吐く息は白く熱を帯びて

雪の日にダイゴとデートの待ち合わせをするも少し遅れてしまう夢主

 朝の情報番組のお天気コーナーで、今日は一段と冷え込むので防寒対策はしっかりしましょうと天気予報士のお兄さんが言っていた。更に場合によっては雪も降るでしょう、と嬉しいようなそうでないような事も言っていて、それを思い出して窓を見やれば窓の外にちらちらと何かが見えた。わたしはデスクから立ち上がって窓の方へ近寄る。
 鏡のようにわたしの姿を映す窓ガラスには、一日の疲れですっかりくたびれた女が映っている。はあ、とため息を吐いて窓の外を覗いた。見間違いではなかった。雪が降っている。もう一つ、ため息が零れる。
 その時だった。ふと下げた視線が思いがけない人物を捉えてしまう。道路を渡った向こう側、交差点から少し離れた場所にいつものスーツの上に暖かそうなコートを着込んだダイゴさんが立っていた。
 慌ててデスクに戻ると書類に埋もれたポケナビを引っ張り出してメッセージを確認する。ちょうどメッセージが届いて大きく表示される。相手は勿論ダイゴさんで、内容は簡潔に『待ってる』の一言だけ。わたしは急いでデスクを片付けパソコンの電源を落とした。残業を終わらせてのんびり窓を見ている場合じゃなかった。
 定時で仕事が終わらなかったわたしが申し訳ない思いでダイゴさんにメッセージを送ったのは一時間ほど前の事だった。一時間で終わらせるから、そう送っていた。いつの間にか、一時間経っていた。
 本当ならもっと手際よく仕事を済ませてメイクも直して、ダイゴさんが待ち合わせ場所に来るのを待つ予定だった。けれど現実は夢を見させてくれない。コートのボタンすらエレベーターの中でどうにか留めるのに精一杯、最低限の身嗜みしか整えられていない。
 バタバタとビルを出ると粉雪がわたしを出迎えた。予報通り、夜もしっかり寒くてぶるりと体が震える。信号の向こう側で待っているダイゴさんは平然としているようだけど、たった数分とはいえこんな寒い場所で待たせてしまった。
 早く、早く変わってよ。車の通らない隙に渡ってしまいたい。でもそんな事が出来るほど交通量は少なくはなく、またダイゴさんの見てる前で信号無視も出来ない。肌を刺すような寒さと信号の待ち時間の焦れったさに腕を何度も強くさすった。
 信号がやっと青に変わる。ぞろぞろと歩き出す人波を掻き分けてダイゴさんの元へと駆け寄る。わたしをじっと見つめていたアイスブルーがゆるりと微笑んだ。冷たさを感じる氷のような青はしかし暖かさを湛えていて、寒さでほんのり赤くなった頬に別の赤みが加わる。どくんと心臓が鳴って体温がすこし上昇していく。
「待たせてごめ――」
「お疲れ様、ボクも今来たところだよ」
 ダイゴさんの手が頬へ伸びてきて、走ったせいで顔に掛かっていた髪をそっと払った。皮の手袋が頬を掠める。寒さから守ってくれる手袋は、雪の日らしくひどく冷たかった。でもきっとそれに包まれたダイゴさんの指はしっかり暖かいのだろう。ほっとして、同時にその熱はまだお預けだと思うと少し残念だった。
「えっと…、そ、それ、何飲んでるの」
 そんな心の内を見つめる瞳に見透かされた気がして、慌てて視線を逸らしたらダイゴさんの右手にカフェタンブラーを見つけた。特徴的なロゴマークは有名カフェのもので、デボン本社近くにあるのをわたしは事ある度に羨ましがっていた。この辺りには別のカフェしかないから。
「ただのコーヒーだけど、良かったら飲むかい?」
 わたしの指先は暖を求めていた。天気予報に従って用意した手袋は鞄の奥、一刻も早くダイゴさんの元へ行くのを優先して後回しになっていた。だからカイロ代わりに、とコーヒーを受け取る。
「……あっ、」
 半分ほど中身の減ったタンブラーは、今来たばかりと言ったダイゴさんの持っていたタンブラーは、指先を温めるにはひどく頼りなかった。
 すっかり冷めきったコーヒーへ落としていた視線を、目の前でにこやかに笑う恋人へと戻す。
 いつから此処に。ごめんなさい。もっと早くに終わらせたら。ごめんなさい。いくつかの言葉が喉まで込み上げ、けれどどれも言葉にならなかった。何を言おうとしてもさっきの様に最後まで言わせてくれない。それに求められている言葉はそれじゃない。
「ダイゴさん、」
 わたしを待った分だけ冷たくなった手袋に指を絡める。
「……好き、です」
 雪華よりも美しく煌めくアイスブルーの瞳が大きく見開かれ、わたしを瞳に閉じ込め、ふわりと微笑む。ボクもだよ、そう言ってぎゅっと力の込められた繋いだ手からはじわりと熱が伝わってきた。