コンテストスタッフ夢主が飲みの席でミクリと同席する
恋愛上手な彼女の恋の駆け引き――そんな見出しが目に付いて思わず雑誌を手に取っていた。でもこんなので恋が上手くいくはずがない。頭では分かっているのにページをめくる手は止まらず、あっという間に特集ページを開いていた。 『その一、素っ気ない振りをして自分からは話しかけない。』 そんなの、相手が興味なかったら何の効果もない。それに、こういうのは美人がやって初めて意味が生まれるもの。平凡な女がやっても気にも留めてもらえない。 もしこれが本当に駆け引きになるのなら、今頃ミクリさんはわたしが気になって仕方がないはず。でも、そんな事実はどこにもない。 ミナモのコンテスト会場で働いているとミクリさんと一緒に仕事をする事が何度もある。ルネジムで開く水上ショーの手伝いやマスターランクコンテストの際のエキシビションの依頼、他にもコンテスト協会主催のイベントでも顔を合わせることがしばしばある。 その中で幸運にも顔だけは覚えてもらえたようで、廊下ですれ違った時などに挨拶だけは交わせるようになっていた。 けれどそんなの他のスタッフも同じで、それ以上の事、例えば雑談などは夢のまた夢、槍でも降らなきゃ叶いそうにない。 『その二、目が合ったら30秒はキープして相手に視線を意識させて。』 一瞬でも目が合ったら有頂天になってしまうのに、それ以上見つめるなんて絶対に無理。そもそもこれだって興味がなかったら嫌がられるだけじゃない。 やっぱりこんな特集なんて、それらしい言葉が並んでいるだけで脈ナシ相手をどうこう出来るテクニックなんて載っているはずがなかった。期待して損しちゃった。 はあ、深いため息を吐いて雑誌を戻す。代わりに隣に積まれたコンテスト雑誌を掴むと、もうよそ見はしないとレジへ向かった。 * * * がやがやと騒がしい居酒屋の中、わたしは震える両手でカシスオレンジの入ったグラスを握りしめていた。 毎週のようにコンテストやイベントが開催されるミナモ会場で働いていると、もはや業務のごとく打ち上げが予定に組み込まれていて、この場も例に漏れず今日のイベントの打ち上げだった。 普段は残った仕事を言い訳に逃げるのだけど、今日は絶対に来いと先輩に捕まってしまった。こうやって強制的に連行される打ち上げは大抵面倒なコーディネーターがいたり、無茶を言われる事が多い。どんなにお洒落なお店に通されても、気になっていたお店だったとしても、楽しい時間は過ごせないと未来は決まっている。 だからという訳ではないけれど、あまり飲める方ではないし、自宅も近くはないから飲むのはこの一杯だけ、二次会には何が何でも行かない、そう心に誓って着いたテーブルはしかし、 「やっぱミクリさんが出ると会場の盛り上がりが全然違いますねえ!」 ミクリさんのいるテーブルだった。 わたしを連行した先輩の隣からこっそりミクリさんを覗く。斜め向かいに座るミクリさんはイベントプロデューサー達と談笑している。 なぜそんなテーブルにわたしみたいな一介のスタッフが座ってしまったんだろう。 そうだ、この先輩、上司に取り入るのが上手だからこんな良い席に座れるんだ。そんな事も忘れて隣に座ったわたしは大馬鹿者にも程がある。トイレに行く振りをして端のテーブルへ移動しよう。きっと誰も気にも留めない。今だって、わたしが会話に参加してなくても誰も気にしてないんだもの。 グラス一杯に注がれたカシスオレンジに口を付ける。トイレに行く振りのためにはまずこれを飲まなくちゃ、そう思って一口二口、喉を動かす。 そうしてグラスの縁から口を離してふっと息を吐くと、視線を感じて前を向いた。 プロデューサーの妙に甲高い声はもう次のイベントの話をしていて、周りのスタッフ達も次は出演者にこの人も、スポンサーはあそこでと盛り上がっている。 けれどその会話の中心であろうミクリさんは偶に頷くだけで何も話さず、ただ真っすぐにこちらへ視線を向けていた。こちら──そう、ミクリさんは何故かわたしを見ていた。 「──あ、の」 何も言わずひたすら向けられる視線に耐えかねて口を開いてみても、上手く声が出てこない。それでも何とか振り絞った声も、周りの喧騒に掻き消えてしまった。ミクリさんはまだわたしを見つめている。 その時だった。エメラルドのようにキラリと煌めく緑の瞳がゆるりと細められた。ミクリさんが、わたしに向けて微笑んでいる。 ぎゅっと胸が締め付けられて肌が熱くなる。咄嗟に視線を逸らしてしまって、なんて失礼な事をしてしまったんだと慌ててすぐに前を向き直す。 けれど、そこにはもうわたしに向けられる視線はなくなっていた。先程の沈黙が嘘だったようにミクリさんは周りの人達と言葉を交わしていて、胸を焦がすような眼差しはどこにも見当たらない。 何だったんだろう、ミクリさんも少し酔っていたのかな、きっとそう、そうじゃなきゃ説明がつかない。わたしはグラスに残った鮮やかなオレンジを飲み干すと縁に残った唇の跡をぬぐって席を立った。 ほんの少し、背中に視線を感じたけれど今度は振り返らなかった。