主

 焼けるような熱さが喉を、そこから続く食道を抜けて胃に落ちた。甘さの中に混じる苦味に不快感を覚える。それでも勧められたものは飲まなければ、ともう一口グラスに口を付けたらズキズキと頭が痛くなってきた。
「大丈夫かい?」
 隣に座るダイゴさんが、心配そうにわたしの顔を覗き込んでくる。ダイゴさんはわたしとは違うお酒を頼んでいて、グラスの中の氷が暖色のランプの光を反射して綺麗に見えた。
「お酒は無理したらダメだからね」
 はい、と頷くとにこりと笑ってダイゴさんのグラスが傾いた。カラン、と氷が鳴る。氷の動きに合わせて光が煌めいた。
 普段から素敵でたまらないのに、今日のダイゴさんはいつもの何倍も格好良く見えて、さっきから心臓がとてもうるさい。聞こえていたらどうしよう。不安になるとますます鼓動が激しくなっていって、落ち着くためにグラスを掴むとぐっと中身を呷った。
 それがお酒であると思い出したのは飲み込んだ後で、身体の内側から発せられる熱と鼻につく苦味に思わず顔をしかめてしまう。
「初めてなのに、急いで飲むのは関心しないな」
 グラスを掴んだままのわたしに、ダイゴさんが首を振って手を伸ばす。指先が触れて、気付いたらグラスを取り上げられていた。
 身体は熱くて鈍い頭痛もあったけれど、まだ飲める、そんな確信があった。だから、取られたグラスをダイゴさんの手ごと引き寄せて「だいじょうぶです」と頷いた。ふっ、と身体が浮いたような感覚がした。妙な心地良さに、身体から余分な力が抜けていくのが分かる。
「{{kanaName}}ちゃん、酔ってるよ」
「よってません」
「本当かな」
「ほんとうです」
 からかいまじりな疑いの眼差しを真正面から受け止めて、真剣な目を見せる。こんなにも真面目な顔、酔ってたらきっと出来やしない。だから本当にわたしは酔ってなんか、ない。
 睨み合いは、ダイゴさんがため息を吐いたことで決着がついた。
 譲られたグラスには苦くて甘い液体がまだ少し残っている。苦いのは嫌いなのに、不思議と不快感も癖になっていた。これを受け入れる事が大人への一歩だと思った。
 グラスを傾けて飲み干すと、妙な達成感に満ちて、ますます身体から重力が消えてゆく。ふわふわとして、世界がゆっくりと揺らめいていた。

***

「ねえ{{kanaName}}ちゃん」
 二杯目もそろそろ飲み終わる頃、ダイゴさんが改めてこちらに瞳を向けた。熱くて、頭がぼんやりとして、眠たいような、楽しいような、不思議な感覚にダイゴさんの視線が混じり合う。ダイゴさんてよく見たらまつ毛が綺麗にカールしてる、いいなあ。
 ダイゴさんはお酒を飲んでもダイゴさんのままだった。お酒をまだ飲んだ事がないと言ったわたしに向けた視線も、今日のためのお洒落を褒めてくれた声も、そして今眉間に皺を寄せるその顔も、すべて同じだった。
「もう時間も遅いから、それ飲んだら帰ろうか」
 言われて時計を確認したら思ったよりも時間が過ぎていた。いつもならとっくに家へ帰っている時間だった。
 でも、わたしは駄々をこねる子どものようにイヤイヤと首を振った。頭が揺れてくらりとする。酔ったかもしれない、まさか、そんなはずはない。
「だいじょうぶです」
 だってもうオトナなんだから。グラスに口を付ける。
「そうだね、たしかに子どもではないね。でも」
 不意に伸びてきた手が顔に向けられて、わたしは思わずきゅっ、と目を閉じた。
「まだ、大人でもないよ」
「ひ、ぁっ」
 耳朶を触れられて、情けない悲鳴が零れた。反射的に身を捩って手を振り払ったら「ほら、」なんてダイゴさんが眉を下げて笑っていた。よく見る表情に、今さらお酒の苦味が口いっぱいに広がる。
「今日はもう帰ろう」
 そう言ってダイゴさんの指が耳を離れてグラスへ向かう。甘くて苦い、ジュースのようなカクテルはあっという間にダイゴさんに飲み干されて。悔しくて沈黙よりも静かな声で不満を零したら、覆い被さるように溜め息が落ちてきた。
「ねえ{{kanaName}}ちゃん、」
 視線を空になったグラスへ向けて、ダイゴさんが名前を呼ぶ。柔らかな橙色を放つランプの光を受けて、日焼けとは縁遠い雪肌に温かみが宿っている。けれど、
「今日は帰ろう、ね?」
 グラスを離れた視線がわたしを見つめた時、氷のような冷たさとその奥にギラギラした何かがそこにあって、不安と期待にぞくりと背筋が震えた。
 わたしはもうオトナだから駄々をこねたり反論なんてしない。大人になりきれない子どもの前で、良い大人であろうとするダイゴさんをこれ以上困らせることは今はしない。今日は聞き分けの良い子どもを演じよう。わたしはもうオトナだもの。
 それでも、いつかわたしが大人になれた時、その時は帰ると言うわたしを引き止めるのはダイゴさんの方なんだから。そんな炎を胸に灯して、今日はまだ大人しく差し出された手へ自分のそれをそっと重ねた。