最近引き取ったガバイトがやんちゃすぎて大問題が発生している夢主と、問答無用で乗り込んで解決するダイゴ
『へぇ…、じゃあ今から見に行くよ』 いつものように電話をしていたはずだった。ところがダイゴはわたしが返事をする前に電話を切ってしまった。慌てて掛け直す。けれど既にポケットに仕舞われたであろうポケナビの音は電話の相手には届かない。もしかしたら煩わしい着信を知らん振りする為にミュートにしているのかもしれない。 理由は何であれ、事実は変わらない。ダイゴはわたしの都合を確認する前に電話を切り、風のように速く飛ぶエアームドに乗ってわたしの家へとやって来る。それはもう変えられない未来で、直面している大問題だった。 これは非常にまずい。留守電にすらならない電話を切って頭を抱える。こんな事になった原因に重たいため息を吐いた。つい一週間ほど前の出来事だ。 シンオウのいとこからとあるポケモンを譲られた。今でこそシンオウに生息しているけれど暖かい気候を好むポケモンらしく、育ててみたらどうだと半ば無理やり押し付けられたポケモンは名前をガバイトと言って、素人には扱いの難しいドラゴンポケモンだった。 右も左も分からないままガバイトを迎える準備をして、リビングの一角には巣穴代わりのポケモン用かまくらを用意もした。ポケモンフーズもドラゴンポケモン用を買って、鋭い爪でも簡単には壊れないおもちゃもいくつか揃えてみた。 そうして迎えたガバイトは無事にかまくらを寝床と認め、食事も満足してくれて、おもちゃはあっという間にズタズタになるほど喜んでくれた。緊張の糸が緩み、ほっとしたのを覚えている。 けれど問題はそこからだった。 今ガバイトはかまくらの中に篭っている。まだ充分に懐いていないせいか、或いはわたしのトレーナーとしての実力が低いせいか、もしくはガバイトの性質か、少しでもかまくらを覗くと激しく威嚇をしてわたしを追い払う。わたしは彼の寝床に用があるのに、まったく近付けない。ダイゴが今にもやって来てチャイムを鳴らすというのに、問題解決の糸口が一切見付からない。 こうなれば、とモンスターボールを掴んでゆっくりと寝床に近づく。ダイゴが滞在している間だけでも誤魔化せればいい。無理やりボールに戻して、その間に寝床を漁ってしまおう。その後の事を考えると地獄でしかないけれど背に腹はかえられない。覚悟を決めてボールを構えた。 けれどその瞬間、チャイムの音が室内に響き渡る。パッと明るくなったインターホンの画面には果たしてダイゴが映っていた。カメラに向かってひらひらと手を振っている。少し画質の悪いモニターでも彼がにっこり笑っているのがよく分かった。 先にダイゴに返事をしてからガバイトをボールに戻そうか――一瞬、悩んでしまった。次の瞬間、背後から殺気を感じて振り返る。わたしの接近に気付いたガバイトが寝床から鋭い視線で睨んでいた。ボールを投げる隙は、もうどこにもない。諦めるしかなかった。 ダイゴを部屋に通すと、彼は「夜遅いのに悪かったね」と本心で詫びてるのかよく分からない笑顔を向けた。アクアマリンのように澄んだ青は時間も場所も関係なく綺麗で美しくて思わず言葉に詰まってしまう。ダイゴはわたしがその瞳に弱いのをよくよく分かっていて、まっすぐにわたしを見つめてくる。 「そこにいるのが、新しいポケモンなんだね」 リビングに入るなり目敏く寝床を見つけたダイゴの声が踊る。ガバイトは進化するとあのシンオウチャンピオンも使うガブリアスになる。ダイゴにとってそのポケモンはおそらく馴染みあるポケモンで、だからガバイトも特別珍しくはないはずだった。それでも光を受けたダイヤモンドみたいに瞳を輝かせている。嬉しそうに、楽しそうに笑っている。 「ガバイトは洞窟に棲んでいるから明るいリビングよりそこが好きなのかな」 ゆっくりと距離を詰めながらダイゴが呟く。寝床の中のガバイトはダイゴに対しても相変わらず険しい瞳を向けている。でもダイゴは一切気にしないようで、どんどんと寝床へ近付き、そして、 「おっと!」 突然飛び出したガバイトをさらりと避けた。 「あぁ…、なるほどね」 ダイゴはガバイトと目を合わせながら何かに納得したように頷く。初撃をあっけなく避けられたガバイトは怒った顔でダイゴとついでにわたしを睨んでくる。