クリスマスにダイゴからプレゼントを貰う
キッチンでブッシュ・ド・ノエルを切り分ける。背後から様子を覗き込んでいたダイゴさんがひょいと手を伸ばして真っ赤なイチゴを摘み上げた。あっ、と振り返る。大粒のイチゴは大きく開けた口の中へと放り込まれていた。 「ボクは{{kanaName}}の手作りがよかったな」 今日の為に買ったケーキは人気のパティスリーの限定ケーキで毎年とても評判が良い。簡単で手間の少ないお菓子しか作れないわたしの手作りケーキよりも何倍も美味しい。それなのに、 「でも前に作ったシフォンケーキは見た目も味もとても良かったよ」 ダイゴさんは「作ってほしかったなあ」と背中からわたしを抱きしめ顎を肩へと乗せる。包丁を持ってるから危ないよと言っても知らんぷりだ。 「これだって、生地を焼いてクリームを塗るだけだろう?」 たしかに、工程を極端にシンプルに言うならそうなる。でも生地の準備もクリームの用意も、それから飾り付けの果物を切り揃えるのもいざやってみるととても大変で。おまけに大きなボウルをいくつも使うから後片付けも面倒極まりない。わたしはわざとらしくため息を吐いて大変だからイヤなのと首を振った。 「そういえば{{kanaName}}って片付けがちょっと苦手だもんね。この前も『ポケナビがなくなった!』って探してたっけ」 「それは今関係ないでしょ」 包丁を置いてダイゴさんを引き剥がす。それでも近付こうとする彼をキッとにらんで威嚇して、ブッシュ・ド・ノエルをもう一人分切り分ける。 すぐ出来るから座って待っててと言ったのに、今日のダイゴさんは何だかいつもより落ち着きがない。そわそわして、普段よりも頬が赤らんでいて、珍しく視線が泳いでいる。それでいて今みたいにスキンシップは欠かさなくて、だからわたしまでドキドキしてしまう。そのおかげで二切れ目は真っ直ぐに切れなかった。 切り分けたケーキを皿へと移してテーブルへと運ぶ。席へ着くとダイゴさんが綺麗な所作でケーキを一口食べる。もぐもぐと口が動いて少し拗ねていた顔がぱっと笑顔に変わる。ほっ、と安堵の息が漏れる。自分で作ったケーキではないけれど、美味しく食べる姿に思わずわたしの頬も緩んだ。 「このケーキも美味しいね」 何せ有名パティシエの高級ケーキなのだから美味しいに決まっている。さっきまでの不安を忘れて自分が褒められたように胸を張るとダイゴさんがわずかに眉を寄せて「でも、」と反論する。 「ボクは{{kanaName}}の作るケーキの方が好きだな」 透き通った氷に空を混ぜたように透明な青い瞳がじいっとわたしを見つめる。一片の曇りもない澄んだ瞳が期待するように潤んで、唇を上品にしならせてダイゴさんが微笑む。 どんな表情のダイゴさんも好きだけれど、わたしは特にその顔に弱くて、喉元まで『作ってあげる』の言葉が込み上げてくる。ダイゴさんからお願いをするのではなく、わたしから折れて作ると言わせようとするのは何ともズルい。慌てて視線を外してダイゴさんの我がままから逃げる。 と、テーブルの影に何かが見える。脚に隠すように置いてあるそれには有名ブランドのロゴが控えめに、けれどくっきりと印字されている。思わず視線をダイゴさんへと戻す。ダイゴさんが少し慌てた顔をして、「本当はもっとかっこよく渡すつもりだったんだよ」その紙袋をテーブルへと乗せた。 「はい、クリスマスプレゼント」 すぐに落ち着きを取り戻したらしいダイゴさんは至っていつも通りだった。さっき見せた浮かれた様子から、何か特別な事でも準備しているのかと思ったけれど、そんな雰囲気はどこにもない。じゃああれは何だったんだろう、不思議に思いながらプレゼントを受け取る。 