※スクールに通う夢主と付き合ってるダイゴ ダイゴの家へ遊びに行く
約束の時間3分前、ドキドキと不安の混ざった心でチャイムを鳴らす。深呼吸をしながら待っていると家の中から返事が聞こえ、ガチャリと鍵が開く音がした。その音に息が止まりそうになるのを必死に堪えて「ようこそ」とわたしを笑顔で出迎えるダイゴさんにめいっぱいの笑みを返した。 「おじゃま、しまぁす」 ダイゴさんの家に行くのはこれが三度目で、けれどまだたったの三回。ゆっくりしてねと優しく言われても緊張が解けるはずもなく、いつもより浅くなる呼吸とうるさく拍動する心臓に今にも逃げ出したくなってしまう。 今日は見たい映画があるからとわたしからお願いをして家に呼んでもらった。それは去年大ヒットしたアクション映画で、主人公の相棒であるルカリオ今でもテレビで度々見かけるほど人気が出ている。 座ってて、と促されソファの端に腰を落とす。最近少し太ったからこういう深く沈みこんでしまうソファは本当に気が抜けない。 ダイゴさんを待つ間にポケナビを確認する。特に用はないけれど何かしていないと落ち着かない。目に留まった友達からのメッセージを確認すると、明日の小テストの範囲を教えてとメッセージが入っていた。そういえば今日はそのテスト勉強をしなきゃいけないんだった。でもダイゴさんが今日なら空いてるって言うんだもん、わたしは迷わずテストを捨てた。もちろん、家に帰ったらそれなりに勉強はするけれど。 「もっとこっちにおいでよ」 両手に持ったマグカップをテーブルに置き、ソファに座ったダイゴさんがくすりと笑う。突然声を掛けられたものだから驚いてポケナビが跳ねる。わたしとダイゴさんのちょうど真ん中に落ちたそれをダイゴさんが手に取り画面に目を落とした。 「明日のテスト、{{kanaName}}ちゃんは準備してるのかい」 「だっ、大丈夫」 こういう会話はあまり好きじゃなかった。ダイゴさんにスクールのことを聞かれる度にわたしはまだ子どもだと気が付かされるから。わたしだってもうすぐ大人だよ、言いたくても言えない言葉が魚の骨のように喉にちくちくと痛みを与えてくる。 ポケナビを受け取りそろそろとダイゴさんの方へ近寄る。心臓が大きな音を立てた。この音が聞こえていたらどうしよう、今にも飛び出しそうな心臓を飲み込んでゆっくりと距離を縮める。 これ以上寄ると体が当たるから、と少しだけ空白を残して移動を止める。その僅かな距離を詰めるだけの勇気はまだない。なのにダイゴさんはそんなわたしにお構いなしに体を寄せてきて。そして何事もなかったように笑いかけてくる。それだけならまだ何とか耐えれたのに、ダイゴさんはわたしの手の甲をそっと撫でて指を絡めて「緊張してるのかな」なんて顔を覗き込んできた。緊張するに決まってるじゃない、だってわたしはこんなにも、こんなにもダイゴさんのことを好きなんだから。 今日のダイゴさんはいつものスーツではなくてリネンシャツにグレーのカーディガンを羽織っている。雰囲気はいつもとそこまで変わらないはずなのに、そのちょっとした違いだけでわたしの心は掻き乱される。クラスの男子が同じ格好をしてもきっとこんなにも心はときめかない。 「今日の服、」 何か言いたげな目がわたしに向けられる。そう、服装が違うのはダイゴさんだけではなかった。わたしも少し頑張っていた。 今日みたいな平日は制服のまま会うことが殆どだったけれど、今日はスクールに着替えを持って行って此処へ来る前に着替えていた。荷物が一つ増えたけれど、それでダイゴさんの気を引けるならちっとも重くない。 「へん、かな」 「そんなことないよ」 感想は聞いてみたかったけれどどんな言葉が向けられるか分からなくてつい逃げるように言葉を遮ってしまった。オフショルのニットにいつもよりずいぶん短いスカートは、軽薄だと言われてもおかしくなかった。もちろんそれらは自分の意志で選んだわけだけど、だからと言って変な誤解はしてほしくないわけで。