恋人のギーマに甘えたい話。
今日は朝から最悪の連続だった。 頑固な寝癖を直すのに時間を取られて遅刻ギリギリで、昨日残業して作った資料はデータが違うと言われ一から作り直し、お昼に食べたカレーが白のブラウスに跳ねるし慌てた拍子に水を零してスカートまで濡れちゃって、ぐったり午後の業務をこなしていると上司から勘違いで叱られて、今日は定時で帰るぞと会社を出た途端に急な雨が降ってお気に入りのパンプスも中までぐっしょり濡れてしまった。本当に最悪な一日だ。 そんな一日だったけど、今日は彼氏のギーマさんが家に来る日でもあった。嫌な事の連続で心も体もズタボロだけど、帰ればギーマさんと一緒に過ごせるんだと頑張れた。 だから、今日は甘えたい。ギーマさんにたっぷりと甘やかされたい。イチャイチャしたい。絶対に、何がなんでも。 けれど私の彼氏はあのギーマさん──勝負事が大好きで些細な事でも勝負を持ち掛ける生粋の勝負師だ。彼女の私が甘えたいと言っても素直にいいよとは言ってくれる訳がない。 現に今だって二人でテレビを見ながら「次のCMにポケモンが出るか賭けようじゃないか」なんて言ってくる。勝負に勝てなきゃ甘えられない。 「ねえ……、ねぇギーマさん」 トレーナーズスクールのCMに口角を上げるギーマさんの袖をくいくいと引っ張る。ほのかに青い瞳が画面のヨーテリーから離れ、遠慮がちに寄り掛かる私へと向けられる。 私はギーマさんの興味が自分から逸れないよう、じっと見つめ返しながら「あのね」と言葉を続ける。 「次、私が勝ったらぎゅってして」 お願いの言葉が舌の上から零れる瞬間は緊張の一瞬だった。 ギーマさんにとって勝負はとても大事なもの。それを甘える口実に使う私をどう思うのか、いつだって不安と緊張が押し寄せる。いいぜと了承の言葉が返ってくるまで、心臓がバクバクといつになくうるさい。 ギーマさんの瞳が私をじいっと眺め、ふっと笑った。そして腕を私の腰へ回しぐいっと引き寄せると「こんな風に?」耳元で囁いた。 「う、ひゃあっ!」 何が起こったか理解するより先に、体に染み渡るギーマさんの体温に驚いて奇声が飛び出て体が飛び跳ねていた。けれどそれらはギーマさんには読み切っていた未来のようで、ぎゅっと抱きしめられた体はギーマさんから離れる事はなかった。 「くくっ、わたしも{{kanaName}}くらいなら捕まえてられるのさ」 「で、でも! まだ私っ、勝ってないッ」 冷静に考えれば抵抗する理由も必要もない。私は甘えたくて、うやらギーマさんも私を甘やかしたいようだから。 でも私はすっかり勝負をしなきゃ甘えられないと思い込んでいたから、この状況を素直に受け入れられなかったのだ。 「ほう……きみはとっくに勝者だというのに不思議な事を言うじゃないか」 「は、ぇ、な、何の……」 私が勝者? ギーマさんは一体何の話をしているんだろう。だって今日持ち掛けられた勝負は全部ギーマさんが勝っている。昨日までも勝敗はギーマさんの方が圧倒的に良いし褒美を保留にした勝ちなんて事もない。ギーマさんは何か勘違いしてる。 ただ、それを指摘するには今の状況はあまりにも惜しい。ギーマさんの腕の中にぎゅっと抱きしめられ、よしよしと頭や背中を撫でてもらっているこの状況は、まさに私が望んでいたものなのだから。 「告白という勝負に出て勝ったのは{{kanaName}}、きみだろうに」 「えっ、こ、告白? たしかに私から、だけ、ど……」 ぽんぽん、とあやすように背中をさする手は温かくて、強ばっていた筋肉が緩んでいく。伝わってくる鼓動の落ち着いたリズムのお陰で余計な力が抜けていく。ギーマさんを見上げると彼には珍しい穏やかな色をした瞳と目が合った。 「彼氏が彼女を甘やかすのに勝負は不要さ」 ふっ、と笑ったギーマさんが私のあごを少し持ち上げる。ふわりと小さな風が立ってギーマさんの香りが強くなり、わぁっと閉じたまぶたのすぐ近くに彼を感じた。瞬きほどの永遠の後、唇に柔らかな愛情を与えられる。そっと目を開けるとギーマさんが目を細め口角を上げていた。 「おいでハニー」 ハニー、だって。思わずふふっと笑いながら、今度は自分からギーマさんの胸の中に飛び込む。しっかりと受け止めてくれた体は大きくて広くて、とても居心地が良い。ムズムズする頬はいつの間にかにっこりと笑みを浮かべ、胸いっぱいに広がった感情は自然と「好き」と言葉になっていた。 「ねぇギーマさん……このまま今日はよしよししてくれる?」 「ああ、もちろん。{{kanaName}}が望むなら子守歌も歌ってみせよう。それとも、もっとアダルトな方法をお望みかな」 にぃっと上がった口角に私は少し悩んだ振りをして、そうして「じゃあ全部」と答えたら、ギーマさんは返事の代わりにくつくつと喉で笑って、私を寝室へとさらって行った。