右でも左でもどちらでも

無くし物を探す夢主と何かを知るドンカラス、それを見守るギーマ。

 何とはなしにポケットに手を突っ込んだ時だった、事件が発覚する。

「あ、れ……?」

──ない、ない、ギーマさんから貰ったコインがどこにもない!
 一度手を出してもう一度ポケットを探る。けれど空を掴むばかりでコインはおろか何も入ってない。
 そういえば反対のポケットに入れ直したんだっけ、ドクドクと煩くなる心臓を抑えながらもう片方のポケットをまさぐる。けれどこちらも何もない。サアッと血の気が引いていくのが分かる。
 じゃあ何かの弾みで落としたのかも、テーブルの下を覗き込む。けれどやっぱり何も落ちてない。
 此処じゃないなら何処に……、最後にコインを見た記憶を必死に思い返す。
 ギーマさんの家に入った時にはあった。でもこのダイニングテーブルに着いてからは一度も確認していない。そうだ、さっきソファに腰掛けてた時に取り出していつものちょっとした勝負にコイントスで使ったんだ。それ以外では取り出した記憶はない。という事はポケットに仕舞う時に落としてしまったのかも。ソファ、見に行こうかな。
 そこまで頭を巡らせた時、キッチンへデザートを取りに行っていたギーマさんが戻ってきた。両手に持ったお皿にはチーズケーキとミルフィーユが乗っている。どちらもとても美味しそうだった。こんな状況じゃなかったらどちらを食べようかと幸せな悩みに頭を悩ませただろう。

「おや、早く食べたいと言っていた元気は何処へ行ったんだい?」

 向かいの椅子にゆったりと座り、組んだ両手をテーブルについてそこへ顎を乗せながらギーマさんが首を傾げる。上目遣いの青い瞳がゆっくりと瞬きをして薄い唇がにいっと弧を描く。どこか挑戦的な表情がわたしの出方を窺っている。きっとギーマさんの事だから口には出さないけれど何か一人で勝負をしているんだろう。この人は日常の些細な事でも勝負を絡める人なのだ。
 でも今わたしは勝ち負けだの表や裏だのそんな事を考えてる余裕はない。それを賭ける為のコインが、ギーマさんから貰ったコインがないのだから。

「あの、それが……」

 口を開いてはたと言葉を止める。コイン1枚もろくに管理出来ないのかと失望されるかも、と不安が過ぎった。がっかりされたくない、虚栄心が口を閉ざす。
 けれど同時に、目の前の不敵な笑みがひとつの推論を導く。つまり、ギーマさんはコインを拾っていて、それを隠していつわたしがコインの事を尋ねてくるかを当てようとしてるんじゃないか、と。この人は何でも勝負にしてしまう、十二分に有り得る話だ。
 だから一縷の望み、いや、それなりの期待を持ってコインが見当たらないとギーマさんに助けを求めた。

「……ふぅん。見当たらない、ねぇ」

 迷宮入りの難事件に臨む名探偵よろしく顎に手を掛け考え込むギーマさん。その視線はわたしを見つめ、それからすっと横へと動く。視線を追ってわたしもそちらを向くと、止まり木で休むドンカラスを見つけた。
 ドンカラスはリビングの片隅に置かれた止まり木に止まっていた。わたしが初めてこの家へ遊びに来た時の警戒心が嘘のようにリラックスしていて、片足を羽毛の中に収め両目を閉じている。
 そんなドンカラスはキラキラしたものが好きであのコインもよく狙われていた。でも少し前に勝負をしてわたしの物だと納得してもらったからあの子が持っている筈がない……とその時、ドンカラスがパチリと目を開けわたしを捉える。何故だろう、その顔が勝ち誇った顔に見える。

「ぁあっ!」

 闇夜のような漆黒の羽の中で折り畳んだ片足がもぞもぞと動く。そこにキラリ、鋭い鉤爪とはまた違う何かが煌めいた。それは、それこそわたしが探していたコインだった。

「よ、良かったぁ。ドンカラス、それ返し、て──っ!」

 大きな羽をバサアッと開いたと思ったら、ドンカラスは止まり木を力強く蹴って羽ばたいた。頑丈な止まり木がぐわんと揺れ風が立つ。
 わっ、と思わず目を閉じ再び目を開けた時にはドンカラスは本棚の上に飛び去りわたしを見下ろしていた。その目は何故か腑に落ちないと言わんばかりに不満そうだった。

「ドンカラス、それ、わたしのコインだよね、返してくれない?」

 何となく嫌な予感を胸に抱えながら本棚まで駆け寄って手を伸ばす。けれどドンカラスはコインを嘴に咥え直すと、左右にピョンピョンと跳ねてわたしから逃げる。それは遊んでいるように見え、でもどうにも返してくれない雰囲気を感じる。

