用意した〝お菓子〟のために夢主に仮想をお願いするダイゴ
「はい、どうぞ」 ころん、と手の中に落とされたのはあかいポロックだった。 *** 仮装してくれるならポケモンがいいな――数週間前、何の話がきっかけだったかハロウィンの話になった時にダイゴさんがお願いをしてきた。特に仮装する予定もなかったけれど、お願いされたら期待に応えたくなるわけで。どうしてそんな事を言うのか気にはなったけれど、いいよと返した。 「{{kanaName}}ちゃんの可愛いポケモン姿、楽しみにしてるよ」 そう言って、期待を込めた瞳で微笑まれたから、その時はたまに見せる我がままだろうと深くは考えなかった。ポケウッド顔負けのゾンビをお願いされたならまだしも、注文はポケモンの仮装とだけ。特別難しいことは何も頼まれていない。だからその時は特に理由を問い質しはしなかった。 そしてハロウィン当日、わたしはエネコの耳がついたパーカーを羽織ってダイゴさんの家へと遊びに行った。玄関ドアの前で深呼吸してフードを被り、腰に付けたしっぽチャームも気づいてもらえるように前に垂らす。準備が出来たらチャイムを鳴らしてダイゴさんが出迎えてくれるのを待った。 まだかな、とスカートの裾の皺を伸ばしていたらガチャリと鍵を開ける音がしてダイゴさんが現れた。スカートから顔を上げると「いらっしゃい」と微笑まれて。いつもの事なのに、今日もまたどくんと心臓が飛び跳ねた。 ダイゴさんは笑顔のまま、わたしの仮装に目を向ける。その視線はたしかにフードのエネコ耳を捉え、きらりと瞳を輝かせて笑顔になった。仮装と呼ぶには物足りない格好じゃないかと少し不安だったけれど、ダイゴさんの笑顔にほっと胸を撫で下ろした。 「しっぽも付いてるんだね」 家の中へ通されいつものように椅子代わりのベッドへ腰掛けたら、隣にぴったりと座ったダイゴさんにしっぽチャームを摘まれた。可愛いでしょうと言おうとして、ぐにぐにとしっぽを握るダイゴさんの手つきにドキリとしてしまって思わず顔を背けてしまった。スクィーズ仕様のしっぽは感触が面白いからついわたしも握って遊んでしまう。ダイゴさんが今弄っているのもきっと同じ理由。そう分かっていても、指の一本一本にゆっくりと力を込めて握っては離したり、指の腹をぐっとしっぽに押し付ける様子は見てはいけないものを見ているような感覚があった。 ダイゴさんはしっぽを握ったまま、今度はフードに付いた耳へと注目する。たっぷり綿の入った耳はピンと立ち上がっていて、フードを被るだけで簡単にエネコの仮装が出来た。そんなエネコの耳へダイゴさんは手を伸ばし、しっぽにしたように手の平全体を使って握ったり指の先で摘んだりと丁寧に触っていく。 それがなぜか面白くなくて「ダイゴさん、」と名前を呼んでみるけれど、こちらを真っ直ぐに見つめるスカイブルーに何と言葉を続けるのが正しいか分からなくて、わたしはまた顔を伏せてしまった。 「どうしたんだい、{{kanaName}}ちゃん。いつもと違って借りてきたエネコみたいに大人しくなってるよ。それとも、仮装してる間はエネコになっちゃうのかな?」 伏せた顔を覗き込んで、ダイゴさんがわたしの視界へ入り込んでくる。その目はらんらんと輝いていて、中途半端な仮装のわたしなんかよりもダイゴさんの方がエネコみたいで。どこまでも追い掛けて来そうな力強い眼差しに、心臓はドキドキとうるさくなって頬もチークがいらなくなるほど赤くなっていく。 ダイゴさんがゆっくりと顔を近づけてくる。次に何をされるか分かったわたしは数秒後の甘い期待にぎゅっと目を閉じた。けれどわたしを待っていたのは柔らかな感触ではなく、ふっと吹き出された笑い声だった。 「まだ駄目だよ。まだ何もしてないじゃないか」 少し遠のいた声にぱちりと目を開けると、ダイゴさんは寄せていた体を起こしていて。