ハロウィン夢(2020) ハロウィンの特別ショーに恋人を招待したいミクリとチケットは自分で取りたい夢主
ルネジムでは時々水上ショーが開かれる。ショーを開くのはジムリーダーのアダンさんだったりチャンピオンのミクリさんだったり、若しくは二人で一緒に、その時によって様々だ。観客席のチケット販売やテレビ中継を行うショーもあれば、夕立のように突然に開催されるショーだってある。 気まぐれ開催のショーは見れたらラッキーで、わたしのように運のない人間は滅多に見ることが出来ずいつも悔しい思いをしている。 だからこそ定期的に開催されるショーの方だけでも必ず見に行こうとチケット発売日は毎回必死になって取ろうとするのだけど、そう考えるファンは当然わたし以外にも沢山いるわけで、毎回激しい戦いになっている。ちなみに勝率は五分五分で、ここ最近は負け越してしまっている。 最後にミクリさんのショーをこの目で見てからどれくらい経ってしまっただろう、悲しくなるから数えないけれど二、三週間でないのは確かだ。 ミクリさんは優しいから、チケットが取れなかったとうっかり零すと「それなら用意してあげよう」と言ってくれる。そこに押し付けがましさは見当たらず、ただわたしが喜ぶ顔を思い浮かべて手を差し伸べてくれる。ミクリさんはいつだって優しいから。 けれど妙な意地が邪魔をする。わたしは素直に好意を受け取れず、チケットが取れないことをミクリさんにぼやくだけぼやいて彼の親切心を拒否し続けた。その度にミクリさんが眉を下げ、やれやれと首を振るのは心が痛んだけれど一度張ってしまった意地はそう簡単に消せなくて。テレビ中継を見るから平気、と強がる姿を押し付けた。 * * * 「今度のショーはハロウィンらしく少し趣向を変えようと思っていてね」 そんな話を聞いたのはつい先日のこと。ミクリさんはわたしがショーを楽しみにしているのを知っているから滅多に内容を話したりはしない。 だからこそこうやって彼から話題に上げるというのは自信があるということで。わたしはミクリさんの次の言葉を待ちながらチケット発売日をもう一度確認をする。 「是非とも{{kanaName}}に見てもらいたくてね、だから――」 「チケットは、自分で、取ります」 慌ててミクリさんの言葉を遮る。 特別扱いが嫌な訳じゃない。こうやって気遣ってくれるのは決して悪い気はせずそれどころか優越感だって感じている。わたしはミクリさんの『特別』なんだと嬉しくなる。 けれどそれ以前にわたしはミクリさんのファンだから、きちんと自分でチケットを手に入れてショーを見に行きたい。それがわたしの面倒臭い意地だった。 ミクリさんはわたしの我がままに困った顔で小さく息を吐いた。眉を下げいつもは明るい顔に影を落として悲しそうな顔をするのにそれでも笑顔は絶やさない。 そんなミクリさんを前に、なんて下らない意地を通しているんだろう。心に棘が刺さって胸が痛い。それでもわたしの子供みたいな意地はそう簡単には消えてくれない。 だからたじろぐ視線をスマホへ落として明日の天気は晴れですね、なんてわざとらしく話題を変えるしか出来なかった。 「取れなかったら遠慮せずに言うんだよ」 くしゃりと頭を撫でるその手は暖かくて、そろりと瞳を上げると翳りを見せる翡翠がその中にわたしを映していた。 * * * 31日、ルネジムで開かれるアダンさんとミクリさんのショーは先日ミクリさんの言っていた通りいつもの煌びやかなショーとは雰囲気がまるで違っていた。 普段眩しすぎるくらい沢山使われる照明は殆ど使用されず僅かにステージを照らすだけ。その代わり水中ではたくさんのチョンチーとランターンが触手を光らせている。音楽に合わせてチカチカと明滅を繰り返す光はルネの星空のような美しさで思わず溜め息が零れる。 けれどよくよく目を凝らすと水中にはその美しさには不釣り合いな何かの影がいくつか認められた。チョンチー達の光が弱まると共に不気味な影は大きく蠢き、やがて水面を大きく蹴ってその姿を現した。それはラブカスだった。 普段のラブカスはミクリさんの水上ショーの目玉でカップルで見たら永遠に結ばれる、なんてジンクスまで出来ている愛らしいポケモンだ。