でもそんな言い訳をすればむしろわたしの浅ましさが浮き彫りになりそうで、だから結局努力もむなしく早くこの話題を終わらせるしかなかった。 「…{{kanaName}}ちゃんの私服姿ってあまり見たことがなかったけど、こういう服装が好きなんだ」 「ちっ、違」 絡めたままだった指が離れる。それは剥き出しになっているわたしの太ももに落ち、つつ、とひと撫でする。ぞわりと背筋が震えて口から変な声が出て思わず体を引いてしまう。 「{{kanaName}}ちゃんにはまだ早いよ」 いつもの朗らかな笑顔がわたしに向けられていた。でもわたしは見てしまっていた、ダイゴさんからほんの一瞬だけ笑顔が消えていたのを。それが何を意味するのかは分からない。どくん、心臓が痛みを抱えながら大きく跳ねた。 *** 映画を一緒に見るのは、何かを一緒にするよりも手軽に長時間一緒にいられるから嫌いじゃない。肩が触れ合う距離のダイゴさんが気になって映画に集中出来ないと心配していたわたしはしかし、隣のダイゴさんのことなどすっかり忘れて映画に見入っていた。あんまりにも話題になったせいで変な意地を張って今まで見なかったけれど惜しい事をしていた。今さら後悔する。そういえばダイゴさんは何も言わなかったけれどこの映画は見たことがあったのかな。ちら、と出来るだけ顔を動かさないようにして横顔に視線を向ける。ダイゴさんの視線は私と違って真っ直ぐに映画に向けられていた。本当に何をしても絵になる人、こんな人の隣にいるなんて夢みたい。勇気を出してその肩に寄りかかる。幸福が胸に沁みる。 ――それって付き合ってるって言えるの? なのにクラスメイトの言葉が浮ついた心を地へと引きずり落とす。わたしはぎりりと軋む心臓を隠して映画へと意識を向ける。 ――告白したのも{{kanaName}}、デートに誘うのも{{kanaName}}、おまけに好きの一言もないんでしょ? それはダイゴさんが誘ってくれる前にわたしが声を掛けてしまうからで、それにダイゴさんはいつだってわたしに優しく接してくれる。言われなくたってダイゴさんはわたしのこと好きだよ。 ――それって何か揉めた時に自分にはその気はなかったってするためじゃない?危ないよ、その彼氏。 まさか、ダイゴさんのことを何も知らないくせになんて酷いことを言うんだろう。ダイゴさんはそんな人じゃ、ない。 ――自分でも薄々気付いてるんでしょ? 気づくって、何を。わたしがダイゴさんの暇つぶしに使われてるかもしれないって言いたいの。そんな訳がないでしょ、だって、だってダイゴさんは。 映画には主人公に好意を寄せる少女が出てくる。その子は胸に秘めた想いを大切に育てて主人公を見つめている。でも主人公は少女のことを庇護すべき存在とは認識していてもそれ以上の感情には至っていない。彼の好意は別の人に、そう、少女ではなく大人の女性へと向けられている。 (ひどい) 子どもだからまともに取り合ってくれない、大人じゃなければ選択肢にも入らない。そんなの、ひどすぎる。 結局主人公はどちらも選ぶことなく物語は結末を迎える。少女はその胸に抱いた想いを憧れと結論づけていた。そんなはずはない、確かに少女は恋をしていた。あれは紛れもなく恋であって彼に向けたそれは愛情だった。だってわたしと同じだから。わたしのこれは憧れなんかじゃない、それだけははっきりしている。 ――そんなに自信あるなら聞いてみなよ。 大丈夫、ダイゴさんはいつだって優しくてわたしを大事にしてくれている。言葉がないからって不安になることは何もない。 さあ聞くのよ、今日はそのために此処へ来たのだから。 *** いつの間にかテレビにはエンドロールが流れていた。わたしは務めて明るい調子で「面白かったね」と話しかけてみる。ダイゴさんは寄りかかったままのわたしに視線を向け「楽しかったよ」声ではそう言いながら何かに戸惑った顔を作っていたりダイゴさんがこんな風に笑顔以外を見せるなんて珍しい、もしかしてよっぽどつまらなかったのかな。