雨の日は憂鬱

雨で憂鬱な気分の夢主へ恋人ダイゴが声を掛ける

 雨の日は憂鬱だ。
 朝起きてもリビングの大きな窓から見える景色は灰色で、湿った空気は不快で気分が上がらない。今日はいい感じにセット出来たと鏡の前で喜んでみても、外へ出たらあっという間に湿気で髪はめちゃくちゃになる。おまけに低気圧のせいで体調もすこぶる悪くなる。
 雨の日は仕事も何もかも休みになってしまったらいいのに、そんな事をぼやきながら歩き慣れた会社までの道を履き慣れたパンプスで歩く。けれどしばらくして足先に雨が染みるのを感じて、失敗したなとため息が零れた。
 雨の日は本当に憂鬱だ。


「あー、もう!」
 大きな水溜まりを避けるようにその横を歩いていたら、後ろから水溜まりなんて関係ないと言わんばかりのスピードで走る自転車がやってきてばしゃり、豪快に水溜まりの水を四方へ撒き散らして走り去っていった。水の掛かった感覚に視線を下げると、スカイブルーのシフォンスカートとストッキングに水が跳ねていた。こんな天気だから気分だけでも上げようとお気に入りの服を着たというのに、こんな仕打ちひどいじゃない。怒り任せに叫んだのも一瞬の事、今度は泣きたくなってきた。せっかく素敵な色だと思って買ったのに、今すぐ帰って他の服に履き替えたい。こんな姿で――
「おはよう、{{kanaName}}」
 すぐ隣から声がして振り向けばそこには今一番会いたくない人が立っていた。傘を持っていない方の手を肩の辺りまで上げて「やあ」と爽やかに笑っている。その人、ダイゴさんはこんな雨にも関わらずキラキラとしていて、そこだけ晴れてるかのようで。けれどよく見れば、いつもならツンと立った髪も心なしか元気をなくしぺしゃりと萎れているし、オーダーメイドのスーツの裾は跳ねた水で濡れている。
「朝から賑やかだね」
 どうか聞かれていませんように、咄嗟にどこかの神様に願ってみたけれど効果はなく、「服、大丈夫かい」と一部始終見られてしまっていた。これだから雨の日は憂鬱で、本当に嫌になる。
 水の跳ねた部分を見られないよう隠しながら大丈夫と答えて、もうとっくに見えなくなった自転車を睨みつける。ダイゴさんのスラックスの裾が濡れているのも、もしかしたらあの自転車のせいかもしれない。そう思うとより怒りが込み上げてくる。晴れた空のような、隣を歩くダイゴさんの瞳のような青色のスカートを汚した犯人へ、車が跳ね上げた泥水でびしょびしょになってしまう呪いが掛かることを強く念じる。そうして少し落ち着きを取り戻してから、当然のようにわたしの歩に合わせるダイゴさんへ、こんな雨の日でもいつもと変わらず微笑むダイゴさんへと向き直った。
「こんな時間に出社なんて珍しいですね」
 チャンピオン業も忙しいダイゴさんが朝からデボンへ向かうのはそれほど多くはない。あったとしてもご自慢のエアームドで飛んで来るから地上で出会うことは滅多になかった。
「こんな雨の日だから、{{kanaName}}に会っておきたくてね」
 雨の日は憂鬱だからね。そう言ってダイゴさんは差した傘をくるりと回す。どこにでも売っているビニール傘なのに、何か特別な傘に見えてくる。好きな人の全てが素敵に見えるのは、憂鬱な雨の日でも変わらないようだ。
「{{kanaName}}の憂鬱も少しは晴れたかな」
 薄く細められた瞳が燻る憂鬱を見つめ、さらさらと溶かしてゆく。アスファルトに当たって跳ねる水滴は楽しげで、傘を鳴らす雫は一度きりの音楽を奏でている。朝からわたしの中で鎮座していた憂鬱はダイゴさんの微笑みに照らされ、いつの間にかどこかへと消えていた。
「ねぇ{{kanaName}}、知ってるかい。ミナモに雨の日限定の特別ランチを出すお店があるんだ。ミナモも今日は一日雨だからそのランチ、食べに行こうか」
「えっ、でも」
「時間のことなら気にしなくていいよ、こっちで何とかしておくから」
 じゃあまたお昼に。そう言ってダイゴさんはわたしの返事も聞かずに雨傘の花の中へと消えてしまった。確かに休憩時間が足りるかどうかも気になったけど、そうだけどそうじゃない。見えなくなった後ろ姿へ大きめのため息がひとつ、雨と共に地面へ落ちた。
 雨の日は憂鬱だ。けれど、わたしは唇に弧を描くのを抑えきれなかった。