そのお陰なのかミクリさんのショーでは女性だけでなく男性の姿もよく見掛ける。黄色い声援に野太い声が混じるのはそういう訳だ。 それが今日の彼らはどうだろう、すっかりおどろおどろしい姿に変わり果てている。あれはそう、ゾンビだ。愛らしいピンクの身体は腐食し変色して永遠の愛とはひどく遠い存在に成り果てている。 よく見ればショーの光源となっているチョンチー達も包帯を巻いていたりラブカスのようなゾンビ姿をしている子もいる。ポケモン達はみなハロウィンらしく恐ろしい仮装を施されていた。ミクリさんが趣向を変えたと言っていたのはきっとこのことだろう。だとしたら。 その時、今まで薄らと会場を照らしていた照明が強い光を放ってステージに二つの人影を照らし出した。一人はアダンさん、もう一人はミクリさん。しかしと言うべきかやはりと言うべきか、彼らもまた今日という日に合わせた衣装を纏っていた。 アダンさんはいつもの海を思い出させる真っ青なジャケットから赤と黒を基調としたものを羽織り、頭には特徴的な帽子を被ってすっかり海賊らしい出で立ちに。さらに顔や体は人の肌の色ではなく腐食の色に染まっている。死者、だろうか。衣装に合わせ勇ましく、しかしどこか生気を感じない歪さを孕んだ動作がわたしやファンの視線を奪ってゆく。 ミクリさんはと言うと、彼もまた普段着ているホウエンの豊かな海と太陽の輝きを表した衣装ではなかった。真っ白なマントは真夜中で染め上げたような暗闇の色に、その裏地は鮮血のような鮮やかな赤でその白い肌をより白く際立たせている。マントの中には胸元に沢山フリルの付いたシャツとワインを垂らしたような深い赤のベスト、細身のパンツは深い海の底に広がる闇のようで、すらりとした足を一際美しく見せているロングブーツもよく磨かれ黒く輝いている。 違うのは衣装だけではない。普段の軽やかさは鳴りを潜め、威圧を感じる所作でもって体を動かしている。そして普段なら決してしない、鋭く尖った牙を見せつけるためのニタリと口角を上げた顔が美しさ以上に不気味さを醸し出していた。 人ではない何か、わたしの目が捉えているのは仮装したミクリさんではなく、ミクリさんの皮を被った吸血鬼だった。 いつもなら海の色を湛えている瞳は今日だけは炎を灯したように赤く染まって石榴を嵌め込んだようでどこか落ち着かない。長く伸びた鋭い爪はザングースのそれのように狂気を漂わせている。 仮装だと分かっているのに、あまりにも当然のようにステージに立っているものだから昨日までのミクリさんはまやかしで今見せているこの姿こそが本当の彼なのかと錯覚を起こしてしまう。それほどまでに完璧だった。 ステージの上で二人が不気味にけれど優雅に舞えば水中のポケモン達も呼応して肢体を華麗に動かし、溜め息の漏れるような美しさで技を披露する。恐怖の中に見つける美は普段のそれとは比べようにならない程わたしの心を奪っていた。瞬きすら惜しくなる。 呼吸も忘れて見つめていると、ミクリさんのミロカロスがその尾鰭で水面を撫でた。小さな波がステージの縁へと押し寄せ、ばしゃりと水が跳ねて最前列に水の塊が落ちた。いつもなら決してそんな事はしないのに、ハロウィンらしく悪戯をけしかけたのだろうか。 ミクリさんに視線を戻すと満足そうにうっとりと笑っていた。なんて悪い顔、あんな顔のミクリさんはわたしでも滅多に見られない。あの顔で瞳を射貫かれたら、ぞわりと胸が震えた。 けれどその小さな期待は叶わない。ミクリさんの瞳がこちらを向くことはショーが終わるまで一度たりともなかった。わたしはわたしではない誰かへ向けられる眼差しに焦れったさを覚えながら悔しさに拳を強く握りしめた。 * * * 『今からジムに来れるかい』 ショーが終わって数時間後、普段なら掛かってこない電話が鳴った。 ショーの後は何かと忙しいようでミクリさんと会うこともこうやって連絡を取ることすら滅多にない。それなのに今日はミクリさんから、それも会おうだなんて一体どうしたんだろう。わたしはミクリさんの電話に戸惑いながら「もちろん」と返事をした。 