短いの2本。コスプレお願いされる話とめかくしをされる話
【コスプレ】 「試したい事があるんだ」 いつもの様に見つめあってキスをして、ベッドに押し倒されると身構えた時のことだ。ダイゴくんがやけに真剣な目になった。その目は今から恋人と夜を楽しむというよりバトルで新しい戦術――それも少々自信のない戦術を試そうとする目で、珍しく頼りない顔をしている。思わずわたしも不安になって「い、痛くないなら」と返す。けれどダイゴくんはびっくりした顔で「きみに痛い思いをさせる訳がないじゃないか」と心外だと言わんばかりに眉間にしわを寄せた。 「これなんだけど、」 ベッドの下を覗き込んで取り出したのは紙袋で、バラエティ雑貨などを多く売っているお店のロゴが大きくプリントされている。押し付けられたそれの中身を見る。顔を上げダイゴくんを見る。 「ダイゴくんってこういうのが趣」 「マンネリ化は良くないって言われて押し付けられたんだ」 やや食い気味の返答に、これ以上の追求は難しそうと悟る。ただその言い分を信じるには袋の中にレシートが入っているのが非常に怪しい。けれど指摘してもダイゴくんが不機嫌になるか言い分を押し通されるだけなので今は黙っておく。 気を取り直して中身を取り出す。商品案内の紙に全身を写した女性と目が合う。ベビーピンクのナース服を着た彼女はウインクをして大きな注射器を抱えていた。 「たまにはこういう刺激があった方が良いんだって」 あくまでも誰かに言われたのだという設定を押し通すダイゴくん。実際そういう事をけしかけそうな人物が何人か思い当たるけど、もし誰かに唆されたなら身の潔白を証明しようと絶対に名前を出すはずで。それがないという事は、そういう事なんだろう。 それに、わたしはピンときていた。これ以外にもメジャーなメイドでもなく警官でもなく、ダイゴくんがナース服を選んだ理由に、大いに心当たりがあったのだ。 「じゃあボク向こう向いてるから」 そう言ってダイゴくんはくるりと背中を向け、目の前のお気に入りのコレクションを凝視し始めた。何そのつれない態度は、と思っていたら髪の間から見える耳が少し赤い。視線をダイゴくんからナース服へ落とす。今からこれを着て看病ごっこをするのかと思うとわたしの耳も赤くなった。 こんな事になるならこの前ダイゴくんが珍しく風邪を引いた時に甲斐甲斐しく看病なんてするんじゃなかった。あの時のダイゴくん、しんどい顔のくせにニコニコ笑ってたし、怠くて自分じゃ食べれないって口を開けた時もやけに頬が緩んでた。そういうのが好きなんだ。まったく、もう。 「そもそもマンネリなんてしてないのに」 だんだん恥ずかしくなって苦し紛れに放った言い分は、しかしダイゴくんにあっさりと無視をされ、わたしはいかにも安っぽくてしわだらけのナース服に袖を通すしかなかった。 【めかくし】 ダイゴが首元からしゅるりと引き抜いたアスコットタイをじっと見つめていた。ベッドに押し倒したわたしの事はそっちのけで、何か深く考え込んでいる。どうしたんだろう、ちょっと心配になって呼び掛ける。ダイゴが「ん、あぁ…」少し歯切れの悪い返事をしてわたしとタイを交互に見つめた。 「ヒトの知覚って殆どが視覚に拠るものらしいね」 ダイゴの唇が三日月よりも綺麗に弧を描く。いたずら少年のように悪い笑顔を浮かべている。深紅のアスコットタイは厚手の生地で長さも十分にある。夕食にお酒を飲んで少し頭の回転が遅くなってても、さすがにダイゴが言いたいことは分かった。だから、 「結んであげる」 先手必勝、わたしはキモリのでんこうせっかより素早く動いてアスコットタイを引っ張った。わっ、とダイゴの驚いた顔が視界の端に見える。勝った――そう思った瞬間、タイを引く手が何かに阻まれて動きを止めた。あと数センチのところでダイゴがタイを握りしめていた。そしてぐいと引っ張ると、たちまちタイはダイゴの手の中に収まってしまった。さすがチャンピオン、ちょっとばかり遅れを取ってもすぐに挽回してくる。これは非常にまずい。 「遠慮しないでいいよ。それにきみがいつも言ってるじゃないか、明かりを消してって。目隠ししたら明かりも気にならないよ」 「は、えっ、違っ、それは見られるのが恥ずかしくて…、ちょ、ちょっと待って!」 勝者の笑みを浮かべて、ダイゴがベッドに膝をつく。そのままわたしに馬乗りになると両手でピンッとタイを張ってわたしの顔へそれを近づけた。このままじゃまずい。急いで手を伸ばし、ダイゴの両手を握って、思い切り押し返した。 ダイゴには絶対にバレたくないけど、本当はほんの少し、本っ当に少しだけ、やってもいいかなと思っている。いつどこを触られるか分からないハラハラとドキドキは絶対に盛り上がる。でもいつもダイゴの思う通りに事が運ぶのが面白くない。たまにはわたしがダイゴを攻めたっていいじゃない。それでも、 「後でボクにもしていいから、ね?」 しょんぼりする子ポチエナのように健気な顔を見せられたら腕の力も抜けてしまって。アスコットタイの赤が視界に広がり、影を落とし、わたしの世界は暗闇に包まれた。『後で』なんて今まで一度も回って来た試しがないのに、今日もまたわたしはダイゴを甘やかす。