りゆうはほうせき

キバナ視点/旅行に来ていた夢主を道案内するキバナと用事の終わらないダイゴ
※夢主の容姿(瞳の色)への言及あります

 彼女を見かけた時、一目で観光客だと分かった。いかにも旅慣れしていない服装にまるで中身の詰まっていない鞄、ここのトレーナーなら大抵が嵌めているグローブもしていない。彼女の傍をゆらゆら漂うメレシーも手入れにはかなり拘ってるようだが実力がありそうには見えない。
 だから、そんな観光客がこんな場所――ワイルドエリアの中でも特に野生ポケモンのレベルが高く手練のトレーナーでも気の抜けない場所でのんびり紙の地図を広げているのにぞっとした。下手をしたらポケモンだけでなく人間だって危ないってのに、あの観光客は一体何をしてるんだ。オレはナックルシティのジムリーダーとして彼女へ声を掛ける。変な下心は、ない。
「お姉さん、こんなところで何を?」
 うんうんと地図を睨みつけながら唸っていた女性はオレの声に驚いて肩を跳ね上げると焦った顔でオレを見上げた。ちらっと見えた横顔は若い女性に見えたのに、正面から向き合ったらまだ子供のようで、幼い顔をしている。あー、これはきっと親を置いて勝手にここまで来たんだな。ナックルからここ砂塵の窪地は子供でも歩ける距離だ。充分に有り得る話だった。
 やれやれ、ワイルドエリアの恐ろしさを知らないとは言え、子供や観光客の無謀な行動にはいつも肝が冷える。今日はこの辺りのポケモンも気が立ってないからいいものの、昨日みたいに誰彼構わず襲ってくるような日だったら今頃どうなっていたか。
「そのメレシー一匹じゃ野生ポケモンに襲われたらひとたまりもない。お嬢さんの親は街か? オレさまが送ってやるよ」
 名前を呼ばれ、メレシーがイーブイのように大きな耳をぱたりと動かす。一瞬、つぶらな瞳が鋭い眼孔に変わったように見えたが瞬きすると可愛らしい目に戻っていた。
 幼い顔立ちのその観光客は困ったように眉を寄せ、人差し指を立てるとたどたどしい口調で「すみません、もう一度」と言った。一目見てこっちの人間じゃないのは分かってたのに、ついいつもの調子で喋りかけていたオレは「悪かったな」と詫びて、今度はゆっくりと、易しい言葉で話しかける。
「お嬢さん、ここは危ないから、街まで送ってやるよ」
 今度は無事に伝わったらしい。彼女はうんうんと頷き、けれど眉をひそめ、メレシーを見、首を振って「結構です」とオレの親切心を跳ね除けた。
「わたしには、行きたい場所があります。それから…、わたしは子供じゃありません。お酒が飲める大人です」
 ツンと唇を尖らせる様子はどう見ても子供だった。でも出身が違えば容姿にも差があるのは知っている。例えばエンジンジムのカブさんは、今のオレぐらいの年齢の写真がどう見ても少年だった。ホウエン人は妖術でも使っているのかとダンデ達と驚いたのを覚えている。そういえばこの観光客、どこかカブさんと似ている気がする。ホウエンから来たんだろうか。
「――――――」
 オレには理解できない言葉で何か呟いた彼女は、最後にガラルの言葉で「失礼します」とぺこりと頭を下げると、メレシーを引き連れて歩き出した。おいおいおい、危ないって言ってるのにどうして話を聞かないんだ。慌てて腕を掴む。あからさまに嫌そうな顔をされたがこの観光客に何かあったらこちらの夢見が悪くなる。
「メレシーは強いです。だから…、わたしはひとりで行けます」
 幼い顔に加えてたどたどしい言葉、キッと睨んでくる瞳は生まれたてのワンパチの方が迫力がある。メレシーの強さは分からないものの、そもそもの話、観光客かどうか関係なく今どき紙の地図広げてるヤツがひとりでワイルドエリアをうろつくのが危なすぎる。もし何かあった時この観光客は助けを求めたり、せめてガアタクを呼べるんだろうか。無理だろう、スマホロトムなんか持ってそうに見えない。
「本当に、ひとりで行けます。手を離れ…離してください」
「断る」
「どうして……あっ、もしかして、ナンパですか?」
 不審そうな瞳がオレに向けられた。そんな訳ないだろうと言い返そうとして、でもその瞳がそれほど怯えたり警戒していない事に気が付いた。こいつ、本気で嫌がってる訳じゃないな。ま、オレさまみたいなイケてる男に、理由は何であれ声を掛けられて嫌な気はしないもんな。後ろのメレシーはさっきからずっと厳しい顔をしてるが今日は時間もあるし、仕方ない、この観光客をエスコートしてやるか。それに、このお嬢さんの瞳の色がどっかの方向音痴野郎とそっくりで、少し、いやかなり心配になっている。だって地図を見てた時のあの表情、絶対こいつも何も分かっていない。ひとりで歩かせたら危険だ。
 期待しているようにも見える瞳をじっと見つめ返して、コホンとひとつ咳払いをすると彼女のお望みどおり誘い文句を口にした。
「シトリンの瞳が見たいもの、このオレさまが案内してやるよ」
 オレ的にはそれなりに決まった言葉は、何故か大きな衝撃を与えたらしい。驚いた顔がオレからメレシーに向いて何かを呟いて、楽しそうに笑ったかと思うとオレの方に手を差し出してきた。
「わたし、{{kanaName}}です。よろしくお願いします」
「オレさまはキバナ、よろしくな。それで{{kanaName}}、どこに行こうとしてたんだ?」
 {{kanaName}}はオレの名前に特別反応をするでもなくうんうん頷いて、手にしていた地図を開くと「ここ」と綺麗にネイルされた指でとある場所を指した。
「また随分変な所に行きたがるのな……」
 {{kanaName}}の目的地は逆鱗の湖だった。

