食べる場所が変わるくらい何の問題もない

ヒウンアイスが食べたくて出かけた夢主が店の近くで恋人のギーマとばつたり出くわす。

――食べたい。ヒウンアイスが食べたい!

 今日の私は猛烈にヒウンアイスが食べたい気分だった。あの丁度良い甘さと滑らかな食感はヒウンアイスでないと味わえない。他の類似商品では駄目なのだ。

「ポチエナも食べたいよね」

 家族の為、と口実を得ようと声を掛けた先はつい最近捕まえたポチエナ。食いしん坊の彼は私の『食べたいよね』に反応してワンッと元気よく鳴くとブンブンとしっぽを振った。
 そうと決まったら急がなくちゃ。なんたって目的はヒウンアイスなんだから。私は素早く支度を整えると部屋の中を駆け回るポチエナをどうにかボールに収めて家を出た。


***


 ヒウンアイスはヒウンシティの名物で大人気のアイスだ。その証拠にパステルピンクの可愛らしいお店には常に長い行列が出来ている。今日も遠目からでも分かるほど人が並んでいて、私はつい小走りになっていた。ヒウンアイスが早々に売り切れるのも日常茶飯事なのだ。
 人の波をうまく交わして目指すヒウンアイスまであと僅か。列の最後尾は、と注視すると視界に青いジャケットと風にたなびく黄色のマフラーが飛び込んできた。あれは、ギーマさんだ。

「おや、こんな所できみに会うとはね」

 どこか含みのある笑みを浮かべるギーマさんは顎に手を当てじっと私を見つめる。まさかよりによってギーマさんに会うなんて。アイスを買いに行くだけだから、と適当に服を選ぶんじゃなかった。無言の視線に恥ずかしくなる。
 ……って、今はそれを後悔している場合じゃない。早く列に並ばな――
 その時、目と鼻の先のお店から可愛い制服を着た店員が出て来て行列に向かってぺこりと頭を下げた。あ、これもしかして。

「ヒウンアイス、本日の販売分は完売しました!」

 聞こえてきた声にどこかの樹木に擬態するポケモンよろしく「う、うそぉ…」と呻き声が零れる。
 でもそれには事情がある。ヒウンアイスは此処にしか売っていない。此処でしか買えないのだ。食べたかったのに、その為にわざわざ急いで此処までやって来たのに、今日は何をしたって食べられない。ああもう、最悪だ。

「フッ、きみはどれだけ見ていても飽きないな」

 ギーマさんが喉で笑った。はっとしてそちらを向くと青い目を細め口角を上げる彼と目が合った。挨拶もそこそこに百面相を繰り広げる私はさぞかし愚かに映ったに違いない。気付いて取り繕うけれど百面相に新たなレパートリーを加えるだけに過ぎなくて。ギーマさんは一層くつくつ笑って、私の頬が比例して赤くなる。

「と、ところでギーマさんはどうし、て…………あぁっ!」

 話を変えようとギーマさんに注目する。ヒウンシティは大きな街だからお店も多い。ギーマさんも何か買いものかな、と左手に提げている袋へと視線を向けて、私は思わず大きな声を上げていた。だってそれは、その袋は、どこからどう見ても、私が欲しくて欲しくてたまらない、あのヒウンアイスなんだもの!
 視線がアイスの袋からニヤリと笑うギーマさんに移る。人の心を読むのが上手い人だ、私が此処へ来た理由も何もかもとっくにお見通しだろう。それでもギーマさんは意味深な笑みを浮かべるだけで同情はもちろん大声の理由すら尋ねない。私の出方を窺っているのだ。だったらここは。

「あのっ…、私と勝負しませんか!」

 今日の私はどうしてもヒウンアイスが食べたくて、偶然目の前にそれを買ったギーマさんがいて、この人は勝負事が大好きで。ヒウンアイスを楽しみに待ってるであろう彼のポケモン達には申し訳ないけれど、仲良く食べるのは諦めてもらうしかない。絶対に勝って分けてもらうんだから!


***


「はぁ…、美味しい……」

 セントラルエリアのベンチにギーマさんと二人腰掛けて、ビルで縁取られた空を見上げる。ビルの窓ガラスが太陽を反射してキラキラと眩しい。家でゆっくり食べるアイスも良いけれど、こんな風に外で食べるのも味わいがあって悪くない。そっと隣に目を向けるとギーマさんも満更ではない顔でアイスを食べている。
 ふぅん、そんな風に食べるんだ。そういえばギーマさんと一緒に居る時にアイスを食べた事はなかったからアイスを食べるギーマさんは初めてで、ついつい視線が釘付けになる。ちろり、口の中から覗く舌から目が離せない。
 と、ぼんやり眺めていたらアイスが溶けてコーンを握る手に垂れてきた。慌てて舌でペロリと舐めると隣からククッ、と笑う声が聞こえる。よりによって間抜けな瞬間を見られるなんて、恥ずかしさのあまり頬が真っ赤に染まった。それでも大きく深呼吸して何でもない顔を作って「あの、」ギーマさんを見やる。

「アイス、ありがとうございます。この分は今度買って返しますね」
「きみはわたしと勝負してそれを手に入れた。返す必要はないさ」
「で、でもっ! でも…、アイスを楽しみにしてたポケモン達に、その…、申し訳ないですし……」

 ギーマさんはそう言うけれど、自分の我がままに付き合わせた挙句行列に並んでまで買った物を奪った事実は変わらない。ギーマさんが恋人だからと無茶を言って甘えすぎてしまった。2個の内の1つを貰うなんて、いくら食べたかったとはいえ、コイントスに勝ったとはいえ、少々…、かなり強欲だった。

「うん? あぁ、そういう……」

 沈黙を埋めるようにポチエナがわんわんと鳴く。そうだった、ポチエナにもあげなくちゃ。私の膝に両足をついてブンブンとしっぽを振るポチエナにスプーンでアイスを一口掬ってやる。
 ポチエナは大きく口を開けてスプーン目掛けてばくり、アイスを飲み込んだ。冷たくて美味しいヒウンアイスに赤い瞳がより大きくなって、しっぽが一際大きく揺れた。そしてもう一度大きく口を開けると、

「あっ! ちょ、ちょっと! ポチエナ!」
「――がかわ――…、――もない」

 私の手の中で再び溶け始めたヒウンアイスにかぶりつく。間一髪で手を引いてポチエナの食欲からアイスを守ったけれど、獲物を狙う赤い瞳は次のチャンスを今か今かと窺っている。

「もうっ、ポチエナ!」

 これは私のなのに、これじゃあゆっくり食べられない。この子には後で似たようなアイスを買うことにして、残りは私が食べちゃおう。そう決めると急いでボールへ仕舞って鞄の中へ押し込んだ。
 と、そういえば今ギーマさんが何か言ったような。また垂れ始めたアイスを処理しながらギーマさんへ首を傾げる。
 けれどギーマさんは空になったアイスの箱を一瞥して、

「いいや、何も」

 ニヤリと口角を上げるだけだった。