すっかり期待した自分が恥ずかしくて咄嗟にフードをぐいと引っ張って顔を隠したら、ふふっ、と小さな笑い声が聞こえた。 「ほら、言ってごらんよ?」 促されて言うものでもないし何だか癪ではあったけれど、用意をしているらしいダイゴさんの楽しそうな姿には勝てなくて。フードを上げて顔を出すとハロウィンの合言葉を口にした。 「トリックオア、トリート……?」 何が待っているんだろう、少し身構えて待っていたら、 「はい、どうぞ」 ころん、と手の中に落とされたのはあかいポロックだった。 なるほど、だからポケモンの仮装をお願いしたんだ。妙な納得と、同時にわざわざ前もってお願いしたのにたったこれだけなの、とちょっぴり不満を感じてダイゴさんへ鋭い視線を向ける。もっと可愛らしいお菓子だったり滅多に食べれないものだと思っていたから期待外れもいいところだ。 ダイゴさんは何も言わずにこにこ笑っているだけだった。きっとわたしが食べるまでそのままで、嫌だと言っても知らんぷりしそうな雰囲気だった。わたしはポロックをつまみ上げると覚悟を決めて口の中へ放り込んだ。 あかいポロックは辛い木の実が主原料だ。だから今口の中で溶けるように消えてゆくポロックも辛い。ただしひたすら辛いだけの旨味を放棄した味ではなく、沢山のスパイスが入ったちゃんと美味しい辛味だった。そのスパイスのお陰か、食べたばかりなのに体がポカポカと暖まっていく。もう二、三個食べたら汗まで出そうだ。 「どう?」 次に手のひらへ落とされたももいろポロックはたっぷりと甘い蜜が使われていて、それでいてしつこい甘さではなく不思議と何個も食べれそうだった。心配そうに聞いてくるダイゴさんは食べてないのだろうか、わたしは「美味しいよ」ともう一つ渡されたももいろポロックをダイゴさんの口へ押し付けた。あまいポロックにダイゴさんの少し険しい顔が穏やかになる。 「最初のはどんな感じだい?」 味の感想を聞くにしては変な質問だった。何て答えたらいいか分からず唸っていたら、ダイゴさんが突然わたしの頬に手を添えてもう一度「今どんな気分?」とうっすら微笑んだ。 ダイゴさんが触れた頬は熱くなって、見つめる瞳に鼓動が大きくなる。おまけに最初に食べたあかいポロックのせいで体がいつもよりうんと火照って吐く息も熱い。そんな状況でどんな気分と聞かれても、なんて答えるのが正解なんだろう。 「熱があるみたいに体が熱くなってるね」 それはポロックのせいだった。ダイゴさんに触れられたのも原因ではあったけど、あのスパイスがよく効いてるみたいですっかり全身が熱っぽい。 「ねえ{{kanaName}}ちゃん、この辺りドキドキしない?」 ダイゴさんの空いた方の手が伸びてきて、その人差し指がへその下辺りをくるりとひと撫でした。くすぐったいのとは違う、一瞬頭を真っ白にするような甘い痺れに予想外の声が漏れた。いつの間にそんなに期待していたんだろう。恥ずかしくて顔を背けたら予想外の言葉がダイゴさんの口から紡がれた。 「念の為もう一つ食べておこうか」 えっ、と思わず顔を上げたらあかいポロックが唇へ押し付けられた。食べない方がいい、頭の隅では分かっているのに、ぐいぐいと押し付けられ無理やり唇を割って侵入してくるポロックと指を拒めない。 舌の上でポロックのような〝何か〟が溶けていく。舌が辛味を感じ取ってピリピリする。スパイスが体を暖める。そして、体の芯が疼いてくる。 「ふふ、今の{{kanaName}}ちゃんの顔、エネコっていうより――」 耳元に寄せられた唇が吐息混じりの言葉を吐く。ぞくり、背筋が震え、ぎゅっと閉じた瞼の内側で星がちかちかと瞬くような感覚に襲われる。 「ほら、可愛い声で鳴いてごらん?」 お菓子を貰ったり悪戯するのはわたしの方なのに。かろうじて踏みとどまっていた理性はしかし、わたしの体があっけなくベッドへ縫い付けられたようにダイゴさんの爛々と光る瞳の前では勝ち目がなかった。