小さな紙袋の中には手のひらに収まる程の小箱が入っていた。アクセサリーだろうか。あんまり高価すぎるものじゃなければいいんだけれど。少しの不安を抱きながらリボンを解いて箱を開けた。 「キー、ケース…?」 「きみ、今使ってるのキーケースは金具が弱くなってて鍵が外れるって言ってただろう? だから丁度良いかなと思ってさ」 中に入っていたのはシンプルなキーケースだった。ダイゴさんお気に入りの貴重な鉱石が飾られているわけでも、オーダーメイド品というわけでもない。 ちらりとダイゴさんを見る。けれど不審な様子はない。キーケースを開いて中を見ても、もちろん何もない。それが高級ブランドである事以外、至って普通のキーケースだった。珍しく一般的な物を選んだからこそ変に緊張していたんだろうか。有り得なくはない。 何にしてもデザインも良くてわたし好みで、実用性もあって良いものを頂いてしまった。頬が緩む。 「ありがとうダイゴさん、嬉しい」 「気に入ってもらえてボクも嬉しいよ」 ダイゴさんがにっこりと微笑む。それなのに、頬にぎこちなさを感じた。いつもならまっすぐ前を見据える瞳が瞬きの回数を増やしそわそわと左右に揺れている。 どうしてだろう、考えてはっとする。そっか、ダイゴさんはわたしからのクリスマスプレゼントが楽しみでちょっと浮かれ気味なんだ。ダイゴさんは何かしらわたしに『お気に入り』をあげる人だけど、わたしから何かを贈る機会は一年にそう何度もない。そしてその中の一回が今日なのだから、浮かれてしまうのもちっとも不思議な事じゃなかった。 気づくと途端にそわそわがわたしに移る。どくどくと心臓が大きな音を立てた。 「それ、今のうちに鍵を付け替えておいたらどうかな」 「あっ…、うん、そうだね」 これはプレゼントを取ってこいと遠回しに言っているんだろう。わたしは貰ったキーケースを手に鞄を取りに行く。 年季の入ったキーケースは鞄の奥の方にあった。内ポケットに入れていたつもりなんだけど、また適当に仕舞ったらしい。こういう事をしてるから物がないと慌てるんだろうな、次からは気を付けようとパチンとスナップボタンを外す。 「あれ?」 玄関の鍵の左に知らない鍵があった。金具が馬鹿になって鍵をなくすことはあっても、鍵が勝手に増えるなんて有り得ない。突然現れた謎の鍵に頭が混乱する。けれどよく見ると、どこかで見た覚えがある。そうだ、この鍵はダイゴさんの―― 振り返る。ダイゴさんの赤らんだ頬がわずかに強ばっている。 「付け替えないのかい?」 「……いい、の?」 全身が心臓になったようにどくどくと鼓動が響く。じっと見つめた先のダイゴさんがちょっと照れたように視線を逸らし、すぐに戻ってきた瞳でゆっくりと瞬いた。口角が上がり、桃色の唇が綺麗な弧を描く。 「ダメならそんな事、しないよ」 ダイゴさんがはにかむ。つり目がちで時には冷たさも感じる瞳が柔らかな笑みを浮かべている。心臓が限界まで加速をしてなお加速していく。 「だから、いつでもうちに来てくれて構わないし好きなだけここで過ごしたらいいよ。そうだ、ケーキだってボクも手伝うから、また美味しいの作ってほしいな」 この家の小さなキッチンで一緒にケーキを作る様子が目に浮かぶ。休日に作ったその残りを翌日の朝にも二人で食べて、わたしより先に出掛けるダイゴさんを見送ってからこの合鍵で鍵を掛ける未来も、鮮やかに思い浮かんだ。 「どんなのが食べたいの?」 「そうだなぁ……」 ダイゴさんが花が綻ぶように満面の笑みを浮かべる。部屋の隅で慎ましく光るクリスマスツリーの何倍も眩しく見える笑顔に、わたしは目を細めて微笑み返した。