遠雷に微笑む

雷雨の夜に夢主の家を訪れるギーマの話
※「仰せのままにマイレディ」と同一夢主

 遠くからゴロゴロと音がする。分厚いカーテンを少し開けて窓ガラスを睨んでいると夜の帳が降りた空がピカッと明るくなり数秒後バキバキバキッと空を裂く音が轟いた。
 肩がビクッと大きく跳ね、続いて体が大きく仰け反って、「びゃっ!」と可愛さの欠片もない悲鳴が飛び出す。慌ててカーテンを閉め、けれど何の予告も無く雷鳴を浴びるのも恐くてほんの少しだけ隙間を作った。
 また外が明るくなり空に恐ろしい稲妻が走る。また来る、そう思うと同時にドガガガンッと雷が落ちた。今度は構えていたお陰もあって体は揺れたものの声は我慢できた。それでも心臓はバクバクしていて、今にも胸を突き破りそうだ。
 特別雷が怖いだとか苦手だとか、そんなことはない。でも全く動じないという訳でもなくて。地響きのような音とゾッとするような稲妻は私を何度も震え上がらせている。
 早く収まってくれないかな、そう念じてみるも雷はゴロゴロと鳴り続け、おまけにバケツをひっくり返したような雨まで降ってきた。嵐は当分収まりそうにない。
 その時、またカーテンの隙間からピカッと外が光った。体が一時停止してその瞬間を覚悟して待つ。一、二、三……駆け足の鼓動に惑わされつつ数えていたら部屋中にそれが鳴り響いた。

「ひぃっ!」

 反射的に肩が跳ね、けれど「あっ、」と勘違いに気付く。今のは雷じゃなくチャイムだ。こんな夜に、しかも大雨だというのに、客人だ。
 私はふうっと止めていた息を吐き出してタオルを片手に玄関へ急いだ。こんな夜にやって来るのは一人しか居ない。
 案の定やって来たのはギーマさんだった。

「すまないね」

 ここに来る途中で雨が降ってきたのだろう。全身ぐっしょり濡れていたギーマさんは、ぐしゃぐしゃと髪を拭き、濡れて色の濃くなったジャケットをタオルで押さえ、たっぷり水を吸い込んだマフラーを外して思い切りぎゅうっと絞った。

「まだ降らないと思ったのだが、大雨には困ったものだぜ」

 天気との勝負は手軽で面白いが難しい、とギーマさんが笑う。こんな大雨で雷もゴロゴロ鳴っているのにギーマさんの頭の中は一にも二にも勝負事ばかりで、呆れるような羨ましいような、私は眉間にしわを寄せて「そんな事して風邪引いたら勝負出来なくなりますよ」と形ばかりの小言を並べた。雨で濡れた顔がふいっと横を向いて、ソーダ色の薄青の瞳がすっと視線を逸らした。見事に知らん振りされてしまい強めに睨み直したけれど、馬鹿らしくなってため息を吐いた。

「それで、どうしてこんな日に家に?」

 玄関の向こう側からは相変わらず雷の音が聞こえてくる。今日はデートの約束をしている訳でもなければ、わたし達の家はふらっと寄るには少し距離が離れている。ひどい天気の中わざわざやって来るよほどの理由なんて、まったく見当も付かない。

「とにかくお風呂入ってください。本当に風邪引いちゃう」

 中まで濡れた革靴をぽいっと脱ぎ捨てた青い背中をぐっと押す。ギーマさんが小さく笑って「分かったよ」と歩き出した。
 ペタペタと可愛い足音が廊下に響く。遠くではバキバキバキッと空を裂く雷の音も聞こえる。けれど家の中がギーマさんの分だけ賑やかになったお陰か、あまり気にならない。
 私が着替えと新しいタオルを準備して浴室に向かうと、ギーマさんはジャケットとシャツを脱いでいる所だった。日焼けしていない肌は雨で冷えたせいか普段よりもうんと青白く見える。折れちゃいそう、と見る度に思うけれどそれでも私よりは力が強い。平気な顔して私を抱き上げてベッドまで運んでしまうのだ。
 そんなギーマさんは私に気付くと振り返り、にやりと不敵に笑う。ビクッと肩が跳ね、身構える。こういう顔をしたギーマさんは決まって勝負を持ち掛ける。何を言われるんだろう、「な、なに?」と掛けた声はピリピリと緊張していた。

「そう身構える必要はないぜ。{{kanaName}}はすでに大勝負に勝っている、という話を覚えているかな」
「えっ、あー……、はい」

 ギーマさんの指す大勝負とは私からギーマさんに告白した事を指しているんだろう。そんな話を前にした事がある。
 でもそれがどうしたんだろう。私の反応をじっと見つめるギーマさんに首を傾げた。

「だから、来たんだ」

 いつものように口角を上げて特徴的な笑みを浮かべるギーマさん。けれど普段のようなどこか挑戦的で相手を煽る視線は見当たらない。私に向けられたのは穏やかで優しくて、愛情を感じる微笑みだった。
 心臓がドクンドクンと大きな音を立てる。頬に熱を感じて、手のひらに汗がにじむ。このまま目を合わせていたら体が爆発してしまいそうで、逃げるように視線を逸らした。ついさっきまで雷が怖いと思っていたのが嘘みたいに脳内はギーマさんとドキドキでいっぱいになる。雷なんてもうどうでもよくなっていた。

「……っあ、『だから』ってそういう事……?」

 私はギーマさんの彼女だから、だから甘えたい時は遠慮せずに甘えていいとギーマさんは言ってくれた。彼氏が彼女を甘やかすのに勝負は不要だと。
 もしかしてギーマさんは私の為に、私を甘やかす為だけにこんな悪天候の中わざわざ来てくれた?

「……ギーマさん、甘すぎませんか」
「{{kanaName}}が甘やかし甲斐があるだけさ」
「何ですか、それ」
「くくっ、言葉の通りだぜ。本当はもっとぐずぐずに甘やかしてわたしにもっと惚れてもらいたいと思ってるよ」

 どろりと熱い視線が私へ注がれる。ぞわりと肌が粟立って胸がきゅうっと締め付けられる。嘘でも誇張でもないその言葉にごくんと息を呑む。

「じゃあ…、雷が止むまで私の事、甘やかしてくれるの?」
「ふっ、その為に来たんだ。少し待ってくれ。それともこの中で今すぐ甘やかされるのをご所望かな」

 ギーマさんが手を差し出す。私は雨に濡れて青白い手のひらと妖艶に微笑む青い瞳を交互に見つめ、「だったら」と同じように熱の籠った瞳で見つめ返した。

 雷の音はもう聞こえない。