綺麗にしましょう

嫉妬心をそれらしい口実でごまかすミクリ

 ミクリさんは綺麗好きだ。ジムはいつ行ってもちり一つ落ちておらず、家の中も常に綺麗に整頓されている。彼が汚れるのはバトルを終えた直後ぐらいだろう。
 そんなミクリさんの綺麗好きは親しい存在にも及んでいる。一番のパートナーポケモンのミロカロスはもちろん、彼の手持ち、家で世話しているポケモン、それからわたし――ルスルネジムタッフでミクリさんの恋人のわたしにも、『汚れ』は許さない。

「綺麗にしよう」

 深海のように冷たい眼差しを向けるのはもちろんミクリさん。わたしの顎を掴んで何の躊躇もなく唇を重ねる。触れ合った唇はすぐに離れ、けれど息つく間もなくもう一度重なった。
 何度も触れ合う内にわたしの身体はミクリさんに抱き締められ、その大きな手の平がいやらしく背中を、そして腰を撫で回す。まだ日も高く、人の出入りのあるジム内だというのに、ミクリさんは遠慮を知らない。
 倉庫へ備品を取りに行けと頼まれるのが合図だった。用事がなければ入る理由のない倉庫は、何かを密やかに行うにはうってつけの場所だった。
 ミクリさんは毎回尤もらしい理由を付けてわたしを倉庫に向かわせ、そしてわたしの『汚れ』を綺麗にする。今回はさっきの挑戦者が『汚れ』の原因だった。

「いかがわしい視線で{{kanaName}}も気分が悪かったろう。それでも笑顔で対応して偉かったね」

 唇はもういいのか、次は目蓋に沢山のキスが降ってくる。擽ったくて小さく声を漏らしたらまた唇が重なった。
 ミクリさんは、もう触れていない場所はないのではと思うくらい沢山のキスをわたしの顔へ落とした。一つ一つは些細なものだけれど塵も積もれば何とやら、わたしの身体はじわじわと火照ってゆく。
 頭の片隅ではこんな事良くないと分かっているのに次第に触れるだけのキスがもどかしくなって、ミクリさんの背中に回した手で強請るように彼の服をぎゅっと掴んだ。でもミクリさんは一瞬キスを止めただけで再び触れるだけのキスを繰り返す。

「綺麗になったね、{{kanaName}}」

 ミクリさんが満足そうに瞳を細める。そうしてわたしの身体を離すと「それ、持ってくるのを忘れないように」ここへ呼び出す口実に使ったコピー用紙の束を指さして一人先に倉庫を出て行ってしまう。あれだけ好き勝手にキスをした張本人は身体のどこにも興奮を見せていなくて、わたしは全身の昂りを誤魔化すようにムッと眉間にしわを寄せた。



 要するにミクリさんは『綺麗好き』だから『汚れが気になる』を大義名分に、嫉妬や独占欲をふんだんに発揮していた。普段の落ち着いて物腰の柔らかい態度からその手の感情とは縁遠い人間だと勝手に思い込んでいたけれど、その実ミクリさんは案外世俗的な人だった。その証拠に、彼は自分のミロカロスがわたしに甘えるのすら思うところがあるようで。そういう日のミクリさんはいつもよりちょっと執拗にわたしを抱く。常に美しいミロカロスがその時だけ汚れを振りまく存在にされるのは、何だか申し訳なかった。
 だからわたしは常に『綺麗である』ことを心掛けた。もちろん、ミクリさんという恋人がいて浮気や他の男性にちょっかいを掛けるなんて馬鹿な事はする筈はなくて、気を付けるのは半ば不可抗力的な接触だ。挑戦者にトレーナーカードを返す時に指が触れないようにするだとか、必要最低限の会話以外は控えるとか、そういう些細な出来事に神経を尖らせた。
 それでもどうにもならない時がある。そういう時にミクリさんがわたしを綺麗にしてくれる。触れた手を、言葉を交わした口を、視線を向けられた肌を、ミクリさんで上書きしていく。
 けれどミクリさんはそれ以上の事はしない。そのせいで身体が反応して落ち着くまで大変だというのに、そこまでは面倒見てくれないミクリさんは少し横暴だと思わなくもない。

「何か悩みごとかな」

 ミクリさんの家の大きなベッドに一人先に寝転んだわたしに、お風呂から上がったミクリさんが声を掛ける。今からミクリさんはお肌の手入れをして髪を乾かして、それから丹念にマッサージもするからもう暫く待ちぼうけだ。鏡台の丸いスツールに腰掛けたミクリさんと鏡越しに視線を合わせて「眠たいだけ」とこれみよがしに欠伸をする。何だか本当に眠たくなってくる。

「駄目だよ{{kanaName}}、まだ綺麗に出来てない」

 鏡の中のミクリさんは笑ってこそいたけれど声は刺々しい。ふう、と大きく息を吐いて立ち上がってベッドに両手をつくと、その下に寝転がるわたしの唇を奪う。火照った肌はいつもより熱を持っていて、それが行為中のミクリさんを思い出させてお腹の奥がほんの少し切なくなる。
 でも、今日の挑戦者は殆どが女性で男性はあの一人だけ。それだって試合の後にミクリさんが満足するまで綺麗にしていたはず。その他に思い当たる節はない。だから欠伸を噛み殺しながらミクリさんへ訊ねる、「どこが?」と。

「この体だよ。いいね?」

 まだ湿った肌がわたしを抱きしめる。ぴたりとくっついた肌から、わたしより少し速い鼓動が響く。昼間ジムで散々キスをした時には何の反応も見せなかったミクリさんの身体が、下着の上からでもはっきりと分かるくらい変化を見せていた。手を伸ばしてそっと触れてみると、ミクリさんの大きな身体が一瞬強ばる。日中はひた隠しにしていた劣情を剥き出しにするミクリさんに、思わず頬がゆるんだ。

「……{{kanaName}}、もう少し待ってて」
「ひぁっ、」

 お返しと言わんばかりにミクリさんの手がわたしの弱い部分を少し乱暴に撫でた。睡魔が一瞬にして吹き飛んで、口からは欲情した声が漏れる。あわてて口と足を閉じてもミクリさんの手も体もとっくにわたしから離れて鏡台へ戻っていて。
 恨めしくその背中を睨んだら、鏡の中のミクリさんの唇が三日月のように弧を描いていた。