甘くて苦い約束を交わして

夜遅くにミクリが恋人に会いに行く

 夜、夕食を食べ入浴を済まして後はもう寝るだけとなった頃、いつものようにポケナビが着信を知らせた。ソファで寛いでいた体を起こして電話に出る。相手は見なくても分かっていた、ミクリだ。
「おつかれさま、ミクリ」
『あぁ、お疲れ様』
 毎日ではないけれど、会えない日はこうやって連絡を取るのがわたし達の習慣だった。
『君はこんな時間でも元気そうだね』
 そう言うミクリは少し声のトーンが低い。体調管理は基本だよと強く言う彼の事だから無理はきっとしていない。けれど電話越しにも感じる疲れに少し心配になる。
『……{{kanaName}}、少しだけ会いに行ってもいいかな』
 疲れているのなら寄り道せずに早く家に帰って体を休めた方がいいに決まってる。そう返事するとしかしミクリは『あぁ、そうだね。それで私の質問への答えは?』と軽く流してしまう。
 ミクリは普段はとても優しいのに時々こんな風に強情になる。そんなミクリも嫌じゃないけれど。
「かまわない、けれど」
『君ならそう言ってくれると思ってたよ。
 じゃあ開けてくれるかな』
 その瞬間チャイムが鳴り響く。まさか。ソファから立ち上がり玄関へ向かってドアスコープを覗いてみる。そこに見えた人物に、今の自分の格好も忘れて慌てて鍵を開けた。
「ミク──」
 名前も呼び終わらないうちに体の自由を奪われる。ぎゅっと強い力で抱きしめられていた。突然のことに言葉がうまく出てこない。
 なんで、どうして、そんな意味のない言葉が喉まで込み上げ、けれど首元に顔をうずめそのまま動かないミクリに掛ける言葉は何も出てこなかった。
「ありがとう」
 どれくらい経ったのか、サンダルに吹き込む風に足先が冷たくなってきた頃、ようやくミクリが顔を上げ体を離した。浮かんだ笑みはいつものそれで、電話越しに感じた疲れはどこにも見えなかった。
「こんな時間にすまなかったね、早く寝るんだよ」
「えっ」
 それだけ?思わず間抜けな声が零れていた。だってそうじゃない、こんな夜遅くに恋人の家にやって来たのにハグをしただけで帰ってしまうなんて、誰が想像できるのよ。
 ぽん、とわたしの頭を撫でて帰ろうとするミクリの腕を取る。振り返ったミクリが何故か困ったような顔を見せたけれど困っているのはわたしも同じで。
「出来ればこのまま帰してもらいたいんだけどね」
 折角ここまで来たんだからもう少しゆっくりしたらいいじゃない。素っ気なく蜻蛉返りしなくてもいいのに。
 掴んだ腕に力を込める。帰らないでよ、呟くと観念したようにミクリが息を吐いた。
「{{kanaName}}も私も明日は早いんだ、続きは休日まで待とうじゃないか」
 再び頭を撫でられる。悔しいけれどミクリの言葉は正しくて言い返す言葉は見当たらない。だからせめてもう一回とミクリの背中に腕を回してしっかりとした胸板に頬を寄せた。
「良い子だね」
 さっきよりも短い抱擁。名残惜しくて離れられなくなる前に自分から腕を解いた。
「じゃあ、また」
 我慢をすると決めたのに、帰る背中を見つめていたらもうその肌に触れたくなっていて。我がまま言えば良かったのかな、なんてぼんやり考えながら家へと戻った。