えっと、こういう時はどうしたらいいんだろう。 「どうして、この映画が見たかったんだい?」 「見たことなくて、友だちに絶対見ろって薦められた、から……?」 「じゃあどんなストーリーかは知ってたのかな」 「えっ、と……ルカリオが大活躍のアクション映画ってくらいしか知らなかったけれど、」 何故かいつもより語気が強いダイゴさんはわたしのしどろもどろの答えに小さく頷いて「変なこと訊ねてごめんね」ようやく笑顔に戻った。主人公が巨悪に立ち向かう、よくあるストーリーだと思ったけれどこういうのがあまり好きじゃないのかな。だったら次は気をつけなくちゃ。次があれば、だけれど。 一度不安が住み着いた心はともすればすぐに暗くどんよりとした雲に覆われてしまう。それを必死に振り払って大きく息を吸う。タイミングなんて考えてたらいつまで経っても聞けやしない、思い立った今がその時で、きっと今じゃないともう二度と訊ねる勇気は湧き上がらない。 ぐっと伸びをして立ち上がったダイゴさんのカーディガンを掴む。見下ろすその瞳はわたしが今から投げつける言葉を聞いてどう変化するんだろう。もしも何も変わらなかったら。それだけが恐ろしい。 「わたし、」 言葉が続かない。そんなわたしをどう思ったのか「ん、聞くから言ってごらん」やわらかな笑みでわたしの言葉を待ってくれる。隣に座り直したダイゴさんはごく自然にわたしの手を包みこむ。その温もりに絆されそうになる胸に爪を立てて今度こそちゃんと聞くんだと口を開く。 「わたし、ダイゴさんのこと、好きです」 恥ずかしいからこんな風に面と向かって言うことは滅多にないけれど、わたしは自分の気持ちを押し込めておくことが苦手だから会う度にその二文字を何度も何度も吐き出していた。友達からは愛情の安売りは損するとか何とか言われたけれどわたしはそうは思わない。だってどんなに好きでも伝えないと伝わらないじゃない。 「だから、たまにでいいから、ダイゴさんから好きって言われたい、です」 言ってくれない理由なんて聞けるはずがなくて、そこには蓋をしてわたしの我がままを伝えた。何とか聞こえる声で言い切ると途端に恥ずかしさが体を支配して思わず顔を伏せる。目をぎゅっと瞑って、けれど耳だけはどんなに小さな音でも逃さないよう全神経を集中させる。さあいつでもこい、どんな返事であろうと、聞くだけは聞くから。 でも、どんなに耳を澄ましてもダイゴさんの声は聞こえない。何が起きているんだろう、薄ら目を開け重たい頭を持ち上げて、沈黙を続けるその人を見上げた。 額に手を当て、いつだって自信に満ちていた瞳はおどおどと視線を漂わせおまけに頬は真っ赤になっていた。あまりの事にぽかんと呆気に取られていると目が合った、でもすぐに視線は外される。一体何がどうなっているの。 「ダイゴ、さん……?」 「あ、あぁ、少しだけ待ってほしい」 待つって何を、思わず飛び出しかけた質問をぐっとこらえ落ち着きなく揺れるダイゴさんの視線を追いかけた。そうしたらぷいとそっぽを向かれてしまって。何から何までダイゴさんらしくない。 「なんか……、ごめんなさい」 見てはいけないものを見てしまったような、気まずさすら感じて気づけばわたしは謝っていた。何への謝罪かは分からないし、きっとこれは謝ってはいけないものだったけれど。 「あのね、」 ダイゴさんはわたしの両肩に手を置き腹を括ったように真剣な眼差しをこちらに向けた。 「言葉にしたら、もう自分を止める自信がないから」 言うなりダイゴさんの唇が耳元に寄せられて「好きだよ」囁かれたその声はわたしの脳をぐらぐらと揺さぶって出てはいけない声が漏れる。あっ、と気づいた時にはもう既に遅くて、 「今さらボクへの気持ちが大人への憧れだったなんて言っても遅いから」 わたしの体はすっぽりとダイゴさんに包み込まれていた。 「でも、今日はここまで。これ以上は、ボクがもたない」 このまま時間が止まったらいいのに、恐る恐るダイゴさんの背中に手を回してこの一瞬をしっかりと胸に刻んだ。