『正面の扉はもう施錠しているけど裏口は開けておくから、そちらから入っておいで』 ミクリさんはそれだけ言うとわたしの返事も待たずに『じゃあね』と電話を切ってしまった。 短い通話時間を表示するディスプレイをぼんやりと眺めながら、どんな用事で呼び出されたのか考える。ミクリさんの家に呼ばれるなら、或いはわたしの家に来ると言われたなら何も悩むことはなかった。 けれどミクリさんが選んだのはそのどちらでもなくジムで。何故ジムなんかに呼び出すのだろう。まさかバトルでもするのかしら。でも、それならポケモンも連れて来るように言われるはず。だからきっと理由はそれじゃない。だったら一体どうして。 考え込んでいるとディスプレイがふっと暗くなる。こんな事で油を売ってい場合じゃない。わたしは慌てて支度をするとミクリさんの待つルネジムへと急いだ。 * * * ルネの夜は他の街に比べてとても静かだった。不夜城のように真夜中でも光で溢れるキンセツシティなどの大都市とは違い、家々の灯りがちらほらと見えるだけで人工の灯りはとても少ない。それでも街の中央にぽっかりと空いた海への道が夜空に瞬く星々を鏡のように写しているから暗がりに足を取られるようなことはない。 きらきらと星が瞬く水面にマリルリで大小様々な波紋を描いてジムへと渡る。すっかり灯りの消えたルネジムは水の上に浮かぶ神殿のようで、そんな場所にこっそりと入るのは少しのワクワクと小さな不安を抱かせた。呑気な顔をしているマリルリが羨ましい。 ミクリさんの言う通り裏口の鍵は開いていた。 音を立てないようそっとドアを開ければ薄暗い通路が伸びている。一人で歩くには少々心許ない蛍光灯の灯りに不気味さを感じたけれど、連れ歩こうとしたマリルリはもう寝る時間だと言わんばかりにボールに戻ってしまう。他の子は連れて来ていない。わたしは仕方なく明るい場所を通って通路を進んだ。 そういえば電話ではジム内の何処へ行けばいいのか言われていない。場所を聞こうとミクリさんへ連絡をするもこういう時に限って出てはもらえない。 仕方なく灯りを頼りに足を動かした。全く灯りのない通路もあったからきっと灯りは道標になっている。信じて歩こう。 自分の足音だけが響く通路に不安を覚えながら歩いていると目の前に扉が見えた。この扉は知っている、観客席に続く扉だ。暗さを理由に辺りをよく見ていなかったけれどなんてことはない、よくよく知った場所を歩いていたようだ。 扉を開けると僅かな照明がステージと観客席の一つを照らしていた。あそこに座れということだろう。 わたしはステージがよく見える席へと腰を下ろす。この席には一度だけ座った事がある。一度だけ、断りきれずにミクリさんに招待された席だった。ステージがよく見渡せる特等席、わたしには滅多に手の出せない値段の座席。 「ようこそ{{kanaName}}」 ステージ上にミクリさんが現れる、昼間のショーと同じ吸血鬼の姿をして。昼間も感じたようにその肌はピンと立てられたマントの赤い裏地と対照的に青白く、赤い瞳はよりその鮮やかさを際立たせている。よく見れば髪色もいつもより明るさを抑えてある。ホウエンの海のような煌めきはすっかりどこかへ隠されていた。 昼間はよく見えなかった、ベストに施された金糸の刺繍はこの日の為だけの衣装には勿体ないほど美しい。金の飾りボタンにはレインバッジの模様が刻まれていて、確かこれはアダンさんの服にも付けられていたような覚えがある。 昼間よりもうんと間近で見るミクリさんは、その射るような視線を決してわたしから逸らさなかった。それは焦がれるほど求めていたはずなのに、いざ向けられると恥ずかしさに堪えきれず視線を外してしまった。それでもなお熱く注がれるミクリさんの眼差しに再び顔を向けると、 「愛しい{{kanaName}}の為に今宵再び舞ってみせよう」 その言葉を合図にしてショーが始まった。 沢山の観客を収容出来るジムの中にわたしとミクリさんの二人きり。ステージのミクリさんはたった一人、わたしの為だけにショーを演じている。ミクリさんだけじゃない、彼のミロカロスも、他のポケモン達もわたしだけの為にその美しくて空恐ろしい体を揺らめかす。 