主役は終演の後に

浴衣デートの最中に鼻緒で足が痛くなる夢主と彼女の様子がいつもと違って穏やかじゃないダイゴ

 夜空に輝く星々は、今日の主役が輝くのを今か今かと待っていた。けれどわたしはまだ一つも打ち上がっていないのに、花火が終わった空に思いを馳せていた。

***

 今日はこのカイナで花火大会が開かれる。ホウエンでも特に大きな花火大会で、右を見ても左を見ても会場となる海辺は人でごった返していた。すれ違う女性の多くは華やかな浴衣を身に纏い、わたしもこんな時にしか着ないからと少し奮発して浴衣をレンタルしている。
 隣を歩くダイゴさんは、待ち合わせ場所でソワソワしていたわたしに「とてもよく似合ってるね」とにこりと微笑んで少し熱っぽい視線を向けた。時々見せるその眼差しはダイゴさんの機嫌の良い時に見られるもので、奮発してちゃんとした浴衣を借りて良かったと頬が緩む。ぎゅうぎゅうに締められた帯は少々苦しかったけれど、ダイゴさんの横を歩いているとそれも全然気にならなかった。
「はぐれたらいけないから」
 そう言って、ダイゴさんがわたしの手を取った。二つの指輪でちょっぴり絡めにくい指はそれでもしっかり握りしめられていて、もしも離れたくなっても簡単には離してくれそうになかった。もっとも、わたしから離す事はないから悩む必要もないけれど。
 水分をたっぷり含んだ潮風が吹いて肌にまとわりつく。蒸し暑い空気が不快度をさらに上げてゆく。普段なら愚痴のひとつも零してしまうところだけど、隣にいる人が大好きなダイゴさんだから何でも我慢が出来てしまう。けれども。
「ん、どうしたんだい」
 俯いたわたしの視線を追うようにダイゴさんが頭を下げた。その視線に慌てて顔を上げて何でもないですと首を振る。引きつる頬に貼り付けた笑顔が剥がれないよう必死に口角を上げて眉間のしわを伸ばした。
 不快は我慢が出来ても痛みは難しい。歩く度に擦れる鼻緒が、足の指を容赦なく痛め付けていた。浴衣の柄に合わせた巾着の中にはこんな時のための絆創膏が入っているけれど、それを使うために隣を歩くダイゴさんへ声を掛ける勇気は用意出来ていなかった。
 ちょっと一言、「鼻緒が擦れて」と零せばきっとダイゴさんなら察してくれる。でもその一言が言えない。この陽気な空気に水を差すようで、迷惑を掛けるようで、言葉が喉で引っ掛かって出てこない。
 花火を見る時に座るから、その時にこっそり絆創膏を貼ろう。ダイゴさんが花火を見ている隙にやればきっとバレない。だからあと少し、それまでの我慢、上手に笑えなくても歪んだ顔だけは絶対に見せないようにしよう。

***

「この辺りは人が多いし足元も砂浜だから気をつけて」
 今日限りの屋台が並ぶ通りを抜け、いよいよ砂浜が見えてきた。潮風が一層湿気を含んで、生ぬるい風がべとりと肌を触る。アスファルトより格段に歩きにくい砂浜は足に余計な力が掛かって痛みも格段に増す。ぐっと歯を食いしばって声が漏れるのを耐えるけれど笑顔は保てそうにない。仕方なく足元を見る振りをして頭を下げ「砂浜って歩きにくいですね」と誤魔化す一言を返した。
「ボクは、さ」
 ダイゴさんが握る手に力を込めた。指輪が少しだけ、痛い。話しかけられているのに顔を逸らすのもいけないから、気合いを入れて顔を上げる。笑顔は難しいけれどせめて険しい顔だけでも隠そうとぱちりと目を開いて口角に力を入れた。
 見上げた視線の先に見えたのは、眉を下げいつもより煌めきの少ない瞳、燦々とした太陽が似合うダイゴさんにはいびつな表情だった。
「{{kanaName}}の事なら何でも知りたいし、何でも言い合える仲になりたいんだ。だから、今{{kanaName}}が何を我慢して無理やり笑っているのか教えてくれるかい?」
 詰めていた息をふっと吐いて、困った顔に笑みを浮かべて、それから「ボクも無理やりは嫌だから」ほんの少し怖い言葉を付け加えた。
 わたしの下手くそなポーカーフェイスはあっさりと見抜かれていた。それどころか、迷惑を掛けまいと隠したせいで余計に雰囲気を悪くしてしまっていて。そんな事を言われてしまったらもう黙ってはいられない。わたしは再び視線を足元へ戻して「鼻緒が、」今この身に起きている問題をその一言に込めた。ダイゴさんの瞳がわたしの視線を追って下駄へと落ちる。一呼吸分の沈黙が喧騒に混じり、そして、
「なんだ、良かった。帰りたいのを我慢してるのかと、これでも内心穏やかじゃなかったんだよ」
 安堵の息を吐いたダイゴさんがくしゃりと笑った。
「あぁでも、この足だと帰るのも大変だね」
 声色が変わったように思えて隣の恋人を見ると、氷のように澄んだ瞳に宵闇が色を落としていた。ゆるりと細められた瞳はまっすぐにわたしを見ている。
「花火が終わったら何処かで少し休もうか」
 夜空の火花がすべて消える頃には辺りはすっかり夜に包まれる。ダイゴさんもそれを分かっている。わたしもこの言葉を額面通り受け取るほど素直でも子供でもない。
「どうかな」
 何でも言い合える仲に、と言ったのはダイゴさんの方なのに、言った本人は欲に塗れた本心を言葉の奥に隠していて。ズルい、そう思ったけれど指摘する勇気のないわたしは言葉の代わりに小さくひとつ頷いた。