***

 幸運なことに、今日のワイルドエリアはどこも良い天気だ。オレは周囲に気を配りながら安全な場所を選んで{{kanaName}}を案内する。オレを警戒していた時の敵意は何処へやら、{{kanaName}}はすっかり安心しきって素直にオレの後ろを歩いている。あまりにも不用心すぎる。そもそもなんで一人でこんな所にいたんだ。持ってるポケモンもメレシーだけのようだし、危なっかしいやつだ。
 と、ため息を吐いて後ろを振り返ると、その姿が見当たらない。瞳の色だけじゃなくて勝手に動き回るのもアイツと同じなのかよ、オレは半分焦って半分呆れて彼女を探した。後ろの方で立ち止まっていた。急いで駆け寄り離れたら危ないと声を掛けようとして、
「あっ、それ! ポケナビだろ!」
 スマホロトムとはまた違う、ホウエンで主流の携帯端末に思わず叫んでいた。
「オレさま実物見るの初めてなんだよな、へぇ、これはこれで使いやすそうなんだな」
 うっかり興奮したオレをポカンと見つめていた{{kanaName}}が「見ますか?」と声を掛けてきて、オレは本来言おうとしていた言葉を思い出す。そうだった、ポケナビに喜んでる場合じゃない。オレに声も掛けずいきなり立ち止まってポケナビなんかを弄ってた事を注意しないと、だ。
「ったく、オレさまひとりで逆鱗の湖に行っちまうとこだったんだぜ、何かしたいなら言ってくれよ」
 いつもの調子で喋ったら{{kanaName}}が眉を寄せて困り果てた顔になったから、二度目はゆっくり簡単な言葉で言い直すと「ごめんなさい」と頭を下げられた。頼むからその素直な態度で着いてきてくれ。
「で、それで何してたんだ?」
「友人から、どこにいるって尋ねられて…先に行くって、返事、しました」
 今度はオレが眉を寄せる番だった。反射的に「男?」と聞き返しそうになって、すんでのところで口を噤んだ。聞いても聞かなくてもややこしい事になる可能性があるなら、聞かない方がいい。その代わり、
「なんで逆鱗の湖に行きたいんだ?」
 行き先を聞いた時から聞きたかった疑問を投げ掛けた。
 {{kanaName}}は少し考え込んで、あーとかうーとか唸って、ひとつの言葉を返した。
「進化の石」
 そういえば、逆鱗の湖にはポケモンの巣を囲うように大きな岩が立ち並んでいて、その石の周りには進化の石がよく落ちている。なんでも、あの岩が特殊な成分で出来ていて進化の石が生成されやすいとか何とか。オレは興味ないけどそういうのが好きなやつには堪らない場所らしい。なるほど、{{kanaName}}もその手のものに興味があるのか。
 {{kanaName}}がポケナビをカバンに仕舞ったのを確認して今度はちゃんと視界に収めて逆鱗の湖を目指した。

