腹の中に収めるものは

叔父姪とハンバーガーを食べる

 大きく開かれた口が両手で持ったハンバーガーを頬張る。普段の指先まで行き届いた優雅さはどこへやってしまったのか、がぶりと噛み付く姿は荒々しく粗暴でそれでいて目が離せない。
 ミクリってこんな風に食べることもあるんだ、知らなかった一面にポテトを掴んだ手はずっと止まったままだった。
「お姉さまどうしたの」
 隣に座るルチアちゃんの声にはっとして慌ててポテトを口へ放り込む。じゅわりと油が口の中に広がって、今わたし達がいる場所を思い出させた。
 いつものように3人で出掛けていたらハンバーガーショップに期間限定の4文字を見つけた。
ルチアちゃんが「これ美味しいんだって」と言ってそこから気が付いたらお店の中に入ってそれぞれハンバーガーとポテトを頼んでいた。わたしとミクリが同じハンバーガー、ルチアちゃんはそれとは別の期間限定バーガーを。
 こんな学生がたむろするファストフード店にアイドルとコンテストマスターが来てるなんて誰が思うんだろう。一緒に来ているわたしですら未だに信じられない。
 ルチアちゃんはともかく、ミクリとハンバーガーのミスマッチときたらパッチールが機敏に動く様を見ているようでどこかむず痒くなる。これはあくまでわたしの勝手な理想像の押し付けだったけれど、ミクリにはもっと美容に良いものを摂取していてほしいのだ。
「えっと、あっ、そうそう、ルチアちゃんはここのハンバーガーよく食べるの?」
 正面のミクリとそのハンバーガーから視線を剥がし、隣で美味しそうにハンバーガーを頬張るルチアちゃんを見つめる。
 これくらいの年の子がハンバーガーを食べるのは別段不思議でもないけれど、やはり見慣れない姿に視線が吸い寄せられる。彼女もミクリと同じくこういう物は食べないものだも思っていた。
「んーと、本当はダメなんだけど今日は特別なの」
 だっておじさまも食べてるんだもん。ルチアちゃんがいたずらっぽく笑う。瞳をミクリへ戻せばその視線が僅かに泳いだ、ような気がした。
「ねぇお姉さま、それ一口食べてもいい?」
 大きくてキラキラとした瞳が見つめるのはわたしのハンバーガー。そういえばルチアちゃんはわたしに先に注文するよう強く言っていたけれど、そういうことだったんだ。
 それなら一口と言わずに残り全てをあげてもいい。残念ながらわたしは2人と違ってそこまでストイックな食事は出来ないから食べる機会は何度でもあるのだ。
「はい、どうぞ」
 ルチアちゃんの方へ差し出せば嬉しそうに顔が綻んだ。アイドルの時には見せない柔らかな笑顔に少しだけ鼓動が加速する。グロスに濡れた唇がハンバーガーに近付くと大きく開いた口がハンバーガーに噛み付いた。たったそれだけ、誰しもが行うことだというのに、引き寄せられた視線はひたすらにその唇の動きを追っていた。
「こっちも美味しいね」
「良ければ半分食べてもいいよ」
「本当? じゃあわたしのも半分こしましょ!」
 互いにちょうど半分ほど食べたところで、ルチアちゃんはトレイに置いた彼女のバーガーをわたしのトレイに置いた。これも美味しいんだから、と得意げに言うのがひどく可愛らしい。
 ルチアちゃんの口の跡が残るそれを手に取ると途端にいけないことをしたような感覚に落ちた。同性とはいえ流石にこれはまずかったのではないだろうか。
 けれど喜ぶ彼女に突き返すこともハンバーガーを取り上げることも出来るはずがなくて、わたしはこの幸運を誰にも悟られないよう口を開いた。
「おいしいね」
 そう言うとルチアちゃんが自慢げに笑った。心臓が跳ねて騒がしくなる。鎮まれと言い聞かせても駄々っ子のように暴れるばかり。それだけでも手に負えないというのに、さらに追い打ちをかけるようにルチアちゃんがわたしを覗き込むものだから染まる頬も隠さなくてはならなくなる。わたしの体がわたしの制御の外へと走り出す。
 そんなわたしに溜め息を零したのはミクリだった。
 振り向けばその手にはすっかり小さくなったハンバーガーが今にもミクリの胃に収められようとしている。でも一口で食べるには少し大きそうで、わたしなら3回ほどに分けるかなと考える。
 ところがミクリは一際大きく口を開けると惜しむことなく最後の一口を平らげてしまった。またわたしの思う彼との差を見せつけられて頭がクラクラとする。手には包み紙だけが残り、次の瞬間くしゃりと音を立てて小さくなる。背筋がぞわりとした。
 今日のミクリには驚かされてばかりだ。わたしの知っている彼はなんて表面的で何も見てなかったんだろう。わたしもまだ彼にとっては舞台のお客様だと思うと少し淋しくある。
「ルチアじゃないんだから」
 不意にミクリの手が伸びてわたしの口の端を撫でた。触れられた部分が熱くなる。
 ミクリの指先にはソースが付いていて撫でられた辺りをペロリと舌で舐めるとその味が広がった。これは元々はルチアちゃんのハンバーガーだったソースだ。
「あっ」
 ルチアちゃんが小さな悲鳴を上げた。
 ミクリがぞっとするほど艶っぽく笑って形の良い唇が弧を描く。意味ありげな視線がわたしを射抜いて離さない。そうして囚われているとちろりと現れた舌が指先を、わたしから掬い取ったソースをべろりと舐めた。ミクリの視線はわたしに向けられたままだった。
 深くなる笑みに耐えきれず視線を落とすとそこにはハンバーガー、早く食べろと美味しそうな匂いを漂わせている。でもこれは。
 行き場を失う瞳が次に映したのは残り僅かとなったフライドポテト。逃げるように何本かを掴むと口の中へ放り込み、無邪気な少女の笑顔と狡い大人の微笑みを振り払うように思い切り咀嚼した。