気になっているミクリをデートに誘う
会場は熱気に包まれていた。あちこちから湧き上がる歓声に自然と心を踊らせながらパンフレット片手にお目当てのステージを探して歩く。 カイナで大規模なコンテスト・フェスが開催される――わたしはすぐさま出演者に目を通した。知っている名前や見たことのない名前、いくつもの名前を一つずつ確認する。最後の一人まで辿り着いた時、わたしの胸は早鐘のようにどくどくと鳴り響いていた。 そこにミクリの名前はなかった。つまり彼はこのフェスには出ないということで、それはわたしがミクリをフェスに誘うことが出来るということで。フェスのホームページを閉じるとすぐさまミクリへメッセージを送った、《一緒に行かない?》と。 人の波に飲まれながら間隙を縫って目指すステージへと向かう。今日は特に暑い日で真上から照りつける太陽は容赦がない。体が熱くて頭が少しふらっとする。 この熱はきっとミクリのせい。大胆にミクリを誘ったくせに隣を歩けないわたしは顔を見られないようミクリの前を歩いていた。沢山の人でごった返すこの場所でそれはとても愚かだったけれど、時々振り返ってその姿を確認すればいいんだと自分に言い聞かせて足を進める。 ミクリを誘うために無理やり作った目的地が人の波の隙間から僅かに見えた。あっちだね、後ろを歩くミクリに声を掛けようと振り返る。 「危ない」 えっ、と間抜けな声が出た。照り付ける太陽の肌を焼くような暑さとは別の、じわりと侵食してくるような熱が体を覆う。 何がどうしてこうなったのか分からない。けれど今、わたしはミクリに抱きしめられている。 「ちゃんと前を見ないと」 傍を通り過ぎる人にぶつかりそうだったよ。ミクリが呆れたように息を吐く。その間もまだわたしの体はミクリと触れ合っていて背中に回された手がやけに熱くて火傷してしまいそう。 それにあまりにも距離が近すぎてこの煩い心臓の音がミクリに聞こえているんじゃないかと心配になる。この火照る体だってそう、わたしだけがこんなにも緊張しているなんて気付かれてしまったら。 「よく見たら顔が赤いじゃないか、ちゃんと水分を摂ってたかい」 ミクリがわたしの顔へと手を伸ばす。その手が頬に触れて心臓が強く跳ねる。熱が集まった耳がひどく痛い。わずかにすれ違う視線がきゅうっと胸を締め付けた。 「ほら、これ飲んで」 手渡されたのは封が開けられ少しばかり中身の減ったペットボトル。それは確かさっきミクリが、ずきずきと痛み出した頭で思い出す。 受け取ったペットボトルはびっしょりと汗をかいていて手を濡らすがひんやりと冷たくて心地良かった。けれど冷えるのは指先だけ、わたしの体はマグマのような熱に支配されている。 キャップを開ける。とくに抵抗もなく外れたキャップを空いた手で握りしめた。つい先程まで頬と背に集まっていた熱が唇を目指しているのを感じる。 暑い。だから飲まなくちゃ。飲みかけのペットボトルにはきっと深い意味はなく、だからわたしはこれを平然と躊躇わずに飲まなくちゃならない。 「全部飲んでいいから」 頭の中を空っぽにしてペットボトルを口へと押し当てた。冷たい水は触れた部分の熱を吸って体の芯でぐつぐつと煮える何かを非情に冷やしていった。 さめた頭でミクリを見ると「少し落ち着いたようだね」と笑顔を返される。たったそれだけで身体中に熱が駆け巡った。これはきっと太陽のせい、暑いから体も熱くなってしまうだけ。 自分に言い訳をして逃げるようにもう一口と水を流し込む。冷たくない液体が体を流れ熱が膨らんで。これは太陽のせい、早く夜になればいいのに、そうすれば夜風が頭を冷やしてくれるのに。 空になったペットボトルはわたしの手を離れてミクリに奪われる。その時触れた指先がじんじんと痛みに似た何かを訴える。思わず手を引くとミクリに不思議な顔をされてしまった。 「もう大丈夫だから」 「君がそう言うなら信じるけど無理はしないように」 ミクリがわたしの手を取った。熱くて痛くてけれど離したくなくて、開いては閉じるを繰り返した口がやっとの事でミクリに届けた言葉は「子どもじゃないのに」ひどく幼いものだった。 「私じゃ役者不足かな」 見上げて見つめた先のミクリの顔が赤く見えるのは、きっと。