気づくまであと3秒

社会人夢主と恋人ダイゴ

「僕は――」
 隣を歩くダイゴはとても柔らかに笑っていた。

***

 昼休み、同僚から近くの公園の桜が見頃だと写真と共に勧められた。そういえば今年はまだお花見をしていない、週末を待っていたら散ってしまうかもしれないから今日の帰りに寄ってみようかな。
(誘うだけ誘ってみてもいい、よね)
 同僚との会話を続けながら目当ての人物に連絡を取る。その人ダイゴは忙しい人で、その上すぐに何処かへ行ってしまう。だからこんな突然のお誘いは受けてもらえた試しがない。そもそも気付いてもらえない事の方が多かった。だから返事は期待せず、他に誘えそうな人を探してみる。
 と、画面に通知が表示される。それはまさかのダイゴで、こんなに返事が早いことも驚きだけれど内容も普段の彼からは信じられないものだった。
《じゃあ迎えに行くよ》
 慌てて口元を隠す。抑えようとしてもにやけるのが止まらない。そんな私を同僚が不審がったけれど何とか誤魔化して喜んでいるエネコのスタンプを返した。今日は絶対残業しない、絶対定時で退社するんだから。

***

「お疲れ様」
 七時間前の私は今の状況を想定していただろうか。時計の短針は予定の数字より二つ進んでいて辺りはすっかり暗くなり、私はひたすらダイゴに謝り倒していた。
「夜桜にはちょうどいい時間だよ」
 ほら、と差し出された手。申し訳なくて掴めずにいたらダイゴから指を絡ませてきて、そして私に優しく微笑みかけた。
 繋いだ手の温もりを感じながら公園までを歩く。何か話さなきゃと話題を探してみるけれど焦ってしまって何も出てこない。ダイゴもお得意の石の話をすればいいのに、今日に限って澄まし顔を決め込んでいる。この沈黙は嫌じゃない。けれどそれでも何か話さないと、と頭を捻って話題探しのために辺りを見渡した。
 そういえば今日は特別な月だとニュースで言っていたっけ。大きくて真ん丸な月が空に浮かび上がっている。
「月が、とてもきれい……」
 常日頃から自然を愛でるような人間ではないけれど、今日の月は不思議な魅力があって思わずため息が漏れた。しばらくぼんやり眺めていたら隣から視線を感じてダイゴの方へ首を傾ける。
「ボクはずっと前から綺麗だと思っていたよ」
 それは今まで見たどの微笑みよりも柔らかで美しくて愛おしさを感じて、私はダイゴから目が離せないでいた。だから私はまだ気付いていなかった、その言葉が満月ではなく私に向けられていたことに。気づくまで、あと3秒。