夢主が大好きなダイゴがケーキを贈る話
トクサネにあるダイゴくんの家は、およそ誰かを招くにはまったく適していなかった。家主本人の喉を潤す水一つすら存在しない事が珍しくないその家では、当然客人をもてなす飲み物など用意出来ているはずもなく、茶菓子なんて期待するだけ無駄だった。だから、 「冷蔵庫にケーキがあるんだ」 なんて言葉がダイゴくんの口から出てくるとは夢にも思わず、あんまりにも驚いてしまって思わず聞き返した。 「ボクの家にも冷蔵庫くらいあるのは知ってるだろう?」 そういう意味で聞き返した訳ではないのだけど。言い返そうとして、けれど不毛なやり取りだと口を噤む。かわりに椅子から立ち上がって冷蔵庫へ向かう。百聞は一見にしかず……は少し使い方が違うけれど、言葉で示されるよりも見た方が早いことはどちらも変わりないだろう。 妙な緊張感を覚えながら冷蔵庫開けてみれば、果たして小さな白い箱が冷蔵庫のど真ん中に鎮座していた。揺らさないよう慎重に取り出し、他には使い切る前に賞味期限切れになりそうな調味料と要冷蔵のポケモンフーズが入ってるだけの冷蔵庫を閉めてテーブルへと戻る。ダイゴくんがお皿とフォークを用意してくれていて、真ん中に箱を置くと、わたしもダイゴくんの正面の椅子へ座った。 「開けてみて」 ダイゴくんは言動こそ気障ったらしくて歯の浮くような台詞も一切照れることなく口に出来るおとぎ話の王子様のような人間だけど、サプライズを仕掛けることは殆どない。だから、この中のケーキに変な仕込みがされている事はないと思う。それでもニコニコと満面の笑みを向けられると何かあるのかと身構えてしまって、箱を開ける手は自然と慎重になった。 「わぁっ……」 箱から現れたのはホールケーキだった。淡いピンクのクリームが生地を覆い、真っ赤な苺と粒の大きなブルーベリーが沢山のクリームの花に囲まれ、まるで花畑のよう。食べるのが勿体ないほど見事にデコレーションされたケーキだった。 「どうしたの、これ」 クリームで出来ているとは思えない程綺麗な花に見惚れながらダイゴくんへ尋ねる。予想していたケーキは最近話題になっているチーズケーキか、或いは何かの気まぐれで近くのパティスリーで買ったケーキだとばかり思っていたからすっかり驚いてしまった。 今日は何か記念日だったかなとカレンダーを思い浮かべるも、それらしい日付は思い浮かばない。ちらりとダイゴくんを見るときらりと瞳を輝かせていて、わたしの視線に気付くと嬉しそうに微笑んだ。 「{{kanaName}}にも食べてもらいたくて、用意したんだ」 視線をケーキに戻す。こんなに綺麗なケーキ、切り分けるのですら躊躇うのに食べるなんてとても出来そうにない。 「この前のパーティで食べたら{{kanaName}}が美味しそうに食べる姿が思い浮かんでね、きっと気に入ると思うよ」 その時の事を思い出したのか、ダイゴくんの瞳が一瞬遠くを映してくすりと笑う。一言でパーティと言っても、それはわたしの思い浮かべるような和気あいあいと楽しめる時間とは程遠い、仕事と呼ぶ方が正しいものだ。パーティ帰りのダイゴくんはいつも疲れた顔をしていて、リーグで戦った時よりもひどい顔の事が多い。一度連れて行ってもらった時も始終作り笑いで色んな人の相手をしてばかりで、わたしのことなんて放ったらかし、そんな余裕はちっともなさそうだった。 そんなパーティで、このケーキを食べて、思い出すのがわたしだなんて。ぶわり、顔が赤くなって身体が熱くなる。ダイゴくんの瞳の色にそっくりな青いクリームの花から顔を上げて、目の前で満面の笑みを浮かべるダイゴくんを見つめる。 「……食べるのがもったいないよ」 ナイフで切って、フォークで掬って、花束みたいなケーキが崩れるのが勿体ない。ダイゴくんの気持ちがこもったケーキをすぐに腹に収めてしまうのが勿体ない。 「ふふ、そうかもしれないね。でも、」 ダイゴくんがフォークを手に取り、つぷり、苺へ突き刺した。 「ボクは{{kanaName}}に食べてほしいんだ」 真っ赤に熟した苺が目の前に差し出される。つん、と唇に触れてダイゴくんの唇に三日月が浮かび上がる。食べるのはわたし、食べるのはケーキのはずなのに、大きな口で捕らえられたのはわたしの方のような感覚がして。 開けた口の中へ押し入る苺をぞくぞくしながら噛んでみると、たまらなく甘い果汁が口の中に広がった。