視察と称してバカンスに来た夢主とダイゴが出掛ける支度をする
ホウエンを代表する大企業デボンコーポレーションは始まりは鉄工業の会社だったけれど、今では生活のありとあらゆる場でその名を見るほど様々な分野に進出している。 そんな何でも手広く行うデボンには当然リゾート開発部門も存在していて、今回の出張もその業務の一環なんだとか。 出張先のパシオは人工島で、島の構造や観光地としての戦略を視察するのが今回の出張の目的なんだとか。飛行機からの景色を楽しんでいたわたしにダイゴさんが真面目な顔をして語ってくれた。 そう語る顔はひどく真面目な顔で、だからゆっくり二人で過ごす時間はあまり期待しない方が良いのかもしれない。リゾート地だからとちょっと奮発して用意した服もページの隅までしっかり目を通したガイドブックも、残念だけどスーツケースの奥で眠ることになりそうだ。 それなのに、 「だから今日は島を見て回ろう」 満々の笑みを浮かべるダイゴさんがアロハシャツに袖を通した。自分で視察と言ったくせに、遠回しに遊ぶ時間はないと言っていたくせに、いつものスーツは昨日島へ着いて脱ぐなりクローゼットの隅に追いやられている。 デボンの人間ではないわたしを何故か同行させたり、どう見ても遊ぶ格好をしたり、これは本当に視察なんだろうか。ダイゴさんに疑いの視線を向けてみるものの、素知らぬ顔でかわされてしまう。 「{{kanaName}}はもう準備出来たかい?」 スツールから立ち上がり、スカートの裾を綺麗に伸ばして頷く。このワンピースは視察の間はスーツケースの中で留守番になるはずだったもの。けれどダイゴさんは目ざとく見つけると「これを着た{{kanaName}}の隣を歩きたいな」なんて言ったのだ。視察はどうするの、と口ではダイゴさんを咎めたけれど、本当は嬉しくて支度をする間緩む頬を隠すのに必死だった。 「あれ、これ……」 ベッドの上に置いていたバッグに手を伸ばしたら、サイドテーブルに見慣れないネックレスを見つけた。初めて見るそれは、しかしどこか見覚えがある。どこだっけ、記憶を辿っているとダイゴさんの手がネックレスを掴んだ。 「この青色を探すのに苦労したんだ」 うっとりとした瞳でダイゴさんは満足げにネックレスを見つめる。そうだ、いつも胸に着けているラペルピンにそっくりなんだ。あれはたしかキーストーンをあしらえた一点物のはずで、この様子だとネックレスもそうに違いない。 ダイゴさんって意外とアクセサリーにこだわる人なんだよね。そんなことを考えながらバッグを手に取ると「ねえ、{{kanaName}}」普段とは少し雰囲気の違う声がわたしの名前を呼んだ。ドキリと心臓を弾ませてダイゴさんへ視線を向けると、色っぽい笑みを浮かべるダイゴさんと目が合った。 「自分じゃ上手く留められないから、お願いしてもいいかな」 はい、と手のひらにネックレスが落とされる。 夏空を切り取って閉じ込めたような、深い青を宿した石のネックレスだった。石に合わせてチェーンは少し太く、銀色がキラリと輝いている。その中から留め具を見つけるとそっとつまみ上げた。 比較的小さい留め具はそれでも特別留めづらそうでもなく、つまりダイゴさんなら難なく着けられるはずで。それなのにダイゴさんは「よろしくね」と微笑んでぽふん、とベッドへ腰を下ろした。 改めてネックレスを見る。自分で着けられないはずがない。けれど返したところで別の口実でわたしに押し返すか、或いはへそを曲げて着けないと言う可能性もあった。ダイゴさんって案外意地っ張りな人だから。でもそれは避けなきゃならない。 アロハシャツの下には黒のインナーを着てるけど、襟ぐりが思ったよりも広くて嫌でも目に入る鎖骨や肌が気になって仕方がない。でもネックレスがあれば、もしうっかり凝視しちゃってもネックレスを言い訳に出来る。 だからこれは絶対に着けてもらわなきゃならない。とはいえ素直にお願いを聞くのも何だか癪で、大げさに顔をしかめるとわざとらしく重いため息を吐いた。 「ごめんね。でも{{kanaName}}は優しいからつい甘えちゃうよ」 ズルい言い方。嫌味っぽいため息もうんざりした顔も全部笑顔で受け止めて、それが全部わたしの強がりなのを分かってそんなこと言うんだから、ズルくてたまらない。 でも、そんなダイゴさんを今まで散々甘やかしたのは紛れもなくわたしで、今だって簡単に絆され「これきりですから」とまた甘やかすんだから、少し悔しいけどズルい部分も大好きなのかもしれない。そんな自分に呆れて、もう一つため息が零れた。 チェーンの端をつまんで、腕をダイゴさんの首の後ろへ回す。けれど腕が伸び切る前にストップする。これじゃあ抱きつくような体勢になる。 一切の殺生をしないと言わんばかりの優しい笑顔のダイゴさんはしかし、巣に潜むアリアドスのように獲物が掛かるのを待っている。今も気づかず手を伸ばしていたらその腕でぎゅっと抱きしめられたに違いない。それはよくない。これを着けて部屋を出て、視察なり観光なりをするんだから。 わたしは靴でシーツを汚さないよう気をつけてベッドに上がると、ダイゴさんの背後へ回った。残念そうなため息が聞こえたけれど、もちろん知らん振りした。 そういえば髪を結い上げたらうなじが見えるからポニーテールはダメ、なんて馬鹿げた校則がこの世にはあるとかないとか聞いたことがある。その時は馬鹿馬鹿しいと気にも留めなかったけれど、その言い分は一理あるのかもしれない。だってダイゴさんのうなじはわたしの体温を二度ほど上げて心臓を煩くさせている。 意識しちゃダメ、深呼吸して視線は留め具だけを追わせる。他は見ない触れない気にしない、必死に言い聞かせて慎重に手を動かした。 「出来ましたよ」 無事に何事もなく任務を遂行して、完了の報告をする。でもチェーンを後ろへ引っ張りすぎているのに気づく。少し前の方が―― 「――っ、」 細くはないチェーンでも、もう一度つまもうとすると指先が肌に触れてしまって。その途端、ダイゴさんの体が僅かに震え、悩ましげな息が鼻から抜けた。 あっ、と気づいた時にはもう遅くて、チェーンから手を離してもなかったことには出来ない。 心臓の鼓動は胸を突き破りそうな勢いでどくどくと鳴って、ほんの一瞬触れた指先はビリビリと痺れを訴える。 咄嗟にごめんなさいと謝る。けれど一体何を謝っているのか自分でも分からない。分からないけれど、とにかく謝って、そしてこの空気を一刻も早く元に戻さないと。次の言葉を探す。でも、何も浮かばない。その時、 「謝るのはボクの方だよ。せっかく着けてくれたのに出掛けるのはもう少し後になるんだから」 ダイゴさんが振り返ってわたしを仰ぐ。さっきまで浮かんでいたはずの朗らかな笑顔はどこかへ消えていて、代わりにわたしを見つめるのは艶のある微笑。 部屋はクーラーがよく効いて寒いくらいなのに、体が芯から熱くなってくる。 絡み合った視線の先の唇がにんまりと口角を上げたその刹那、今から向かう予定だったビーチの賑わいはシーツの擦れる音の中へ消えていった。