「あのねドンカラス、それわたしのだよ」

 思わず睨んだわたしにドンカラスはプイッとそっぽを向く。全く取り合う気がない。なんで、どうして、まったく状況が理解できない。ドンカラスは賢くて物分りのいいポケモンの筈なのに。
 そこへ助け舟を出したのはギーマさんだ。

「どうやらドンカラスはそのコインは自分の物だと言いたいようだぜ」

 ふぅむ、と隣で考え込むギーマさんがちらりとわたしを見る。でもわたしはコインを落としてしまっただけ、ドンカラスに譲った覚えは無い。
 とは言えギーマさんのドンカラスが落ちてた物を先に見つけたからと言って自分の物にするほど行儀が悪いとも思えない。負けを認めず駄々をこねるポケモンでもない。一体何がどうしてこうなったんだろう。

「ところで{{kanaName}}、ドンカラスとの勝負はちゃんと勝敗が付いていたかな」
「もちろん! ちゃんとわたしの勝ちでしたよ」
「本当にそうだろうか」
「そ、そうですよ」
「だがわたしの記憶だときみは勝っていないしドンカラスも負けてないんだが」
「…………えっ?」

 ギーマさんが特徴的な笑みを浮かべてわたしを見つめる。この状況を楽しんでいるようでドンカラスへも同じ眼差しを向け「そうなんだろう?」と尋ねる。帽子を被ったようなシルエットの頭が仰々しく頷いた。

「えっ、ちょっと、わたしの勝ちだったでしょう!」

 あの時の勝負はとてもシンプルだった。わたしからコインを奪えたらドンカラスの勝ち、守り切ったらわたしの勝ち。そしてわたしは無事に守り切ったのだ。
 それがまだ終わってない? そんな筈、そんな事……いや、よくよく思い返すとあの時勝負は中断されたんじゃなかったっけ。わたしとドンカラスが睨み合って互いの出方を窺っているとギーマさんが丁度部屋に入ってきて、それで、それで……『わたしの勝ち!』と宣言してまだ制限時間は残っていたのに無理やり終わらせたんだ。でもドンカラスは当然納得してなくて、そして今、こうなっている──勝負を再開したドンカラスにコインを奪われてしまった。

「で、でもそれは…っ大事なコイン、だから……」

 ドンカラスに手を伸ばす。すっと横にズレたドンカラスは冷ややかな視線でわたしを見下ろす。どんなに納得いかなくても勝負は勝負、同情はしないとその目が言っていた。
 伸ばした手をノロノロと引いて隣へ体を向ける。目を合わせる勇気はなかったから視線が絡む前に頭を下げて「ごめん、なさい」震えそうになる声を堪えてギーマさんへ謝った。

「うん? どうして{{kanaName}}がわたしに謝るんだ」

 きょとん、青い目がゆっくり瞬いてギーマさんが首を傾げる。謝罪に心当たりはない、と不思議そうな顔をしている。
 ギーマさんは勝負をする事に強い拘りを持つものの、その結果をずるずると引き摺る事は少ない。次の勝負に活かす事はあってもいつまでもくよくよ悩んだり後悔して責める姿は滅多に見ない。それは他人へも同じだ。
 でもだからといってわたしが謝らなくていい理由にはならない。わたしはギーマさんから貰ったコインを賭けの対象にして、自分のミスで間抜けな敗北を喫してしまったのだ、謝るのに十分すぎる理由があった。
 けれどギーマさんはくつくつと笑いだし「きみがわたしに謝る理由はどこにもないよ」目を細め口角を上げた。

「あのコインはきみの物でどうしようときみの自由だ。詰めが甘かったのは頂けないが、勝負をすればどちらかが負けるものだろ? それに、」

 わたしの目の前に二つの拳が差し出される。何だろう、これ。こぶしを見つめ、ギーマさんの意味深な笑みを見つめ、また拳に視線を戻す。
 何となく予想はついた。この拳のどちらかに何かが隠されている。そしてそれはきっと……。わたしは期待を込めて、途切れた言葉の続きを求めて、楽しそうに笑う青い瞳を覗き込む。

「それに、欲しければまた望めばいい。わたしは{{kanaName}}との勝負をいつでも楽しみにしてるんだぜ」

 キラリと光る瞳、「さあ」とわたしの選択を迫る声、どれもがわたしを時めかせる。右か左か、どちらだろう。握り拳の形を見比べギーマさんの視線を窺い今までの勝負を振り返って思案に思案を重ねて答えを出す。

「こっち」

 緊張感を胸に抱えて指を差す。その時本棚の上から見下ろすドンカラスが呆れたように「ガア」とひと鳴きしたけれど、ちっとも気が付かなかった。