手招く幸福

聞かないようにしていた話をダイゴ本人から告げられる
お題お借りしました→icca

 普段はポケモンだバトルだとリーグに籍を置くトレーナーらしく語っているジムリーダーやサイユウの皆さんも、日の落ちた居酒屋ではやれ挑戦者がどうだあそこのスタッフが実はと、世に溢れる他愛もない会話が中心となる。
 年に数回開かれる、交流を掲げた食事会はあっという間によくある飲み会へと姿を変えていた。わたしは隣のテーブルから嫌でも聞こえてくるジムリーダー達の会話を必死で遮断しながらカナズミジムのスタッフと会話を続ける。うちのチャンピオンが石トークする為にお邪魔してすみません、いえいえツツジさんも喜んでますよ、何か変なもの押し付けられてませんか、最近は減りましたよ……何とかかんとか。
 甘みのおかげで度数の割に飲みやすい果実酒をぐびぐび飲んでいると、耳が物騒な話題を拾い上げた。これはカゲツさんの声だ。トウキさんに向かって「最近どうなんだよ」と迫っている。それだけ聞けば何の事かさっぱりだけど、悲しい事にわたしの耳は努力も虚しく彼らの会話をしっかり聞き取っていて、それが恋愛話だと気付いていた。隣の子が気付く素振りを見せる前に何か熱中できる話題を振らなければ。でも本心では聞きたくて堪らなくて、盗み聞きを誤魔化す為の話題は何とも貧相なもの――先日変わった各種申請の煩わしさ話しか出てこなかった。
 そもそも、こんな誰が聞いてるか分からない場所で好きな人やら交際事情を話す方が悪い。本当に恐ろしい。あの人達は自分の知名度をちゃんと理解しているんだろうか。わたしがここで好きな人を告白するのとは訳が違う。
「そういやあの女優とまだ続いてんのかよ」
話を振られたのはミクリさんだ。でもちょっと待って、あの女優って誰なんだ、この前の食事会ではモデルって言ってたのに。ああもう怖い怖い、このお店に芸能記者がいたらどうするの。
「ふふ、彼女とは良い友人を続けているよ。それよりカゲツこそこの前言っていた彼女とはどうなったのかな。ダイゴも随分気になっているようだよ」
「この石馬鹿が人の恋路を気にするだ? そんな訳ねえだろ、コイツを巻き込むなっての」
「そういうカゲツもダイゴくん使って逃げようとしてるくせにぃ」
 にこにこ笑うフヨウさんがカゲツさんの腹をつんつんといじる。ビール腹だぁとケラケラ笑って、カゲツさんが赤くなった頬をさらに真っ赤に染めた。あの二人はいつも仲が良くて見ているとほっこりする。
「あはは、今のカゲツはまるで炎の石みたいだね。火を近づけると強く発光するのがよく似てるよ!」
「お前…っ、そういうお前は石とトレーナー以外に興味あんのかよ。そういやどっかのお嬢様と食事だとか言ってたよな」
「あぁ、あの子……、良い子だったよ。だから」
 ガタンッ、アルコールで力加減が下手になった体は思いの外強い力で立ち上がってしまって、隣の子を少し驚かせてしまう。わたしは「ちょっとお手洗に」とへらりと笑って少しふらつく足を動かした。隣のテーブルで談笑していた彼らの視線を背中に感じたけれど、今振り返ると盗み聞きがバレてしまう。気付かない振りをしてトイレへと向かった。
 少し落ち着こう、と洗面台に両手をついた。まず今回も聞き耳を立ててしっかり聞いちゃったけれど、やっぱり盗み聞きは良くない。今日聞いたことは忘れよう。ダイゴさんが食事したお嬢様の話も気になるけど、それも忘れる努力をしよう。
 顔を上げて鏡に写る自分を見る。酷い顔だ。でも今なら酔ったせいにできる。ダイゴさんとお嬢様の話を聞かずに逃げて後悔した顔とはバレまい。
 大きく深呼吸してトイレを出るとしかし、今一番会いたくないダイゴさんと鉢合わせる。廊下は暗がりで顔色は目立たないとはいえ少し心配になる。
「もういい時間だからお開きにしよう、って。ボクらも帰ろうか」
「えっ、あっ、」
「今のきみ、フラフラしてて危ないから送ってあげるよ」
 そう言ってダイゴさんはわたしの腕を引っ張った。酔っておぼつかない両足はその勢いに負け、べちゃりとダイゴさんに激突してしまう。スーツからほんのりと彼の隣に座っていたナギさんの香水の匂いがした。いやだなぁ。
「ボクてっきりミクリはあのモデルとまだ続いてると思ってたんだよね、{{kanaName}}もそうだろう?」
「えっ?あっ、はい。女優って誰なんで……あっ!」
 はっとして口を閉じるけれど時すでに遅し。見上げた先のダイゴさんがにっと笑っている。わたしが彼らの話を聞いていたのがバレてしまった。慌てて謝ろうとすると、ダイゴさんがなぜかわたしの頭を撫でてさらに笑みを深める。
「ユレイドルがさ、他の子の手入れをしているとたまにそうやって逃げちゃうんだ。可愛いよね」
 あ、まずいかも。どくどくと煩くなった鼓動に危機感を覚えて足に力を込めて体を真っ直ぐに起こす。そして一歩ダイゴさんから離れて最低限の距離を取った。でも腕は掴まれているし、頭を撫でていた手は肩を掴んでいて、この場から離脱するのは不可能に近い。
「ねぇ、ボクの好きな人知りたくない?」
 ダイゴさんの唇が弧を描く。それはいつも見せる微笑みのようで、けれどピリピリと舌の痺れるような感覚を覚えた。
「きみにだけだよ」
 ダイゴさんが腰を屈め、顔がすぐ目の前に近づく。耳元で囁く声がして、ダイゴさんの吐息が耳朶に当たる。あっ、と思わず腰が引ける。瞬間、ダイゴさんが腕を引いて腕の中に閉じ込められた。
「――――」
 鼓膜を揺らす声に全身が熱くなる。足から力が抜けて目の前のダイゴさんにしがみついた。「ふふっ」と笑う声が降ってきて、反射的に顔を上げた。暗い廊下でもダイゴさんのアイスブルーの瞳が満足げに細められるのがよく見えた。