ハロウィン夢(2021) ミクリの家でお家デートする
「この味嫌いだからあげる」 少し時間に余裕があったから、ミクリさんの家へ行く前にフレンドリィショップへ寄った。必要なものを手早く選んでレジに並んでいると、会計を終えた少年がわたしの横を通り過ぎようとして足を止めると何かを差し出した。 個包装されたキャンディだった。 よく見れば、荷物が当たって棚の商品を落としてしまった少年だった。その時に商品を拾ったお礼だろうか。 「あげる!」 わたしはにこりと笑って、ぐいぐいと強引に押し付けてくるキャンディを受け取った。貰ったキャンディはハッカ味だった。お礼というよりは本当に嫌いだから押し付けられたのかもしれない。仕方ないな、思わず漏れた苦笑と一緒にポケットへキャンディを仕舞った。 *** ミクリさんは何でもそつなく出来る人で、今日の料理もプロ顔負けの美味しさだった。ほっぺたが落ちそうになるとはこんな料理を指すんだろう、わたしは全ての料理をぺろりと平らげていった。 料理にあわせて出された真っ赤なシードルも口に含んだ途端にリンゴの芳醇な香りが体の中へ広がってとても美味しい。注がれた瞬間は鮮やかな赤色に少しぎょっとしたけれど、ひと口飲んだらそんな事は全く気にならなくなってグラスはすぐに空になった。 料理をすべて腹の中へ収め、グラスに残ったシードルも飲み干しテーブルにそれを置いた。今日もすっかり胃袋を掴まれてしまった。掴むのはわたしの方なのかもしれないけれど、これ以上の料理はわたしには難しい。だからミクリさんの思惑通り、大人しく胃袋を掴まれる側に収まっている。 ただ、いつもならデザートも出てくるのに今日はそれがない。忙しかったのかな、と向かいに座るミクリさんを見る。控えめに微笑んだ顔はどこか顔色が良くない。元から白い肌ではあるけれど、今日のミクリさんは具合の悪そうな、血の気の引いた青白い顔をしている。 「おや、私の美しさに見惚れているのかな」 凝視しているわたしに、ミクリさんがからかうように笑う。潤いのある、しかし今はあまり血色の良くない唇が綺麗に孤を描いてちらりと歯が覗く。見えたのは鋭く尖った犬歯、それはまるでお話の中に出てくるヴァンパイアのようで。 「あっ」 気づいた瞬間、自分には縁遠いと思っていたハロウィンが突然目の前に現れた。不健康そうな肌も噛まれたら痛そうな牙も、それから今手に持っている真っ赤なシードルが注がれたグラスも、すべてミクリさんが仮装の為に用意したものだ。そういえば今日はミクリさんお気に入りの銀の食器ではなく真鍮製だった。そしてデザートが出てこないのもきっと今日がハロウィンだから。と、いうことは。 「トリックオアトリート。お菓子をくれなきゃ、どうしてしまおう?」 今日一番の笑みを見せるミクリさんがグラスを置いてゆらりと立ち上がった。冗談なのか本気なのか、獲物を狙うグラエナのような鋭い視線がわたしへ向けられる。その視線が瞳からゆっくりと下がって首筋を捉える。ミクリさんの喉がごくんと一度だけ上下した。 逃げないと。シードルで酔いの回った頭はすっかりミクリさん扮するヴァンパイアの雰囲気に飲まれていた。気分はさながら映画の中でヴァンパイアに襲われる美女で、わたしはふらつく足で廊下へ出ると、隠れ場所を求めて明かりの消えた廊下を進んでゆく。けれどそんな都合のいい場所なんてあるはずもなく、逃げ込んだのはミクリさんの寝室だった。 「逃げる必要なんてないのに、一体どうしたのかな?」 閉めたばかりのドアが開いて、ミクリさんが現れる。いつの間にか黒のマントまで羽織っていてすっかりヴァンパイアだ。そんなヴァンパイアが一歩、また一歩と距離を縮めてくる。わたしの足も同じように一歩ずつ後ずさってゆく。そして、 「わっ」 足が何かに当たった拍子にふらふらしていた体がバランスを失って視界が大きく揺れる。視界全体に天井が映り、そこへミクリさんの姿が大きく映り込む。次の瞬間、背中から柔らかい感触に包まれた。ベッドの、羽毛布団の中へ倒れ込んでいた。 「頭は打ってないね」 わたしを覗き込んだヴァンパイアはミクリさんの顔へ戻っていた。大丈夫と返事するとほっと安堵して、いつもしてくれるようにその大きな手で頭を撫でてくれた。けれどすぐにはっとして誤魔化すように咳払いすると、ヴァンパイアらしく口角を釣り上げ少し悪そうな笑みを浮かべた。 「返事もしないで逃げて勿体ぶって……、ふふ、どんな言葉を聞けるのか楽しみだ」 弧を描いた唇からは鋭い牙がギラリと覗く。わたしに覆いかぶさったミクリさんは上機嫌に笑っている。今日のために用意してくれたシードルは、わたしとミクリさんを充分すぎるくらいに酔わせてしまったようだった。 「さあ{{kanaName}}、きみの返事を教えてごらん?」 申し訳程度の抵抗をしたらポケットの中のキャンディがカサリと小さな音を立てた。けれどわたしは聞かなかった振りをして「お菓子なんて、持ってない」とじわりと色に濡れる瞳でミクリさんを見つめ返した。