身を引こうとするワタルに恋人の証を無理やり押し付ける
ポケモン勝負や悪事に対しては強い姿勢を見せるワタルさんだけど、恋愛に関しては人が違ったように消極的だった。恋人がいないのは嬉しい事だけど、恋愛に興味がないのは少々困りものだ。だってわたしが恋する相手はそのワタルさんだから。 「おれの仕事は忙しいし危険も伴うことが多い。自分の事で精一杯だよ」 これはワタルさんに彼女はいらないのかと単刀直入に聞いた時の返事だ。 チャンピオンのワタルさんは各地の様々な事件に引っ張りだこで怪我をしている事もある。本人は大した事はないというけど、ワタルさんはそういう事に限って隠すのが上手だから却って心配になる。だからこそ恋人を作らないのかもしれない。大切な人を心配させたくないのはすごくワタルさんらしい。 けれどそれに『はいそうですか』と大人しく引き下がれる期間はとっくに過ぎていた。わたしはワタルさんが好きで、ワタルさんの一番になりたい。だから、 「とりあえずお試し、です」 わたしの働く喫茶店にやって来たワタルさんにそれを押し付ける。 ワタルさんの大きくて分厚い手の平の上でちゃり、とチェーンが音を鳴らす。太めのチェーンにはシンプルなリングが通っている。安物ではあったけど、わたしがワタルさんの為に選んだリングだ。 「ワタルさんが突然指輪なんて着けてたらきっとみんなびっくりしますからね、これなら服に隠れるから何かを言われる事もないと思います」 こういうのは勢いが大切だ。ワタルさんが口を挟む隙を与えずに捲し立てる。 「ワタルさんに会えるの週に1回あれば良い方だからお試し期間は3ヶ月くらいで、わたしも彼女らしく電話とかメッセージとか、迷惑にならない程度に送るのでワタルさんも送ってくださいね」 用意した言葉を必死に並べていく。ワタルさんが驚きもせずかと言って怒るでも喜ぶでもなくじっとわたしを見つめているのが本当に恐ろしいけれど、無理やり笑顔を作ってにこりと笑う。 あんまり真剣になると本気で断られた時のショックも大きいから出来るだけ軽い調子で話して、悪戯っぽく笑って、あくまでも遊びの一種だという体を装う。 「お気に召したら延長も可能です。どうですか、ワタルさん?」 自分の心が傷つかないように守ってばかりじゃ本当に欲しいものは手に入らない。たとえ傷ついても、前に進まなきゃ何も変わらない。わたしはワタルさんを真っ直ぐに見つめ返す。 「……あぁ、いいよ」 ワタルさんがネックレスをそっと握り締める。何もかも吸い込んでしまいそうな黒の瞳が僅かに微笑む。わたしは嬉しくて叫びそうになるのを必死で抑えて「じゃあ、今日からよろしくお願いしますね」深く頭を下げた。 そんなわたしをワタルさんがしたり顔で見つめていたと知るのは数年後、ワタルさんの腕の中に抱きしめられた時だった。