ギーマのレパルダスに起こされる夢主が朝からささやかな勝負に巻き込まれる
ふわふわ、意識だけがゆっくりと目覚め始める。でもまだ昨夜の余韻に浸っていたい。身体に残った熱を抱いて再び微睡みの中へと意識を沈めてゆく。 けれど何かが邪魔をする。誰かが私の顔をぽんぽんと触っている。 それは頬からこめかみを何度も撫でて、時々何か鋭いものが肌を引っ掻いた。 ああ、もう、やめてよ。思わず手で追い払う。でもソレはすぐにまた私の顔を引っ掻く。何度も何度も、柔らかい肉球を押し付けてはフンフンと鼻を近付けた。うん? ぱちり、目を開ける。すると目の前には紫の毛並みが迫っていて、エメラルドグリーンの瞳が私の目覚めを待っていた。 「ぅ、わっ!」 びっくりしてレパルダスを押し退ける。レパルダスはするりと私の手の届かないベッドの際まで体を引くと「にゃあん」と一声鳴いた。まるで女王様が家臣に命令するみたい、ぼんやりする頭でも彼女が何かをさせたがっているのが容易に感じ取れた。 でも、レパルダスの飼い主は私じゃなくて隣で眠るギーマさんだ。視線をエメラルドグリーンの瞳から藍色の髪へと向ける。私達に背を向けたギーマさんは私の声にもレパルダスの鳴き声にも気付かずまだ夢の中のようだ。なるほど、だからレパルダスは私を起こしたんだろう。 「にゃおん」 バトルの時とは大違いの可愛らしい鳴き声と共にもう一度私の顔を引っ掻くレパルダス。分かった分かったから、と振り払って体を起こした。レパルダスは宜しいと言わんばかりに「うにゃあ」と鳴いて、ぴょんっと床へ降りると付いてこいとしっぽを揺らした。仕方ないなあ、私もまだ寝足りない体に鞭打ってそっとベッドから降りる。 向かった先のキッチンでレパルダスに指示されながらポケモンフーズとお皿を準備する。レパルダス用のポケモンフーズは2種類あったけどレパルダスの強い要望でちょっとお高い方のを選ばされた。もしかしたらこれを食べたくて私を起こしたのかもしれない。 「入れるからちょっと待っててね」 小分けの袋を開けて皿に盛る。後からギーマさんに尋ねられた時にすぐに分かるように袋は捨てずに置いておく。そして足元で大人しく待つレパルダスに皿を差し出すと、 「あれ? レパルダス?」 いない。レパルダスがいなくなっている。さっきまで足元でにゃおにゃお鳴いてご飯を欲しがっていたレパルダスが何処にも見当たらない。 「レパルダス? おいで〜、ご飯だよ!」 ねこポケモンは気まぐれだというけれど、ご飯の準備時間ですら待てないほど気まぐれだとは。そんな扱いの難しいポケモンで大勝負をするギーマさんは凄いなあ、ため息が漏れる。今度育てるコツを聞いてみようかな、なんて考えながら寝室に戻ってみると。 「あっ…、」 ベッドの半分が紫色の大きな毛玉に占領されていた。私の寝る場所、取られている。 傍まで寄ってツンツンと背中をつつく。無反応。もう一度つつくとしっぽがぶわんっと揺れた。とても好意的とはいえない反応、わたしの寝る場所を返してくれる気配は一切ない。 残る手段といえばモンスターボールに仕舞うか実力行使でベッドから下ろしてしまうなんだけど、ボールは何処にあるのか分からないし無理やり降ろそうにもレパルダスはそう簡単に持ち上げられない。何より万が一の反撃が恐ろしい。 どうしよう。ちらり、壁の時計を見る。平日なら起きていてもおかしくない時間で、目も覚めたからこのまま起きるのもアリかもしれない。 でも……。 せっかくギーマさんのお家にお泊まりしてて今日はギーマさんとゆっくりできる一日なのだ、もう少しベッドの中でギーマさんと一緒に寝ていたい。 私はベッドの反対側、つまりギーマさんの方へ回るとえいっとその腕の中に潜り込んだ。 一人分には狭い隙間を、どうにか体が落ちないように気を付けて横向きに眠るギーマさんの腕に頭を預ける。腕が痺れるだろうから普段は遠慮するけど、二度寝の短い時間なんだからちょっとくらい甘えちゃおう。 すうすうと規則正しい寝息を頬に感じながら目を閉じる。たまにはこういうのも悪くない。再び意識が微睡んでくる。 と、閉じたまぶたの外で変化が起こる。 当たっていた寝息は消え、ぺしんぺしんっ、と何かがふかふかの布団を叩く音がする。何だろう、重たいまぶたを開けると、ギーマさんと目が合った。 色素の薄い瞳は部屋に差し込む光を反射してキラリと輝く。私の寝ぼけた瞳と違ってギーマさんの瞳は気力に満ち溢れ、何だかすごく上機嫌だ。 遠い空の青を閉じ込めた青の瞳がすうっと細められる。ギーマさんは朝から格好良いな、なんてしみじみ感じていたら、ギーマさんはさらに格好良い仕草――顔に垂れた前髪を乱雑に掻き上げて「くくっ、」と喉で笑った。何故かギーマさんは勝負師の顔をしていた。 「勝負に勝った夢でも見たの」 鋭さを湛えどこか危うげにも見えるその瞳に問い掛ける。ギーマさんは返事の代わりに口角を上げて、私をぎゅうっと抱き寄せた。 とくとく、肌を伝わる鼓動は少し駆け足で、見上げた先の頬もずいぶん血色が良い。よっぽど楽しい勝負だったんだろう、腰に当たるそれもすこぶる元気だ。 「生憎夢は覚えていないが面白い勝負を見たのは事実だぜ。きみの見事な勝利を、ね」 「どういう……?」 その時、再びぽすんぽすんっと布団を叩く音が聞こえた。私の場所を取ったレパルダスが不機嫌そうにしっぽを振り回している。無理やり起こされて挙げ句寝る場所も譲ってあげたのに、レパルダスは私に険しい視線を向けていた。ちょっともたもたしちゃっただけなのに、ねこポケモンは難しい。 「彼女は居場所を取られたきみが諦める方に賭けていた。だがきみは……ふっ、投げたコインが必ずしも返ってくるとは限らないということだな」 「えぇと…、」 ぷいっとそっぽを向いたレパルダスに、にんまりと恍惚な笑みを浮かべるギーマさん。つまりレパルダスは私をベッドから追い出す為だけに起こして食事を用意させたってこと? それで私が勝ってレパルダスが不機嫌になった? 巻き込まれた私は何が何だかよく分からなかったけど、それでもギーマさんが喜んでいる事には変わりないのでえへへと笑みを返した。 「では勝者には褒美を与えてやらないとな」 あっ、と思った時にはレパルダスはとっくにベッドを降りて寝室を去っていた。直後ベッドの上から聞こえた鳴き声にレパルダスがどんな顔をしていたのか、それは誰にも分からなかった。