***

――どうなってるんだ?
 オレはフライゴンにもたれながら{{kanaName}}を眺めていた。来たいと言っていたくせにどうにも喜んでるようには見えない。連れているメレシーに何か話しているけど、それだけだ。本当に此処に来たかったのか?
「あの、キバナさ……あっ」
 オレを振り返った{{kanaName}}の視線が空へと向いた。釣られて顔を上げたら何かが空で瞬いた。何だ、と目を細めたが太陽を背にしたそれは眩しい日光に包まれ見えなくなる。一瞬目を瞑った次の瞬間、風を切る音と共に黒い影がこっちへ落ちて来た。この丘へ渡るためにオレ達を乗せ、今はオレの後ろで控えているフライゴンが瞬時に戦闘態勢に入る。
「――――!」
 {{kanaName}}が大声で何か叫んでいる。黒い塊がポケモンを形取る。それは、エアームドだった。目を見張るほど丁寧に磨かれた体は陽光を反射して星みたいに光っている。思わず感心してたらその背中から人が降りた。男だ。一瞬で悟る。こいつ、{{kanaName}}の友人だ。
「ボクの連れが世話になったね」
 男は向こうの言葉、おそらくホウエンの言葉で{{kanaName}}へ何かを言ってメレシーを撫で、そしてにこやかな笑顔を浮かべてオレへ語り掛けた。{{kanaName}}と違って淀みなくこっちの言葉を話す。けれど{{kanaName}}よりも随分と距離を感じる。
「こんな所まで連れて来てもらったんだ。彼女に代わって何かお礼をさせてほしい」
「いやいや、そんな大した事してないから」
「そうかい? ならお言葉に甘えさせてもらうよ」
 にこにこしてる癖にひりつくような敵意をひしひしと男から感じた。ここはさっさと撤退するに限る。少しの期待もなかった訳じゃないから残念ではあったが、負けが確定している勝負に出る気にはなれない。
「じゃあオレさまはこの辺りで。ガラルを楽しんでくれよな」
 エアームドに興奮するフライゴンを宥めて背中に跨ると、少し離れた場所の{{kanaName}}へと手を振った。そのまま空へと飛び上がろうとしたその時、{{kanaName}}が叫ぶ。
「ありがとう、とても楽しかった!」
 満面の笑みだった。つられて頬を緩ませたら鋭い針のような視線がオレを睨むからファンサービス用の笑顔に押しとどめた。あーあ、もう少し良い思いが出来ると思ったのにな。まさかあんな厄介そうな男連れてるとは思いもしなかったぜ。やっぱりあの時連れの性別は確認しておけばよかったな。
 そんな事を考えるオレはすでに二人からうんと離れた上空へと飛び上がっていたから、男が{{kanaName}}に不満を隠しもせずにぶつけているのも、それに対して{{kanaName}}がどう答えているのかも聞くことは出来なかった。もしそれが聞こえていたら、オレはオレの言動を少しだけ改めたかもしれない。

***

「ボクがすぐに来れて、彼も良い人だったからよかったものの、もし彼が危険な人物だったら今頃どうなっていたか分からないよ。第一、ここはボクと回るはずだっただろう?」
 ダイゴさんは笑顔だったけれど言葉の節々に鋭いトゲがあってチクチクした。仕事が長引いてるダイゴさんのためにあなたが行きたい場所を下見してた、なんて言い分は通りそうにない剣幕だ。隣でメレシーがわたしを庇うように鳴いているけれど、ダイゴさんはそれにも取り合う気はないようで。
「ねえ{{kanaName}}、なぜあの男と一緒に行動してたんだい?」
 怒るというより拗ねた顔だった。キバナさんは背も高くてかっこよくて、それはもう女性にモテそうな男性だ。でもダイゴさんなら、わたしの一番は常にダイゴさんだってことは分かっているはず。なのにそれでも拗ねた顔をしている。ここは正直に言わないと許してもらえなさそうだ。けれど、理由を話すのは少し恥ずかしい。だって、だって決め手になった一言は。
「きみの…、{{kanaName}}のシトリンのような瞳に写る男はボクだけじゃダメなのかい?」
 何かにつけてわたしを宝石で喩えるダイゴさんが好んで口にするのがシトリンで。もしあの時キバナさんがその名を口にしなかったらダイゴさんから借りたこのメレシーで追い払うつもりだった。ナンパだって撃退出来たよってダイゴさんに褒めてもらうつもりだった。
 つまり、わたしがキバナさんの誘いに乗ったのは実はダイゴさんが原因なんだけど、そんな事言ったらきっとダイゴさんはもっと拗ねてしまう。
「……ごめんなさい、ちょっと浮かれてて」
 だからこれは、メレシーとわたしだけの秘密、ダイゴさんには教えてあげない。