暫くするとミロカロスが尾鰭を持ち上げ水面を強く叩いた。水を掛けられる、思わず目を瞑るけれど覚悟していた冷たさは降りかからない。目を開ければ悪戯が成功したと満足気にニヤリと笑うミクリさんと目が合った。 なんて悪い顔、ぞわりと背筋が震え、いつかの真夜中の記憶が蘇る。カーテンの隙間から漏れる月光に照らされたミクリさんのうっとりとした笑みが。思わずスカートを握り締めるとあの時手の平で感じたシーツを思い出して堪らずに瞳を伏せる。くすりとミクリさんの笑った声が聞こえたような気がした。 「{{kanaName}}のためのショーなんだ、ほら、私を見て」 優しい声は強い意志をもってわたしの耳を擽る。その声で言われたら逃げられない。わたしは煩く鳴る心臓を隠しながら前を向いた。ショーが再び動き出す。 その後のショーも昼間見た時より何倍も綺麗で胸が高鳴って目が離せなかった。 モニター越しに見るのとは何もかもが違っていた。カメラがどれだけミクリさんを大きく映してもミクリさんの息遣いや会場に流れる空気は分からない。 今はミクリさんと二人きりだけど、本当ならミクリさんの隣にはアダンさんがいて、観客席はいっぱいのファンで埋め尽くされ、バトルとはまた違う熱気がこの空間を満たしていたのだろう。その熱気をわたしも味わいたかったな、今さらだけれど惜しくなる。 年に一度の特別なショーはアダンさんとミクリさんのファンが必死になってチケットを取り合い多くの敗者を生み出した。その中の一人がわたしで、ミクリさんからは取れなかったら正直に報告するよう言われていたけれどやっぱり意地が邪魔して何も言えなかった。 ミクリさんもそれは分かっていたと思う。だからこうやって今、わたしを招待してわたしの為だけにショーを再演してくれた。嬉しくて、申し訳なくて、けれどやっぱり嬉しくて。全ての演技を終えて深く一礼するミクリさんに手が痛くなるのも構わずめいいっぱいの拍手を送った。 「満足してもらえたようだね」 ステージから飛び降りたミクリさんが観客席へ、わたしの前までやってくる。近くで見るとますます不気味さが強くていつもとは違う緊張が体に走った。 「このショーはね、{{kanaName}}がどんな顔をするか思い浮かべながら準備したんだよ。だから{{kanaName}}が来ないとまったく意味がないというのに君ときたら、またチケットを取れなかったことを隠すから流石の私も少し恨んでしまったよ」 生気を感じない手がわたしの頬に添えられた。長い爪が頬を擦る。ミクリさんが口を開く度に鋭く尖った牙が見え隠れして、それが肌に突き刺さる様を思い浮かべて思わず息を飲み込んだ。 「次からは無理やりにでもチケットを渡さないといけないね」 頬に触れていた指が耳に触れそのまま首を撫でる。甘い痺れに吐息が漏れてじわりと肌が熱くなる。 「この格好のせいだろうか、その首に歯を立てたらどうなるかを考えてしまうよ」 この辺りかな、首の付け根を引っ掻くように五指が撫でる。くすぐったさに身をよじったらミクリさんの口角が上がって鋭く尖った歯が顕になった。頭がくらくらとする。 「ところでどうだい、この格好。なかなか決まっていると思わないかい」 ミクリさんがマントの裾を掴んでばさりと大きく広げて見せた。目尻を下げていつものキラキラとした笑顔でわたしに微笑みかける。 不気味に見えた赤い瞳はルビーの煌めきに、薄く覗く牙もどこか可愛げのあるように見えてくる。ミクリさんは表情一つでこんなにもわたしを惑わしてしまう。 「それでね{{kanaName}}、どうして私がこんな格好をしてるか分かるかい」 「ハロウィン、だから」 「そう、ハロウィンだから。 じゃあもう一つ、ハロウィンと言えば決まり文句があるけれど{{kanaName}}はそれにどう応えるつもりかな」 トリック オア トリート、お菓子か悪戯か。 何かを企む瞳は爛々と輝き形の良い唇は綺麗な弧を描いている。ミクリさんでもこんな悪戯っ子みたいな顔をするんだ、どこか他人事のように傍観しているわたしは返事を待たない吸血鬼が寄せる唇にそっと目を閉じた。