久しぶりに帰ってきた幼なじみのワタルにポケモンを託される ※ドラゴンポケモンに長寿設定、番の概念があります
ワタルくんが帰って来るらしい――そんな報せを聞いたのはまだまだ寒い日の続く冬のとある一日だった。 今回はどんな口実で帰省させられたんだろう、年寄り達の我儘に付き合わされるワタルくんに同情を寄せる。けれどその実ワタルくんが帰って来るのを私も喜ぶ一人で、口では「長老たちもちょっとはワタルくんの都合も考えてあげた方がいいのでは」と苦言を呈してみても本心はやぶさかではなかった。 数日後、噂通りワタルくんがフスベに帰ってきた。カイリューの背に乗った彼はまた一段と風格を増してたようだ。私はその姿を遠巻きに見つめ、ヒーローのように皆を見渡すワタルくんの視線がこちらを向く前にそそくさと家へと踵を返す。 遠目で見たワタルくんはフスベに居た時よりずっと格好良くなっていた。とくん、と胸が高鳴った。ほんの一瞬ではあったけれど見惚れてしまった。でもだから、逃げ出してしまった。 この頃ワタルくんがフスベに呼び出される理由の殆どがお見合い話だった。だからワタルくんは彼に女性が近付くとすっかり警戒するようになっていた。もちろんそれは私にも。けれどなぜか彼の中では『幼なじみ』は対象外らしく、今の所は昔と変わらず接してくれる。それはそれで喜べないけれど、あからさまに距離を置かれる女性達を見ると不満は言えなかった。 そんな私がワタルくんに好意を寄せた視線を向けたらどうなるか。答えは火を見るよりも明らかで、私が次にワタルくんに近付けるようになるのは彼が目出度く結婚した後だろう。幼なじみだから傍にいられるのに、幼なじみのままじゃ彼の一番にはなれない。 逃げるように帰り道を急ぐと、びゅうっと強い風が吹いた。突然の追い風に髪がぐしゃぐしゃになる。思わず足を止めて髪を払う。そこへ大きな影が落ちた。 「あっ、」 人懐こい可愛らしい顔で通せんぼするのはワタルくんのカイリューだった。彼が最も信頼しているその相棒と目が合った途端、空気が変わる。小さいけれど強力な爪のついた手が私の頭に振り下ろされた。反射的に瞼が閉じようとして、しかし気合いを入れて必死に耐える。たとえこのカイリューがワタルくんの手持ちであっても、この子がミニリュウの頃から一緒に遊んだ仲であっても、他人のドラゴンポケモンの前では一切気を抜いてはいけない。気高い彼らにとって、その程度の絆は何の抑止力にもならないのだ。 私を頭から切り裂かんとした手が頭上でびたりと止まる。そして次の瞬間、カイリューの手が私の頭を撫でた。値踏みするように向けられた瞳も満足したのかすっかり穏やかになっている。ふう、と安堵の息を吐くと耳がこちらに掛けてくる足音を拾う。カイリューがにっこりと笑う。 「すまない、{{kanaName}}」 ワタルくんだ。急に飛び立ったカイリューを追って走ってきたらしく、その息が少し荒い。大きく胸が上下している。 「カイリューは何もしてないよ」 そう、この子は主人が気付いていない私の恋心を感じ取っただけ。長い時間を生きるドラゴンポケモンにとって番の存在は非常に重要で、だからこそ主人の恋路にも本気なのだ。私がワタルくんに相応しいか確かめたくなるのも分からないではない。でも安心してカイリュー、心配しなくても『幼なじみ』で鼻から眼中に入れて貰えない私がワタルくんの番になる事は絶対にない。ポケモンの世界も人間の世界も一方の感情だけではパートナーにはなれないもの。 「相変わらずきみは強いな」 「これでもワタルくんの『幼なじみ』ですから」 妙に感心するワタルくんに、少々わざとらしく胸を張って口角を上げる。せっかくカイリューの審査をやり過ごせたのにワタルくん本人に女を意識されたら意味がない。だから私は何度もしてるように『幼なじみ』を強調して無害であることをアピールする。特別になれないなら、せめてこの関係を保ちたい。 「それなら、{{kanaName}}に一つ頼みたい事がある」 ワタルくんが神妙な顔をしてモンスターボールを取り出した。傷一つない新品同様のボールだ。何だろう、差し出されたそれに手を出そうとして、けれど安易に手に取ってはいけない気がして手を引っ込めてしまう。 「他所の地方に棲むドラゴンポケモンなんだ。{{kanaName}}なら安心して任せられる」 もう一度ボールに視線を戻す。威勢がいいのかカタカタと小さく揺れるそれは今にもワタルくんの手を飛び出してしまいそうで。私は小さく跳ねたボールをキャッチするように掴み取った。 「大事に育ててくれ」 「もちろん」 ワタルくんの大きな手が私の手に重なる。いや、これは私の手じゃなくてその下のボールを撫でたかったんだろう。ワタルくんが無闇に私に触れたりする筈がない。 些細なことでは決して揺らがない黒の瞳がモンスターボールを一心に見つめている。ボールの中のポケモンもワタルくんの強い視線が分かるのか、今だけはすごく大人しい。と思ったのも束の間、ボールが一段と大きく跳ねた。わっ、と声を出してしまって、ワタルくんが私を見て笑った。 「っと、そろそろ行かないと長老達がまた煩くなるな」 本当はずっとずっと見つめていたかった。でもカイリューが尻尾で地面を叩いてワタルくんを急かしてしまう。またな、と別れの挨拶もそこそこにワタルくんは長老のお屋敷へと行ってしまった。 「……あ、」 そういえば預かったポケモンの事を何も聞いていない。どんな子だろう。早く出せと暴れるボールを地面へ落とす。現れたポケモンはドラゴンポケモンにしてはとても小さかった。 「ふふ、リンゴみたいで可愛いね」