思わずダイゴの背中に隠れると「“おや”が怖がっちゃだめだよ」少しピリリとした声で注意されてしまった。 「残念だけどこれはあげられないんだ」 ダイゴの左手が胸元のラペルピンを触る。見知らぬ訪問者に警戒していたガバイトが、それでも飛び出した理由の七色に光るメガラペルピンを。 ガバイトには光り輝くものを好む習性があり、彼が目を付けたのがダイゴのメガラペルピンだった。そしてこのガバイトは一度欲しいと決めたら何が何でも手に入れようと実力行使に出る性格だ。とても困った事になってしまった。 ガバイトがダイゴを睨み付ける。ダイゴも、睨みこそしないけれどじっとガバイトを見ていた。二人はどちらも動かず、けれど突然、ガバイトがふいと視線を逸らして寝床へと戻っていく。暴れん坊のガバイトでもダイゴの実力が分かったようだ。ほっと胸をなで下ろす。 「ごめんね。でも代わりに何かあげるよ。どれを気に入ってくれるか、な…………」 微笑むダイゴがリビングのドア近くに置きっぱなしになったカバンへと振り返り、そうしてある一点を凝視した。それは少し前に取り付けた飾り棚で、今は見る影もないけれど一週間前までは綺麗に原石を並べてあった。 「石が、減ってるね」 ぐちゃぐちゃになった石はどれもダイゴから贈られたもので、たしかに彼の言う通り石の数は少なくなっていた。不思議そうにわたしへ向いた視線から逃げるように顔を背ける。 こんなに早く気付くなんて流石に想定外だった。綺麗に並べていたならまだしも、この惨状でもすぐに分かってしまうなんて、ダイゴの相当な石好きっぷりに思わず感心してしまう。 けれどすぐに現実に戻ってどう言い訳すべきか必死で考える。あの時一瞬でも気を抜いてしまった事が今さら悔しくなってくる。躊躇わずにボールを投げていればガバイトの寝床から原石を救出できたのに。 「あぁ…、えっと、…すっ、少し前に落としちゃって、それで…、そう、まだ戻してないの」 ダイゴがじっとわたしを見つめる。ガバイトに奪われた青い石が同じような色だったのを思い出す。白に近い青は瞳の奥まで透き通っていて、バレバレの嘘は言うまでもなく見抜かれている。その瞳がわたしに問い掛ける、今の言葉に嘘偽りはないのか、と。 「ほんとうは、ガバイトが、取っちゃって……」 ちらりと彼の寝床を見やる。あの中にはガバイトお気に入りの光り物が蓄えられている。棚からなくなった原石も、もちろんあの中だ。 「ごっ、ごめんなさい!」 誤魔化せないと悟ったわたしは大きく頭を下げた。貰った石をどうするかはわたしの自由ではあるけれど、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。わたしがもっとガバイトの扱いに長けていれば防げた事故で、わたしがガバイトにちゃんと力関係を示せていれば解決していた事件なのだ。悔しさと不甲斐なさも重くのしかかる。 「ガバイトにも気に入って貰えたんだ、それは嬉しい事だよ。別に謝る必要なんてないさ。でも、そうだな、飾る場所は考えた方がいいかもしれないね」 ふむ、と顎に手を当てダイゴがしばらく考え込む。そして浮かんだ妙案にひとり頷くとカバンを開いた。 リーグで仕事を終えてここに直行したはずの彼のカバンから、仕切りでいくつも部屋のできた標本ケースが取り出される。何でそんな物を持ち歩いているかはまたの機会に聞くとして、今は何をするのかじっと見守る。 中に詰まっていた石がひょいとつまみ上げられ、そのままカバンの中へと押し込まれていく。そうしてあっという間に空になった標本ケースを持ってダイゴが飾り棚へと動く。ひょいとつまみ上げられた原石がケースの中に吸い込まれていく。 「とりあえずにはなるけれど、これでどうかな」 ぐちゃぐちゃになっていた原石が、ケースの中に収まっていた。ぽんぽんと手際よく片付けていたからてっきり適当に詰めたと思ったら、色合いに合わせて綺麗に並べられている。流石だなと感心していたらダイゴがわたしの顔を覗き込んでくる。 「こうやって並んでいると、もっと色んな石が欲しくならないかい?」 顎を引いて唇で緩い弧を描いてダイゴが笑う。ガバイトに石を取られた事なんてどうでも良くなるほど爽やかでわたしの大好きな笑顔だ。 綺麗な石なら、そう返すとダイゴがにっこりと笑みを深めた。寝床のガバイトだけが不機嫌そうに鼻を鳴らした。